第34話「漏らすのですか?」

 昼休み。


 ヘルプデスクには、【ひよこまんじゅう】こと、IT部の派遣社員【山口 京子】が遊びに来ています。


「マジっすか! この前のパッチ、エンバグしてたんっすか!」


「うん。バッファ・オーバー・ランできたよ」


 もちろん、話し相手は【DOD師匠】こと、夢子です。


「うはw マジウケる! デバッグしてないんっすかね」


「まあ、今回は32ビット版だけであったみたいだけど」


「我が家、64のみだからセーフっす」


「うちも。ただ、会社に32ビットあったし、どう考えてもデグレ機能もあったから、私は自分でパッチ作った」


「うひゃ! さすが師匠っす。スマートっす!」


 なかなかチャンスがなくて遊びに来られなかったとこもあり、京子はずっとニコニコして、ものすごくご機嫌です。


 昼休みなので、皆藤も放置ですし、悠も外食に出ているので2人は気兼ねなく話します。


「先輩ぐらいになると、世界は思うがままっすね!」


「バカね。そんなに甘いものじゃないわよ」


「なに言ってるんっすか! 師匠を縛っておけるルールなんてないっすよ」


 その彼女の言葉に、夢子がクールに「ふっ」と笑います。


「ルールは縛られるためにあるんじゃないのよ」


「え? だから、師匠ならルール無視で……」


「ルールはね、守るためにあるの。やぶっていいルールなんてないのよ」


「――!!」


 京子が、落雷が頭に落ちてきたような衝撃的な顔をします。


「――!!」


 同時に、前の席で聞いていた皆藤も別の意味でショックを受けます。


「マジかっけー……あえてルールを守り、ルールの中で生きていく……かっけーす!」


「ただね、現実的なことを言えば、『破っていいルールはない』けど、『人として破ることができるルールはある』のよ」


「……どういう意味っすか?」


「例えば、『人を殺してはいけない』というのは、『人として破ることができないルール』だと思うの。破ったら、人の道を誤ってしまうでしょ」


「おお……」


「でも、例えば『嘘をつく』というルールは、場合によっては『人として破ることができるルール』だと思わない?」


「深い! 深いっす! 優しい嘘ってやつですね!」


「…………」


 皆藤が唖然としてしまいます。


 もちろん、夢子が異常にまじめなことを言っているからです。


 思わず皆藤は、近くに精神科医がないかググり始めます。


「そう。優しい嘘よ。……例えば、友達とアイスを買って、自分だけ当たりがでたけど、友達には内緒にしておくとか」


(いや、それ、当たったアイスを分けるのが嫌なだけなんじゃ……)


 皆藤は心でツッコミを入れます。


「キープ君と別れるときに、『昔から本命がいる』とは言わず、『ごめんなさい、好きな人ができたの』というとか」


(それ、優しい嘘以前の話では……)


「ヘルプデスクに来た依頼内容がめんどくさい時に、『すいません。技術的に無理です』と断ってしまうとか」


「ちょっと待て。自分に優しい嘘をつくんじゃありません」


 思わず、皆藤は声に出してツッコミいれました。


「じゃあ、皆藤部長が圭子ちゃんに送っているデートの誘いメールを断っているのは、実は私だとか」


「おい、こら、待て」


 無表情のまま、皆藤が怒気をあげます。


「最近、返事がおかしいと思ったら……。それのどこが優しいんです?」


「圭子ちゃんに優しい! 圭子ちゃんをロリコンの毒牙から守っています!」


「ヌヌヌヌヌ……」


「さすがっす、師匠!」


「フフフ。まあね。もちろん、『人として破ることができるルール』は他にもあるよ。例えば、限定アイスクリームが食べたいから、軍事システムを人質にとるのも仕方ないことでしょ」


「そうっすね! 仕方ないっすね!」


「いや、仕方ありますから……」


「似たような例なら、信号は守らないといけないけど、う○こ漏らしそうな時は信号無視しても仕方ないとか」


「いや、似てないから。軍事システムのハッキングと、う○こ漏らすのが同列なんですか……」


「でも、皆藤部長! う○こ漏らしたら、乙女の危機っす!」


「いや、う○こ、う○こと言う方が乙女の危機でしょう……」


「でも、う○こ漏らしは、マジヤバイんですって! う○こ漏らしのレッテルは、一生問題っす!」


「だから、女の子が連呼してはいけません。いいかげんに言うのをやめないと――」


 そこに、ランチから悠が戻ってきました、


「ただいまも――」


「――う○こを口に突っ込みますよ」


「……どり……ました……わ……」


「あ……」


「…………」


 全員、各々の想いで固まります。


「か、皆藤さん……Sでロリコンの上に……そんなご趣味が……」


「いや、あの、そうではなくですね……」


「か……か…………考える時間をください!」


 悠が走ってどこかに消えていきます。


 その背中に、京子が感嘆をもらします。


「おお……。上空先輩、すごいっす。考える余地があるなんて、ハンパねーっす!」


「…………」


 こうしてまた、皆藤の新たな伝説が生まれたのでした。




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■用語説明

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●IT部の派遣社員【山口 京子】

 第24、25話参照。


●パッチ

 「ゆびばっちん」って知っていますか?

 知りませんか?

 そうですか……。


●エンバグ

 「ファイナルファンタジー」をやったことがある人ならすぐにわかります。

 エンファイア、エンウォータの一種です。


●バッファ・オーバー・ラン

 恐ろしいセキュリティホールになってしまうような問題です。

 たとえるなら、18禁漫画で消しを入れる必要がないところに、勢い余って消しが入り、妄想力が誤動作してしまうようなものです。


●デバッグ

 めんどくさいので「でかいバッグ」の略ということにしておきます。


●32ビット/64ビット

 ここではOSの種類みたいに考えておいてください。

 そのうち、32ビットは駆逐されるでしょう。


●デグレ

 プログラムをよりよくしたつもりで、実は改悪してしまっていることです。

 「痩せて好きな人に振り向いてもらうんだ」とダイエットしたら、相手がデブ専だったというような感じでしょうか。


●『すいません。技術的に無理です』

 たまに使います。


●「デートの誘いメールを断っているのは、実は私」

 メールは社外メールを使っているはずなのですが……。


●「限定アイスクリームが食べたいから、軍事システムを人質」

 第14、25話参照。


●「か……か…………考える時間をください!」

 結論は、「大は無理なのでせめて小で再検討」でしたが、もちろん皆藤は議案自体を棄却しました。




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