第10話 また出た! 2

 狂った調子を取り戻すために、無難な会話を切り出した。

「ところで。仕事は、どう?」

 タイちゃんと共通の話題といえば、涼太か、あとは社会人だということくらいだ。会社勤めの先輩として、何かしらアドバイスでもしてあげようじゃないの。

「どうって、特に何も」

 タイちゃんは、しらっとした表情をする。

 特にって。アドバイスのしようがないじゃん。まー、この掴みどころのないタイちゃん相手に、仕事どうこうなんて話してもしかたないか。

「俺のことより。さっきの“ふふ”の先輩って、なに? しかも、瀬戸君から守るって。葵さん、襲われでもしたの?」

 飄々とした顔つきで訊ねながら、またもや勝手に開けた冷蔵庫の中からプリンを出して食べている。

 それ、私がお風呂上がりに食べようと思ってたのに~。

 とろけるプリンを一人美味しそうに頬張る顔面にパンチを繰り出したい気持ちを堪え、恨めしい顔を向けつつも昼間の浮かれたランチのことをタイちゃんに聞いてもらった。

「へぇ~。それは、良かったじゃん」

 そう話すタイちゃんの言い方は、余りにフラット。抑揚がない=何の興味もないと言うことだろう。しかも、プリンを完食してお腹をさすっているわりには、また冷蔵庫を開けてなにやら物色している。危険だ。

「ちょっとー。興味がないなら、最初から訊かないでよね」

 言いながら、私は開いている冷蔵庫のドアをぱたりと閉じる。目の前でドアを閉められたタイちゃんは悲しげな表情だけれど、このまま放置していたら家の食料を全部タイちゃんの胃袋に持っていかれそうだから止むを得まい。

 冷蔵庫の中身を諦めたタイちゃんは、「だって葵さんが訊いて欲しそうだったから」となんとなく面倒臭そうに応えた。

「浮かれてあんなに嬉しそうに話されたら、訊かなきゃいけない感じじゃない?」

「だって、あれは独り言だし」

 ブツブツ……。

 言い訳がましくぶつぶつ言っていたら、「別にいいけどね」なんて、またフラットに言うもんだから、やっぱり興味無いんじゃん。と拗ねそうになってしまった。

 ていうか。私ってば、タイちゃん相手になんで恋バナ暴露してんのよ。そもそも、タイちゃんてば涼太の友達ってだけじゃん。しかも、涼太抜きで上がり込んでるこの図々しさ。いい加減、追い出すか。

「タイちゃん、そろそろ帰宅時間」

 ピシャリというと、時刻を確認して、タイちゃんは素直に玄関へ向かった。そして、何事もなかったかのように満面の笑顔を向ける。

「じゃあ、葵さん。また来るね」

「イヤイヤ、もういいし」

「今度は、更に腕を磨いて来るので、楽しみにしててよ」

「いや、だから……」

 私の話をちっとも聞いていない。もしくは、聞く気が無いタイちゃんは、マイペースにそれだけ言うととびきりの笑顔を置いて帰って行った。

 そうして、一人静かな部屋で思う。

「また来るのか……」

 あのマイペースさで再びやって来るかもしれないと考えただけで、なんだかグッタリとする夜だった。

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