第9話 また出た! 1
一人暮らしのマンションは随分と住みなれて、自分のお城と化している。お気に入りの空色のカーテンに、草原みたいな柔らかなグリーンのベッドカバー。一人暮らしを始めた時には使い慣れなかったツードアの冷蔵庫も、今では我子のように愛しくて、たくさんの食べ物や飲み物を与えている。ダイニングに置いている小さなテーブルと座り心地重視で選んだ椅子。こんな雑な性格をしているわりには自炊なんてものもしっかりしているから、鍋やフライパン。それに炊飯器にだって拘った。そんな愛着のある物たちとでも会話をするかのように、私の声は弾んでいる。
「あ~。今日は、ついてたなぁ。サラダは大盛りだし、先輩と二人でランチだし。しかも奢ってくれた上に、瀬戸君から守ってくれるなんて言われて」
キュンキュンメーターを発動させながら、帰ってきたばかりの自宅で盛大な独り言を言って幸せに浸る。浮かれた足取りでバスルームへ行き、お湯はりスイッチをピッ。
【お風呂を沸かします】
聞こえてきた自動音声に、「宜しくねぇ~」と声をかける。
「幸せすぎて、独り言なんて、ヤバイよね~」
ふふ、なんて笑ったところでリビングから声がした。
「大丈夫、大丈夫。俺が聞いているから、独り言じゃないよ」
そう言って、また勝手に冷蔵庫を開けて缶ビール片手に応えたのはタイちゃんだ。
座り心地重視で選んだダイニングの椅子で、冷えたビールに喉を鳴らしている。
「だからっ。なんでいるのよ」
さっきまで弾んでいた脳内の音符が、あっという間にフラットになる。
「通りがかったので、つい」
ついって、何よ。しかも、涼太が一緒かと思えば、一人でやってきちゃうし。
「涼太は?」って訊いた私へ、「いないよ」なんて返してくる始末で、玄関ドアを開けた私の後ろから当たり前のように自然と入ってきたし。
これでも、私。一応は、乙女なんですけど。気を遣うとか、ないわけ?
一人でやってきたタイちゃんへ、そんな視線を向けてはみたものの全く通じてないし。
狭い部屋のわりに少し大きめサイズにしたテレビ画面へ体を向けたタイちゃんは、以前来た時と同様に我が家か? ってな感じで寛いでいる。
ここは、タイちゃんの自宅なのか? 私はタイちゃんの身内なのか? もしかして、もう一人弟がいたのか?
ツッコミどころだらけだれど、面倒なのでやめた。それより。
「手土産は、持って来たんでしょうね」
予告なしに現れて上がり込んだタイちゃんに、私は腕を組んで訊ねる。
「もちろんだよ。葵さんのために、これ」
そう言ってテレビ画面からこちらへ体を向けると、すぐそばに仁王立ちする私へ紙袋を差し出した。袋には、おしゃれな横文字が印刷されている。
おっ、ケーキかな?
スイーツには目がないので、思わず頬がゆるんだ。
「開けてもいい?」
まるで彼氏から貰ったプレゼントばりに浮かれた調子で訊ねると、ニコリと返される笑顔。期待は、充分だ。
「なんだろ、なんだろう」
弾むように言いながら、期待に胸を膨らませて紙袋の中身を覗き、一瞬でタイちゃんを睨みつけた。
今なら目で殺せる!
「ちょっとーっ! 何よ、これっ」
「俺の渾身の一品だ」
渾身のって……。
紙袋の中には、かなり形の崩れた特大の、多分オムライスだろう物が紙皿に盛られラップをかけられ入っていた。しかも、かかっているケチャップがグチャグチャで汚い……。
血みどろの妖怪ですか。ケーキだと思ったのにがっかりだよ。
私が立ちつくしたまま項垂れていると、タイちゃんがそばに来て突然叫び声を上げた。
「あーっ!!」
「なっ、なに!?」
声を上げたタイちゃんに驚いていると、紙袋の中から本人曰く渾身の一品が乗った紙皿を取り出し泣きそうな顔をしている。
「葵さんへのメッセージが~」
グチャグチャになったケチャップは、どうやら私へのメッセージだったらしい。何を書いてき来たのかわからないけれど、メッセージ以前の問題だから。だって、包んでいる卵があちこち破れているんだ。まるで継ぎはぎだらけの洋服みたいだよ。
だけど、タイちゃんが余りにショックを受けて落ち込んでしまったので、面倒ながらも打開策の提示。
「あのさ。ケチャップくらいうちにもあるんだから、来てから書けば良かったじゃん」
「そうだよね。次からはそうする」
次があるのね……。
落ち込みながらも、タイちゃんはオムライスらしき特大の料理をレンジで温め席に着いた。
「食べようか」
いつの間にかスプーンを二人分だしてきて、私にも座るよう促し訊いてくる。
「ビールでいい?」
だから、自宅か? って。
そうやってなんだかんだ言ってはいてもお腹は空いていたので、渡されたスプーンを握り、タイちゃんのいう渾身の一品を胃におさめていった。
タイちゃんのオムライスは、見た目はかなり悪かったけれど食べたらオムライスだと認識出来た。意外にも味は良くて、ついつい食べ過ぎ、特大オムライスは、あっという間になくなった。
「完食だね」
満足そうに言われると、なんだか悔しい。
「お腹空いてたしね」
皮肉めいた私の返しに、タイちゃんは優しく目を細める。まるで、子供にでも向けるような穏やかな笑みに調子が狂うというもの。いきなり家にやってきたり、ちゃっかりご飯にありついたり。わけのわからない料理を作ってきたかと思えば、穏やかに笑って見せたりするんだから。まったく、タイちゃんという人間はつかみどころがない。
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