第3話「毒をもって毒を制していいですか?」
初日の一発目以外は、わりあいまともな質問でした。
オフィスソフトの使い方とか、パスワードリセットの仕方など、夢子にとってはたわいない話ばかり。
「さすがに紅帯だけあって、パソコン関係は何の問題もありませんね」
無表情でわかりにくいですが、皆籐もその点に関しては満足そうです。
「はい。任せてください!」
彼女は、ない胸を張って自信たっぷりです。
「しかし、ヘルプデスクの仕事は、守備範囲が広いです。パソコン関係の質問だけとは限りません」
「そうですね……」
もちろん、彼女もわかっていることです。
一般的なパソコン関係の質問ならば、ほぼ問題はないのですが、さすがに会社の基幹システムや、社内のセキュリティポリシーなどは、まだわかりません。
そのあたりのことをこれから、どんどん勉強していかなければなりません。
もうすぐ終業時間を迎えます。
明日から、本格的にそれらを学んでいくことでしょう。
――プルルルル……
電話が鳴っています。
「では、その電話を最後であがっていいですよ」
そう皆籐に言われたので、夢子は電話をまた取りました。
「はい、ヘルプデスクです」
〈あ、すいません。営業の吉村なんですが、ちょっと困ったことがありまして……〉
元気のない男の声が、受話器から聞こえました。
「どうなさいましたか?」
〈ええ。実はうちの長男……えっと、14才になるんですけど。最近、怪我もしていないのに腕に包帯を巻いているんです〉
「……はあ……」
どうやら、今回の質問は難問のようです。
滑りだしの内容では、どうパソコンに結びつくのかまったくつかめません。
〈包帯をとろうとすると『封印がとける!』とか言い出したり、たまに包帯の手を押さえて『力が暴走する』とか言いだす始末で……〉
「……はあ……」
〈わたし、心配で……。どうしたらいいんでしょうか?〉
「……私も今、どうしていいかわからなくて困っています」
なんと、その質問は結局、最後までパソコンと結びつきませんでした。
夢子は困ってしまい、横で電話をモニターしている皆籐に、表情で尋ねてみます。
「ん? 答えてあげてかまいませんよ」
なぜか無表情でサムズアップ。
もちろん、夢子は許可を求めていたわけではなく、答えを求めていたのです。
彼女は電話相手に待ってもらうように頼むと、一度保留状態にしました。
「皆籐さん、これ……パソコンとまったく関係ない、家庭の問題のような気がするのですが……」
「だから、パソコン関連の質問とは限らないと言ったじゃないですか」
至極当たり前のことであるかのように、逆に驚いたように皆籐は答えます。
「それは言われましたが……。ここはいったい、何のヘルプデスクなんですか?」
「もちろん、我が社のヘルプデスクです」
「だから、我が社のITのヘルプデスク……ですよね?」
「……そんなこと、一言も言っていないと思いますが?」
「…………」
夢子は記憶を探りますが、確かに皆籐の言うとおり「IT」という言葉は話の中にも、契約書の中にも出てきていませんでした。
そう言えば、自分は何号の契約社員としてきたのか覚えていません。
「とにかく、あまり待たせてはいけません。私が手本を聞かせますので、花氏さんは自分のヘッドセットでモニターしててください」
しかたなく指示に従うと、皆籐は切り替え操作を行って、そのまま自分のヘッドセットで会話を始めました。
「お電話変わりました。吉村さん、お久しぶりです」
〈ああ、皆籐さん。ご無沙汰しています〉
「お話は聞かせていただきましたが、それは社のポータルサイトのFAQにも載っている【厨二病】というやつです」
〈えっ!? 病気なんですか!?〉
「それほど心配することではありませんよ。ほとんどの場合、中学卒業と共に自然に治ります。ただ、後遺症として【黒歴史】が残りますが。詳しくは、サイトを見てください」
〈そ、そんな……早く治してあげられないのですか?〉
「そうですねぇ。お子さんは、アニメとかマンガとかはよくお読みになりますか?」
〈は、はい。特にあの、ラノベとかいうんですか? なんか小説を読んでいるみたいですが……〉
「ああ、それでしたら、登場人物が厨二病を患って黒歴史を後悔する話もあるので、それを読ますことで省みて治癒が早まることもあります。後でお薦めリストをメールしておきますので」
〈ありがとうございます!〉
「治癒までは長期になりますので、本件はいったんクローズさせていただきますのでよろしくお願いします」
こうして、皆籐はいつもどおり無表情のまま電話を切りました。
そして、夢子に虚ろな双眸を向けます。
「まあ、こんな感じです。わかりましたか?」
「……むちゃ言わないでください。根本的にわかりませんから!」
「わかりませんか? そうですね、今のは一言で言えば、『毒をもって毒を制す』です」
「……それ、ラノベ作家に殺されますよ」
しゃれにならない時もあるので、発言には気をつけていただきたいものです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
■用語説明
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
●セキュリティポリシー
秘密を守るためのお約束です。
守らないと、お尻ペンペンされるほど、厳しいものです。
●サムズアップ
片手でグーを作って親指だけ立てたサインです。
「やれ!」「いいね!」という意味ですが、下に向けると「殺れ!」「死ね!」という意味になりますので方向には気をつけましょう。
●ヘッドセット
ヘッドフォンとマイクのお得なセットです。
長くつけていると、耳が痛くなることが多いです。
●ポータルサイト
この場合は社内の情報を載せているウェブサイトです。
たいていの場合、社員はウェブブラウザを開くと強制的に見せられてしまいます。
●FAQ
「よくある質問」という意味ですが、「ファ○ク」と読まないようにしましょう。
●厨二病・黒歴史
ググレカスです。
●「登場人物が厨二病を患って黒歴史を後悔する話」のおお薦めリスト
むしろ教えてください。
●いったんクローズ
「いったん」と言っていますが、「もう開かせるんじゃねーぞ」という願いもこめられています。
長引いた案件が案件リストに並ぶとうざいので、ヘルプデスクの人は案件をどんどんクローズしたいのです。
そこで「いったんクローズ」という形で亡き者にしようと計ります。
●「ラノベ作家に殺されます」
ごかいなきように言っておきます。
めんどうだから詳しくは書きませ
んでしたが、プロの作家さんを
なめているわけではないので、
さついをもったりしないでくださ
いませ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます