第3話 波 3

 抓られた頬をさすりながら、財布片手にビルを出る。木山さんのカフェまでは、大通りを渡れば直ぐだ。ただ、横断歩道が離れているので、そこまで歩いて行って渡るか。横断歩道とは逆にある、すぐの歩道橋を渡らなければいけないのだけれど、この階段がきつかったりするんだよね。

 けど。

「今日は、歩道橋の気分かな」

 天気が良いので足取りは軽い。青空を背負って階段を上っていけば、上り切ったところで直ぐに木山さんのお店が窺えた。歩道橋の手摺りに手をつけば、カフェの前にランチ待ちの列が見える。

「混んでそうだな……」

 あんなに楽しみにしていたのに、入れなかったらどうしよう。

 ガーリックチキンとフレンチトーストに羽が生えて、今にも遠くへ行こうと羽をばたつかせている。

 もしも入れなかったら、すぐ先にあるラーメン屋さんにでも行こうかな? 

 でも、木山さんのランチ、食べたいな。

 歩道橋の階段を降りてカフェの前まで行き、待っている人を気にしつつ中を覗けばやっぱり混み混み。賑わっている様子に、これは当分待つことになりそうだと諦める。

 ガーリックチキンとフレンチトーストが羽ばたいて行く~。

「あ、西崎さん」

 首を伸ばして店内の様子を覗き込んでいた私に、木山さんが気づいてやってきた。

「今日も、盛況ですね」

「はい。すみません」

 木山さんが申し訳なさそうな顔をする。

 こんな事ならポストの帰りに、仕事すっとぼけてそのままランチに行ってしまえばよかったかな。

「メニューまでお教えしましたのに、すみません」

 木山さんがまた謝る。

 申し訳なさそうなその顔を見てしまえば、こっちの方が申し訳ない気分になってしまう。羽ばたくガーリックチキンとフレンチトーストへ快くさよならを告げ、眉根を下げる木山さんへと笑顔を向けた。

「ああ、大丈夫です、大丈夫です。楽しみは次に取っておきますね」

 すみません、と更に申し訳なさそうな木山さん。

 そんな顔しないで下さいよ。

「お仕事、頑張ってください」

 明るく笑顔を向けると、「また宜しくお願いします」と頭を下げられた。

 ラーメン屋さんのカウンター席に腰掛けて、ホクホクとしながらラーメンをすする。

 うん、美味しい。

 麺のモチモチ感や煮卵の染み具合を味わっていたら、ケータイにメッセージが届いた。

「ん? 涼太?」

 涼太とは、三つ下の弟のことだ。

【 姉ちゃん、今日ヒマ? 夜、メシ食わして 】

 おいおい。ヒマなのと、ご飯食べさせるのとの繋がりはないでしょ。

 呆れてしまうけれど、それでも可愛い弟。つい甘やかしてしまう姉なのです。

【 新卒君よ。姉が美味しいご飯を奢ってしんぜよう 】

 恭しくメッセージを送ると、直ぐに既読で返信がきた。

【 ゴチになりまーす 】

 メッセージと共に、嬉しそうに涎をたらした犬のスタンプが送られてきた。

 この判り易さがまた可愛いのだ。

 さて、そんな可愛い弟に、何を食べさせてあげようかな。ランチにお肉を食べ損なったから、お肉にしようかな。

 焼肉?

 涼太ってば細いくせによく食べるし、二人で焼き肉屋さんへ行ったら結構な金額になるよね。月に何度かこの手のメールが届くおかげで、意外と出費が嵩むのだ。

 家で焼肉にしようかな。

 食べたあとの臭いは気になるけれど、恋人がいるわけでも、好きな人を呼ぶわけでもないし。臭いくらい、よしとしよう。なんならその残り香で、翌日も白メシ一杯いけるかもしれないし。

 んなわけあるかーい。という突込みを胸中でしながら、帰りにスーパーへ寄ろうと既に帰ることだけを考えていた。

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