第11話 兄弟飯 1
ある週末。涼太がまたも“何か食わせろ”メッセージを送ってきた。可愛い弟のことだけれど、タイちゃんの一件があったから、つい警戒してしまう。
タイちゃんの事だから、家で食事なんてしていたら、半径百キロ以内の場所なら匂いを嗅ぎつけてやって来そうだよ。涼太も、涼太でタイちゃんがついて来てもなにも言わないだろうしね。
ていうか、はなから一緒にやってきそうだし。さて、どうするか。
そうだ。たまには、夜にあそこへ行くのもいいかも知れない。
いつもランチでしか利用したことのない、木山さんのお店にいってみよう。
予約を入れてお店に行くと、ランチの時のように木山さんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
いつものようにスマートなお出迎えと、紳士的な笑顔にこちらも釣られて目じりが下がる。
席に案内されて着くと、涼太がキョロキョロと店内を見渡した。
「姉ちゃん。いつもこんな店で食ってんの?」
“こんな店”なんて言い方は余りよろしくないけれど、いい意味でのこんな店ということだ。だって、涼太の目はキラキラしている。新卒で高いお店になどそうそう行けるはずもないだろう。そもそも、外食自体をケチってる気がする。あ、でも彼女とは無理してでもいったりするのだろうか。姉には集っても、彼女にはいいところを見せたいよね。
彼女のために頑張っていいところのお店で食事をしている姿を想像すれば、やっぱり可愛い弟だと思う。
「いつもは、ランチでね。夜に来るのは、初めてだよ」
壁の黒板に書かれたメニューを眺め、何を食べるか物色している涼太。そこへ木山さんが、メニューとレモン水を持ってきてくれた。
「夜にいらっしゃるのは、初めてですね」
「ですね。夜は、ランチ時と違って、とても落ち着いた感じになるんですね」
ランチの時には席取り合戦が凄いし、昼間の明るさも手伝ってエネルギッシュに賑わっている。けれど、今の時間帯は落ち着いた雰囲気の中、ゆったりとした空間に変わっていた。全く違うお店に来ているような、とても新鮮な気分を味わえる。
「昼間は、厨房も戦場ですからね」
木山さんは、少しだけ肩をすくめて笑った。
「あ、これ。弟の涼太です」
「弟さんでいらしたんですね」
「どうも」
「いらっしゃいませ」
涼太が若者特有の軽い挨拶をしても、眉一つ顰めることのない木山さん。心の広い大人の対応に、涼太もこんな大人になりなさいよ、なんて親みたいなことを思う。
「こちら、ここの店長さんで。木山さん」
「店長さんですか。偉い人なんですね」
「いえいえ、そんな。まだまだ勉強することばかりの毎日です」
ああ、なんて謙虚な姿勢。涼太だけじゃなく、タイちゃんにも見習ってもらいたいよ。木山さんの爪の垢、少し貰って帰ったほうがいいかも。
「お決まりになりましたら、お呼び下さい」
恭しく頭を下げて、木下さんが厨房へと戻って行く。
「涼太、何がいい?」
メニューを差し出して訊くと、何も見ずに涼太は即効で応えた。
「俺、肉がいい」
飢えてるな。
「また、肉?」
「育ち盛りだから」
「それ、とっくに過ぎてるでしょ」
私の突っ込みに、ケタケタと声を上げる。
肉と大雑把に言われても困ってしまうので、手っ取り早く肉が組み込まれたコース料理にした。
弟とコース料理なんて、ちょっと贅沢だったかな。
そんな風に思っても、雰囲気の良い木山さんのお店で、美味しい物を堪能しないと損をするような気がした。
料理を注文し、食前酒に口をつけていると、なぜだか面白そうに涼太がタイちゃんの話を持ち出した。
「太一。この前、姉ちゃんのところに行ったんだって?」
「そうっ。そうなのよっ。なに、あれ? 玄関先で待ち伏せって、タイちゃんじゃなかったら通報ものだよ」
身を乗り出して抗議すると、涼太がクツクツ笑う。
笑うところじゃないでしょ。
「で、あいつのオムライス食ったんでしょ?」
「ああ、食べたね。つぎはぎのやつ」
呆れたように言う私に、またもおかしそうな顔をする。
全く他人事だと思って。
タイちゃんの自由すぎる行動に憤慨していると、笑いを噛みしめながら涼太が訊いてきた。
「太一、なんか言ってた?」
「何かって?」
「いや。なんも聞いてないならいいんだ」
何を聞くって言うのよ。
「ていうか、しっかり管理しておいてよね」
「何を?」
「タイちゃんよ。あれは、また来る気でいるよ」
腕を組んで鼻息も高らかに言うと、涼太はまたケタケタと笑っている。
「笑い事じゃないからね」
「いいじゃん。太一、面白いやつじゃん」
「知ってるけど」
長い付き合いだから面白いのは、知っている。だって、タイちゃんは涼太と中学からの付き合いだ。
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