第8話「○○のくせに生意気ですか?」
――プルルルル……
今日もヘルプデスクに電話が鳴り響きます。
可能ならばワンコールでとるというのが、ヘルプデスクの教えです。
夢子は手が空いていたので、素早く受話器をあげました。
「はい。ヘルプデスクです」
〈……ん? なーんだぁ、きさまは〜。初めて聞く声だな。名を名乗らんか!〉
初っ端から居丈高な低い声が、夢子の耳をつんざきます。
「……ふっ。人に名を訊ねる時は、己から名のるのが礼儀でしょう!」
その横柄な態度に、夢子も対抗することにしたようです。
〈なんだとぉ〜。ヘルプデスクのくせに生意気な! ……まあ、いい。名のってやろう。わしは――〉
――ガシャン!
電話は、夢子の手によって切られました。
「…………」
前の席にいた悠も唖然としてしまいます。
「…………花氏さん」
表情はいつも通りながら、皆藤は不安げな声をかけました。
「今の電話は……」
「単なる、まちがい電話のようです」
「単なるまちがい電話に、先に名を名乗れと説教したんですか?」
――プルルルル……
また、ヘルプデスクに電話が鳴り響きます。
「はい。ヘルプデスクです」
〈きるなあぁぁぁぁ! しかも、いいところで! きさま、わしを誰だと――〉
――ガシャン!
「花氏さん?」
「いえ。どうやら、頭がかわいそうな人のようです」
――プルルルル……
「はい。ヘルプ――」
〈――だから、きる――}
――ガシャン!
「……花氏さん。そろそろ理由を簡潔に述べてください」
「…………『ヘルプデスクのくせに生意気だ』と言われました」
「ああ……。相手がわかりました。我々に必要なのは、海のように広大な許す心です」
「……まあ、ご命令とあらば」
――プルルルル……
「はい。ヘルプデスクです」
〈き、きるな! きるなよ……。いいか、落ち着いて聞けよ。わしらに今、必要なことは、ゆっくりと話し合うこと……だと思わんか?〉
「……それで、ご質問はなんでしょうか?」
不承不承ながら、夢子は話を聞くことにしたようです。
夢子は、胸のように許す心も小さいのです。
〈う、うむ。わしは、法務部の【
「はい。法務部のあさ……Aさん(仮名)ですね」
〈あきらめるの早いわ! ってか、(仮名)ってなんじゃ! 少しも努力しようとしていないだろう、きさま!〉
「ご用件がなければ、これで……」
〈待て! 用件あるわい! もう少しゆとりを持て! ……き、聞きたいことは、ワープロソフトのことだ〉
「はい。どのようなことでしょうか?」
〈うむ。今まであまり使う機会がなかったので我慢していたのだが、最近になってよく使うようになってきたら、我慢できなくなったことがあってな〉
「はあ……」
〈今、書類を作っておるだが、このプログラム、たかがワープロソフトのくせに生意気だ! そう思わんか!〉
「生意気……ですか? それは思わず、放課後に校舎裏へ呼び出したくなるような生意気さですか?」
〈……どんな感じだ、それは?〉
「では、上履きに画びょうを入れたり、机に『死ね』とか掘ったり、個室トイレに入っている奴に上から水をかけて『汚いから流してやったんだよ!』と言いたくなったりする感じですか?」
〈わしは、女子高生か!〉
「まあ、すべて私が中学生のころにやられたことですけどね」
〈……えっ!? あっ……な、なんか……悪いことを……〉
「冗談です」
〈ブルーになるような冗談はやめろ!〉
「もう。早く要件を言ってくださいよ、Aさん(仮名)」
〈Aさん(仮名)じゃないわ! だいたい、おまえがそらしたんだろうが! ……と、ともかく、ワープロソフトがわしの意思に反して動くのが気に入らん! なんとかせんか!〉
「やさしく言い聞かせれば、きっと心を開いて……」
〈きさま、バカにしとるだろう!〉
「ふふ。それほどでもありませんよ」
〈なんで偉そうなんだ! ……くっ。もうお前では話にならん! 皆籐をだせ!〉
「その前に要件を教えてください。……あなたが皆籐部長と戦う資格があるか、この私が見極めてあげましょう」
