第35話「問題児なのですか?」
〈プレゼンソフトの使い方が、今ひとつわからないんだけど……〉
40代ぐらいの女性から電話でした。
実は常連さんです。
「はい。どのようなことでしょう?」
対応者は悠です。
ちょっと嫌々ですが、声にも顔にもだしません。
〈画像を貼ったんだけど、なんかサイズが大きすぎるからと小さくしろって客に言われたんだけど〉
「なるほどですわ。画像ファイルの拡張子って何になっていますかしら?」
〈拡張子? なによ、それ〉
「ファイル名の後ろの方に、ピリオドのあと3文字ぐらいアルファベットが書いてありますよね」
〈……ああ、これね。最初っからそう言いなさいよ。……BMPよ〉
実は、説明したのは初めてではありません。
しかし、悠もヘルプデスク歴はそれなりに長いので、このぐらいでは怒ったりしません。
「BMPですわね。ビットマップ形式はどうしても大きくなるので、JPEGかPNGに変換した方がいいですわね」
〈ビットマップ?〉
「BMP形式のことですわ」
〈……な・ん・で、わざわざ難しく言うのよ。だいたいなによ、そのジェーペグとか、ピーエヌジーとかって!〉
「画像形式の種類ですのよ。JPEGとかはデジカメなどでよく使われていますわ」
〈なら、デジカメの形式って最初から言いなさいよ! 回りくどい!〉
眉間に皺が一本できましたが、まだ我慢できますね。
「失礼しました。では、そういうことでデジカメの形式などに変換してください。よろしいですか?」
〈よろしくないわよ! それ、どうやってやるのか教えなさいよ! 中途半端な教え方しかできないの!〉
「……それでは、ペイントツールで変換いたしましょう。ペイントツールはご存じですわよね?」
〈知らないわよ! 嫌味!?〉
これも実は、初めてではありません。
前に別のことで、ペイントツールを案内しています。
眉間に皺が二本できましたが、まだもう少し我慢できますね。
「それでは、スタートから……」
〈……はい。起動したわよ〉
「ファイルメニューから……」
〈……選んで……うわ! なによ、これ! でかいじゃない! なんでこんなでかいのよ!〉
「さ、さあ? わかりませんわ。たぶん、最初の画像サイズが大きすぎたのではないでしょうか」
〈知らないわよ、そんなこと!〉
眉間に皺が三本できましたが、まだもう少しちょっとだけ我慢できますね。
「とりあえず、画像をリサイズした方が良いですわね」
〈リサイズって、いくつにすればいいの?〉
「いえ、それは使い道などに寄りますので、わたくしの方ではわかりかねますが」
〈わりかねますじゃないわよ! さっきからなんなの、あなた! ヘルプデスクならちゃんと答えなさいよ! こっちはパソコン苦手なんだから、わかんなくても仕方ないでしょ!〉
限界突破です。
「わからないなら、わからないなりにお勉強なさりなさいな! わからないが免罪符になると思ったら大間違いですわ!」
〈なっ……なんです――〉
――ガシャン!!
夢子の得意技、途中電話斬りです。
しかし、悠はそれだけでは終わりません。
別のところに電話をかけます。
「…………あ、わたくしですわ。今から、営業部にいるファンクラブ全員で、三課の新蔵さんに嫌がらせを――」
そこでいつの間にか横に立っていた皆籐が電話を取りあげます。
「今のはキャンセルです」
そう電話に告げて、皆籐は電話を切りました。
「あ~ん。皆籐さ~ん。後生ですからぁ~」
「だめです」
無表情でビシッと言われ、悠はションボリです。
そこに夢子も顔を顰めます。
「また、新蔵さんですか?」
「そうなのよ……」
「あの人、困りますよね……。
「こらこら。怖いこと、さらっと言わないでください」
無表情ながら、皆籐が冷や汗をかきます。
「やだなぁ。冗談ですよぉ」
「……あなたなら本当にできそうで怖いんですよ」
できるし、やりかねません。
「でも、このままだと……」
悠は苛立ちを押さえられません。
「やっぱり、ファンクラブの子たちを使って……」
「やめなさい、この雌豚」
「あふっん~♥ ……ご褒美だわぁ♥」
悶えている悠を放置して、皆籐は自分の席で電話をかけ始めます。
「……お疲れ様です。ヘルプデスクの皆籐です。お忙しいところすいません、本部長。お時間よろしいですか? ……ええ。実は、おたくの新蔵さんなんですが……はい。そうです。その件でなんですけど、営業部全体の問い合わせ件数の内、1/3が新蔵さんからの電話でして……そうなんですよ。このままだと、営業部の想定問い合わせ件数が大きくオーバーして、営業部に追加コストが発生しかねません」
いつもにまして、まじめな皆籐です。
「そこでパソコン関係の教育セミナーに強制参加させるようにしてもらえませんか。……ええ、本人は嫌がると思いますが。……はい。仕事の都合もあるとは思いますが、今月中に予定を決めていただけると」
実は新蔵は営業部でも古株で、少々問題児的な存在です。
扱いが難しいようです。
「はい。もちろん、わかっています。……しかし、追加コストはまずいですよね? それにですね、これ以上はさすがにこちらも対策をとらせていただくことになります。……え? 対策ですか? それは、簡単ですよ。
「ちょ、ちょっと皆籐さん……」
「私たち、野獣かなんかですか……」
「……いえ。あなたたち、もっと質が悪いと思われますよ。今、営業本部長、本気で怯えていましたから」
「…………」
「…………」
ヘルプデスクのメンバーの方が、よっぽど問題児でした。
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■用語説明
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●プレゼンソフト
プレゼンテーションソフトで、MSのパワポとかですね。
ところで、文書をワードではなく、エクセルやパワポで作る人ってけっこういますよね。
皆さんは、使い分けをなさっていますか?
●BMP形式
ビットマップ形式。
無圧縮だからばかでかいです。
●拡張子
ファイルの種類を表す英文字です。
1~4文字ぐらいで表されます。
●JPEG、PNG
これも画像形式ですが、圧縮されているのでBMPよりかなり小さくなります。
●リサイズ
サイズを変更することです。
ダイエットやバストアップと同じですね。
●「パソコン苦手なんだから、わかんなくても仕方ない」
これはヘルプデスクやIT部に言ってはいけないNGワードです。
多くの会社で入社条件として、最低限のパソコン操作が条件になっていると思います。
それができないのですから、威張れることではないのです。
●途中電話斬り
相手を問答無用で斬ります。
●「
この脅しで皆籐伝説がさらに広まってしまったそうです。
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