第9話「チョコレートはどこからくるのですか?」

〈バレンタインデーのチョコレートってどこからくるんですか?〉


「……はい?」


 久々にきました。


 とてもサポート範囲とは思えない質問です。


 思わず夢子は尻上がりな発音で疑問符をとばしてしまいました。


 電話の相手は、配送部・アルバイトの吉田さんでした。


「失礼ですが、年齢を聞いてもよろしいでしょうか?」


〈はい。16歳です〉


 夢子の予想より、かなり若いです。


 JKならぬDKのようです。


〈ぼく、市立の中高一貫の男子校にいるんですが、周りの友達は、バレンタインになるとなぜかチョコレートをもっているんですよ〉


「まあ、お年頃ですしね……」


〈でも、うち男子校なんですよ! 彼女がいるのなんて、ほんの一部の【選ばれし子供たち】だけなのに、なんでバレンタインデーになるとチョコをもらっているんですか?〉


 その世界を救っちゃいそうな子供たちにいるのは、彼女ではなく、デジ○ンか何かではないのでしょうか。


「まあ、世の中には義理チョコなんていう制度もありますし」


〈それさえもらえないぼくは、義理も人情もない世界に生きていると!?〉


「まるで極道の世界ですね……」


〈……わかりました! ぼく、どこかの組に入ります!〉


「落ち着いてください。チョコレートごときで人生を踏み外さないでください」


 夢子はあわててとめました。


 万が一にも自分のアドバイスで、少年を極道に進ませたりしたら大変です。


 もちろん、心配なのは少年の未来ではなく、自分の未来です。


〈じゃあ、どーしたら……。あ、お姉さんは美人ですか?〉


「どちらかと言えば、『美人』より『かわいい』派です」


〈それは、かなりの『かわいさ』なんですか?〉


「そりゃもう、抜群にかわいいと思います」


〈じゃあ、ぼくにチョコをください!〉


「いやですよ」


〈かわいいと自負している女の子は、チョコを配るもんじゃないんですか!〉


「どこの知識ですか、それは。それに私のかわいさは、そんな安っぽいものではありません」


 夢子には、胸は小さいですが、プライドは尊大でした。


「とりあえず、自分で買ってきたらどうですか?」


〈そ、それだけは……。それは最後の禁断の手だと、父さんが涙ながらに教えてくれたので……〉


「なるほど……。あなたのお父様もモテなかったのですね。そうなると、もうモテないのは遺伝です。でも、そんなモテないお父様も、千辛万苦せんしんばんくを乗り越えて、命からがら危ういところで、おなさけでなんとか結婚できて、あなたを生んだわけですから、あなたも電子顕微鏡で探さないと見つからないような希望の光を胸に頑張ってみてはいかがですか?」


〈…………ぼく、死にます……〉


「冗談ですよ」


〈それが、思春期の青少年に言う冗談ですか!〉


「う~ん……と言われましてもねぇ……」


 そこに横から助け船がでます。


「ちょっと、花氏さん。わたくしが代わってあげますわ」


 悠がでかい胸を張って、腹立たしい先輩面をしています。


 しかし、夢子は素直にお礼を言って代わることにしました。


 面倒な対応をおしつけられるのなら御の字です。


 もちろん、後学のためにモニターはしておきます。


「お電話代わりましたわ。バレンタインのチョコレートについてですわね」


〈あ、はい。ぼくのところにチョコレートがくるようにするには、どうしたらいいんでしょうか?〉


「それなら話は簡単ですわ。このわたくしがお贈りしましょう」


〈……お姉さんは美人ですか?〉


「そりゃもう、抜群の美人ですわ。この天上天下にわたくしに勝てる美人なんていませんわ」


〈ま、まじですか!?〉


「ええ。しかも、スタイルも抜群ですわよ。たとえば、わたくしのバストは、先ほど電話に出ていたお姉さんのバストの10倍はあるわね」


〈ま、まじですか!?〉


 言い過ぎです。


「信じられないなら、今から言うとおりにすればチョコレートのほかに、わたくしのちょっとアダルトなスナップ写真もおつけしますわ」


〈ま、まじですか!?〉


「ええ。まず、これから言うウェブページにある申込フォームに氏名、住所、電話番号などを入力した後、年間費3,500円を振り込みなさい。それだけで、バレンタインデーには、愛のこもったチョコレートと、ちょっとアダルトなスナップ写真が届くわよ。もちろん、同級生にはその写真を見せて『ぼくの彼女なんだぜ』と自慢するといいわ」


〈ま、まじですか!?〉


「さらに友達も入会させれば、あなたにマージンが入るし、その友達が誰かを誘えば、さらにあなたにもマージンが入る仕組みよ。お得でしょう!」


「素晴らしいです! わかりました、はいります!」


「では、URLを言うわね。http://funclub.yu-sama.○○○……わかったかしら?」


 素直な少年は、最後に「これで勝てる!」と意気込んで電話を切りました。


「あの、上空さん……」


 夢子は満足そうにしている悠に、引きつりながら呼びかけました。


「さっきのURLって、あなたのファ――」


「ああ、今日はかわいそうな少年を助けてしまったわ!」


「いや、そのさっきのってネズミこ――」


「これであの少年も、今年はハッピーバレンタインね!」


「…………」


 あの時、素直に「チョコレートを送ってあげる」と言ってあげればよかったかな、と少しだけ後悔する夢子でした。



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■用語説明

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●JK

 女子高生のことです。


●DK

 男子高生のことです。

 「ダ○コン」「どすこい」「どき」「竜騎士」等とは違います。


●選ばれし子供たち

 メンバーには女の子もいます。


●デジ○ン

 ポケ○ンとの違いは退化することです。


●義理チョコ

 ネーミングがよくないです。

 感謝チョコ、友情チョコ、親愛チョコ、百合チョコ、挨拶チョコ、ホモチョコ、契約チョコ、実験チョコ、キープ君チョコ、ミントチョコ、禁断の愛チョコなど、使い分ければいいと思います。


●スナップ写真

 結構過激だそうです。


●マージン

 金額的にたかが知れています。


●「これで勝てる!」

 もう負けているんです。


●「ネズミこ――」

 たぶん、悪いことです。

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