第4話 何で居るの? 1
よく食べる弟のことを思い、たんまりと買い込んだお肉たち。それと、健康を考えた野菜に大量のお酒。目の前ではホットプレートが、お肉はまだかと体を熱くして待ち構えている。そんなホットプレート君とお腹を空かせた弟のために、あとは買い込んだお肉を焼くだけなのだけれど。
私には今、モーレツに問いたいことがある。
「ねぇ。なんで?」
私は、お肉をガン見している涼太へ真顔で問いかける。
「何で、って何?」
そんな私の質問に、お肉から僅かに視線をはずした涼太も真顔で問い返す。
「だからー」
冷えた缶ビールの表面には、ほんのりと汗。早くこの飲み物を口にして、美味しさにぎゅっと顔を顰めたいのだけれど。
「どうしてよ」
私は、再び涼太に問う。
「どうしてって、だから何?」
涼太は、再びテーブルに並ぶお肉たちに目を奪われ、私の質問には気もそぞろになっている。きっと頭の中では、何から焼いて食べようか。という計算が繰り広げられているはず。
そんな風に、テーブルを挟んだ目の前に座る弟と掛け合いをしていると、弟の隣に座った人物が私たちのやり取りを何の違和感もなく眺めていた。他人事のような態度に、私はその人物を鋭い視線で直視する。
「なんでタイちゃんが居るのよ」
私たちのやり取りを眺めながら、既にビールに口をつけているタイちゃんがキョトンとした顔をした。
「ん? 俺?」
正に他人事。
「他に誰が居るの?」
余りに他人事感が強すぎるそのとぼけた顔に向かって、私は少々強く言ってみた。すると、猫なで声なんて出したりするんだ、この子はっ。
「葵さーん。そんな恐い顔しないでよ~。きれいな顔が台無しだよ」
上司にゴマでもするみたいに、下手な笑顔を浮かべたタイちゃんは、思ってもいないゴマをする。
そんなタイちゃんに向かって、私は深く息をついた。
このタイちゃんというのは、ずっと昔からの涼太の友達で、名前を関矢太一という。涼太とは別の会社に就職したのだけれど、今でも涼太と仲良くしている新卒君だ。
「タイちゃんが来るなんて、聞いてないし」
「うん。つか、さっきばったり会って、姉ちゃんのところでメシ食うって言ったら、ついて来たんだよね」
ついて来たんだよねって、そんなに気軽に来られてもねぇ。
涼太と仲がいいのはよく知っているけれど、まさか食事をたかりに来るなんて思ってもみなかった。うちはメシ処じゃないんですけど。
私がジトーッとした目を向けても、タイちゃんてば全く頓着していない様子で缶ビールに口をつけてグビリ。ぷはぁー、なんて息を零してニコニコしている。
「いやぁー。ホント、偶然で」
なんて、ヘラヘラ笑って再びビールをゴクリ。
あぁ、なんて美味しそうに飲むんだろうって、……って、そういうことじゃなくて。
「葵さん、今日も素敵だね」
でたよ。思ってもいないゴマすり。
「はいはい。そういうの、要らないから」
気持ちのない褒め言葉をスルーしていると、お肉焼こうよ。とタイちゃんが箸を握ってワクワクしている。
ニコニコとした無邪気な顔を見てしまうと、まーいいか。なんて気持ちにさせられるのはタイちゃんだからかな。
このスルッと人の懐に入り込んでくる、図々しいのに憎めない人懐っこさは相変わらずだわ。その辺の猫も顔負けよ。もふもふしたくなるような毛皮まで完備してたら、怖いものなしだよね。
仕方なく諦めの溜息を一つ吐き、私はようやくトングを手にしてホットプレートへとお肉を並べ始めた。お肉の焼ける音と素敵な香りに、涼太もタイちゃんも、おぉー。なんて感嘆の声をあげる。
どんだけお腹空かしてんのよ。まー、新入社員の安月給じゃ、色々大変か。
そんな私も、たいして貰っている訳じゃないけどね。
「早く食いてー」
涼太が箸とお皿を持って肉を狙う。その隣では、タイちゃんも箸を握っている。肉を見る目がキラッキラしていて可笑しいくらいだ。
これは、大量に買ってきたお肉でさえも、争奪戦になりそう。
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