第12話 兄弟飯 2
私たちがまだ実家暮らしをしていた時から、タイちゃんはしょっちゅう家に上がりこんでいた。お母さんも、家族みたいにスルッと違和感なく入り込んでくるタイちゃんが可愛いのか、なぜか食卓のテーブルにはタイちゃんの分の椅子まで用意されていたくらいだ。
今はあんな感じだけれど、意外と気の利くところもあって。夕食時にはお父さんのグラスにビールを注いだり、キッチンに立つお母さんの洗い物を手伝ったり。年末には、大掃除を手伝いにきたこともあったっけ。
あんまりしょっちゅう居るから、住んじゃえばいいのに。なんてお母さんが一時期本気でタイちゃんへ言っていたことがあったけれど、私が断固として阻止したんだ。だって、お母さんやお父さんには気が利くいい子だろうけれど、私には違ったから。
勝手に私の部屋に入り込んで、私の大事なCDを持って行っちゃったり。部活で疲れて帰ってきたのに、何故か私のベッドでタイちゃんが寝ていたり。あったまにきて、引き摺り下ろしたけどね。
あと、最悪だったのは。タイちゃんがお母さんの洗濯物を取り込む手伝いをしてくれていたまではよかったんだけれど、畳んだ洗濯物。というか、私の下着をタイちゃんが箪笥にしまっているところに遭遇したんだ。部屋のドアを開けると、箪笥の前に正座していたタイちゃんが、丁寧に私の下着を箪笥に納めながらこう言った。
「葵さん、このレースの可愛いね」
なんて広げられた時には、赤面して容赦なく顔面パンチを繰り出した。
鼻血を出して蹲っているタイちゃんは、結局私のベッドに横になるという、なんとも納得しがたい状況に陥ったわけだけれど。
そんな感じで、一年の半分以上は実家でタイちゃんと過ごしていた。
私が高校を卒業して大学に通い、一人暮らしをするようになってからは、以前みたいに会うのも減っていたけれど。それでもたまに実家へ顔を出せは、ほぼ百パーセントの確立でタイちゃんは居る。
いつも必ずいるタイちゃんに、実は座敷ワラシかも知れない。と思ったくらいだ。
あの頃、うちに幸せは訪れていただろうか……。
思わず遠い目になる。
そんなタイちゃんのクレームを涼太へぶつけていたら、料理が運ばれてきた。
前菜の「タコのぺペロンチーノ」から始まり、木山さん特製ドレッシングのかかったサラダやクリームスープ。パスタやお肉のコース料理を堪能する。
「マジ、うめぇ」
普段、質素な生活をしているせいか、涼太は料理をがっつきまくる。
私は味もさることながら、昼間には味わえない料理と共にワインも堪能した。
ああ、幸せ。美味しいものって、本当に人を幸せにしてくれるよね。この時間がずっと続けばいいのに。
木山さんが選んでくれたワインをお代わりし、フォークは動きを止めることがない。美味しすぎて、黙々と口へと運ぶ。
あ、ディスプレイ用の写真、撮るの忘れた。私としたことが。
しくじったことに項垂れた。
「つか、姉ちゃんさー。こういう店は、男と来たほうがいんじゃね?」
少しは気を遣っているのか、涼太が変なことを言い出した。
確かに、それは一理ある。こんな素敵なお店で愛する人とディナーなんて、幸せを絵に描いたような瞬間だろう。ディスプレイの写真だって、料理だけじゃなく彼の手なんかがさり気なく写りこんだ写真を飾ることができる。そして、日々それを見てニヤニヤするのだ。SNSにあげてしまえば同性から恐ろしいほどのバッシングを受けそうな写真でも、自分のパソコンだけならそんな恐怖にさらされることもなく幸せ気分に浸れる。
けれど、私は今一人の生活に満足しているんだ。恋愛のごたごたに気持ちをすり減らし振り回されるよりも、美味しい物を美味しく頂く幸せを感じられるほうがずっといい。
食べ物とは喧嘩しないけど、彼氏とは喧嘩になるもんね。それ、今はいらないかな。
まー、男は出来たらできたでね。
「いい男が今はいないからね~」
弟相手ということもあり、敢えてお高くとまって言ったら。
「今って」
ぶっ!! と涼太が噴き出し笑う。
姉の恋愛事情に噴き出すって、どういうことよっ。
「ちょっと、笑いすぎっ」
「だって、もうずっといねぇだろ。お・と・こ」
うっ……。確かに、散々彼氏云々と語ってはみたけれど、大学の時に付き合った彼と別れてから、実はずっと一人だったりするのだ。その相手には、これでもかってくらい嫌な思いをさせられた。
浮気に浮気に、浮気に浮気っ。浮気のオンパレードだ。
もう、浮気だらけで、私が浮気相手なのか!? なんて思ったくらいだった。
結局、一応は本命だったのだけれど。元彼曰く、食べ物もずっと同じ味だと飽きるでしょ? らしい。
そりゃあもう、言われた瞬間ボディーに膝蹴りしましたけれど、何か?