〈お前は、どこのゲートキーパーだ! …………まあ、いい。たとえばだな、箇条書きで中点を頭に打って改行すると、次の行にも勝手に中点をだしたり、マージンを勝手に設定したりするだろう。あれだ。他にも、わしは英語を全部小文字で書きたいのに、先頭文字を勝手に大文字にしたり……そういうわがままが許せんのだ〉
「ああ。自動整形やオートコレクトの機能ですね」
〈それだ! その整形したオトコセレクトとかいう機能だ!〉
思わず夢子は頭の中で、横一列に裸で並んでいる美形な男たちから、ひとりを選んでいるオジサンの姿が浮かびます。
もちろん、フルチンでございます。
「いや、その機能はどうかと……」
〈ん? オトココネクトだったか?〉
横一列だった裸体の男たちが、今度は縦列になって密着ドッキングしました。
選んでたオジサンは、我慢できなくなったのか最後尾にドッキングです。
みんな、いい顔をしています。
〈とにかく勝手やらんでほしいのだ〉
「そ、それは確かにやらないでほしいですね。気持ち悪いです」
〈そうだろう! どうすればいいのだ?〉
「ゴホン……。それはですね、オプションで機能を使わないようにすれば良いので……」
〈そうしたら、その機能が使えなくなるだろうか! 使いたい時もあるんだ!〉
「その時は、またオンにしていただければ……」
〈面倒じゃないか! わしがやって欲しい時だけやってくれればいいんだ! 生意気に勝手なことせんようにな!〉
「(……わがままじじい……)」
〈なんかほざいたか!?〉
「『すてきなおじさま』と言いました」
〈うそこけ!〉
「[CTRL]+[Z]です」
〈……はん?〉
突然の夢子の言葉に、相手は戸惑います。
「やって欲しい時にだけやるのは難しいですが、やって欲しくない時に元に戻すのは簡単で、ソフトが生意気なことをした直後なら、[CTRL]キーを押しながら、[Z]キーを押すと『元に戻す』という機能で、ソフトが生意気なところを深く反省して引っ込めます」
「なんだと? ……………………おお! 本当だ! 変更されたフォーマットが元に戻されたぞ」
「まあ、反省しているくせに、同じ過ちを何度も繰り返しますがね。……その機能で手打ちしていただけないでしょうか?」
「ふーむ。……まあ、よかろう。お主、生意気だが、なかなかやるではないか。名前を聞いておこうか」
「ふふ。名のるほどのもではありませんよ。では!」
「おい! ちょっ――」
――ガシャン!
ひと仕事終えて、さわやかな顔で汗をぬぐいながら、夢子は大きなため息をつきます。
「……ふう。さびしい老人の話し相手は疲れますね」
「それはヘルプデスクの仕事ではありませんよ、花氏さん」
ヘルプデスクの仕事は難しいと思う夢子でした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
■用語説明
●ワンコール
問い合わせに対して待ち時間を減らすことで、顧客満足度を上げることができます。
●「海のように広大な許す心」
接客業全般ですが、むかつく客にいちいちキレていてはいけません。
●ワープロソフト
ワードプロセッサーソフトウェアのことです。
文章を作成するためのソフトです。
●「冗談です」
本当でしょうか?
●ゲートキーパー
門番のことですが、物語に出てくる場合、多くは「捨て駒」です。
●オートコレクト
「オトコセレクト」でも「オトココネクト」でもありません。
例を挙げると、Microsoft Word 2010ならば、「ファイル」メニュー→「オプション」→「文章校正」→「オートコレクトのオプション」で指定できます。
●[CTRL]+[Z](コントロールゼット!)
時間を巻き戻す、禁断の呪文です。
気がつきにくいことですが、巻き戻るのは自分がやったことだけではなく、コンピューターがやったことも巻き戻る場合があります。
人生にも[CTRL]+[Z]が欲しいです。
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