思い出したら、またふつふつと怒りが……。
嫌な過去を思い出させた涼太をひと睨み。
「奢ってもらうくせに、からかうなっ」
「ああ、そうだった。ごめん、ごめん」
未だおかしそうに笑う涼太。ムカつくけれど、それ以来ずっと独り身なのは事実だから仕方ない。
全ての料理を堪能し、食後のコーヒーを待っていたら、木山さんがデザートを持ってきた。
「あれ、さっき食べましたよ」
コースについてきた小ぶりのアイスは、さっき完食したはずだ。
「これは、サービスです」
「え? そんな、この前もサラダを大盛りにしてもらったのに」
「いいんです。西崎さんに食べてもらいたいので」
そういって出されたデザートは、真っ白なプレートにおしゃれに飾られたケーキだった。お皿に描かれたカラフルなソースやチョコレートの飾りが、さっきの涼太よりも私の目をキラキラとさせる。
「可愛い。崩すのがもったいないです」
「ありがとうございます。どうぞ、お召し上がりください」
「では、遠慮なく」
崩すのがどうとか言っておきながら、美味しそうなケーキにまんまと釣られてフォークを握る。目の前に座る涼太の分も頂いて、姉弟二人で美味しさに目じりをたらした。
「ごちそうさまでした」
さっさと先に外へと出てしまった涼太を尻目に、私はレジでお会計を済ませる。
「ランチも美味しいですけど。夜のコース料理も、最高に美味しかったです。あと、ケーキも。ありがとうございました」
「どういたしまして。西崎さんが美味しそうに食べてくれると、僕も嬉しいです」
「あ。私、がっつきすぎてましたか?」
料理に夢中になっていた自分を思い出し、恥ずかしくなる。
「いえいえ。そういう意味では……」
木山さんが、苦笑い。
「また、いらしてくださいね。いつでもお待ちしていますから」
「はい。もちろんですっ」
外に出ると、涼太がスマホ片手に待っていた。
彼女からか?
チラリと見えた画面だけでは、判断はつかない。その画面を覗き込もうとしていたら、後ろから声をかけられた。
「西崎さん」
振り返ると、さっき“また”といって挨拶を交わした木山さんだった。
「あれ、どうしました? 私、何か忘れ物でもしましたか」
慌ててバッグの中身を探ろうとしたら、小さめの紙袋を差し出された。
「これ。よかったらどうぞ」
「え?」
「うちの自家製ドレッシングです。以前、とても美味しいといってくれたので」
「うそっ。いいんですか?」
と言いつつ、しっかり紙袋を受け取る私。
前に篠田先輩が、言ったらくれるんじゃない? なんて話をしていたけれど、言わなくてもくれましたよ。驚きです。
私の心の叫びが聞こえてしまったのかな? なんにしても、メチャクチャ嬉しいですよ。
「野菜は体にいいですし。うちのドレッシングで野菜をたくさん食べてもらえるならと」
「とても嬉しいです。ありがとうございますっ」
ブンブンとお辞儀をして木山さんのお店をあとにし、私はにんまり笑顔。
「姉ちゃん、結構人気あるじゃん」
結構って、失礼な。
それにしても。
「このドレッシングをもらえるなんて、本当に嬉しい」
「簡単でいいな」
弾む足取りの私を見ながら涼太が笑う。
「どういう意味よ」
「まんまだよ」
意味の解らない涼太のことはさておき。帰り道を歩きながら、家の近くにある深夜営業のスーパーに寄って、どんな野菜を買おうかとホクホク思案していた。
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