第4話「どこまでサポートすれば良いですか?」

「結局、このヘルプデスクのサポート範囲はどこまでなのですか?」


 仕事初日の総まとめのように、夢子は皆籐に尋ねました。


 すると抑揚なく、皆籐は熱い答えを返します。


「救えるならば、すべてを救う」


「そんな、どこかのヒーローみたいなことを言われても困るんですが」


「ただし、サポート対象者様限定」


「……いきなり俗物っぽくなって、少し安心しました」


 きちんとけじめをつけるビジネスライクな一面も大事です。


「ここは、ヘルプデスク……ですよね?」


「That's rightで、That's allです」


「……日本語でOKです」


 夢子は、ほとほと困り果てます。


 もともと、IT関連のヘルプデスクだと思って仕事を決めたのです。


 しかし、まさかこんな質問が来る部署だとは、彼女は思いもしませんでした。


「……あの、さっきみたいな質問……というより相談は、福祉系というか、心理カウンセラーのような方がうけるような内容ではないのですか?」


「もちろん、そっちもいます。相談したい人が選べばいい話です。ただ、我が部の解決率は非常に高く、SLA的評価も非常に高いのです」


「どういうSLAなのか見てみたい気もしますが……」


「ちなみに今回の質問は、まだましな方です。たまに、もっとすごいのが来ます」


「……聞くのが怖いんですけど、たとえばどんなのが来るんですか?」


「そうですね。私でもかなり悩んだものですと……」


 本当に考えているのか怪しい顔で、皆籐は顎に手を当てます。


「……ああ」


 そして、本当に思いだしたのか怪しい顔で、ポンッと手を叩きました。


「たとえば、『某雪山にあるロッジの密室で、とある社長が殺されたんだけど、犯人はこの中にいるのか?』とか」


「この中って、どの中ですか!? そんなの、金田○少年か、コ○ンくんにでも訊いてください!」


「質問者の名前は、【江○川 コ○ン】でした」


「コ○ンくん、自分で推理しなきゃだめじゃないですか! ってか、コ○ンくんってうちの社員だったんですか!?」


「サポート対象者は契約者なので、我が社の社員以外もいますよ」


「サポート対象者まで範囲が広いんですか……」


「しかし、あれは犯人を見つけるのは大変でしたね」


「見つけたんですか~!?」


「仕事ですから」


「それ、警察に任せましょう!」


「それから、他に大変な相談事は、内閣総理大臣からTPPに関する――」


「ごちそうさま。もういいです!」


「まあ、このような問い合わせはわずかで、パソコン関係中心で社内の問題ばかりです。IT部のヘルプデスクも兼任していますので」


 ここに来て、やっと夢子は気がつきました。


 ここは「IT部」ではなく「ヘルプデスク部」という別部門だったのです。


 夢子は思わず大きなため息をついてしまいます。


 これは、想像以上に大変なことかも知れません。


「……業務を続けるのは、難しいですか?」


 夢子にまっすぐ向き合い、皆籐は姿勢を正して尋ねました。


 正面から見ても光を失っている皆籐の目が夢子を見ている……気がしますが、胡乱な視線でよくわかりません。


「今日、一日見ていましたが、花氏さんはキレやすいものの能力は高く、ぜひ続けていただけると助かるのですが」


「キレやすいは反論したいところですが……。能力の高さを買っていただけるのは嬉しいです」


「しかし、それほど能力が高いなら、そのままプログラマーでいた方がよかったのではないですか?」


 皆籐は彼女の職歴を見た時から気になっていました。


 彼女のプログラミング能力は、学生時代から飛び抜けていたのです。


 なにしろ職歴に載っていた、過去に作成したソフトウェアの中には、一般的に広く使われているソフトが多々ありました。


 いわゆる天才プログラマーだったのです。


「まあ、もちろんプログラマーのが収入はいいんですけど、私はもう少し多くの人と関わる仕事をしてみたくなったんです」


「ああ。それは少しわかる気がします」


「それに、少しプログラマー以外の仕事も経験しておきたかったんですよ。一つの仕事だけだと、どうしても視野が狭まるので」


「そうですか。……で、どうしますか?」


「そうですね。ええっと……。とりあえず、無理そうになるまで続けさせてください」


 そう言って頭をさげる夢子に、皆籐も頭をゆっくりとさげました。


「ありがとうございます。仕事が辛くなったら、早めに相談してください」


「……相談したら、どうにかしてくれるんですか?」


「そうですね。連休をとっていただいたりとか、しばらく案件を限定したりとか……」


「なるほど」


「それでも精神的にキツい場合は、私のように心を閉じると楽になりますよ」


「…………皆籐さんが、この仕事の行く末でしたか」


 夢子は内心で、「ここまで行く前に逃げよう」と思わずにはいられませんでした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

■用語説明

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


●「That's rightで、That's all」

 「その通りで、それがすべて」という意味です。

 なぜ英語で言ったのかは知りません。


●SLA

 「このぐらいサービスしてやるから満足しろや」という決めごとです。

 ヤバい奴は早めに処分しなくてはいけませんが、生かしておいても大して害のない奴はしばらく泳がせて様子を見ておけばいい的なことを決めたりします。


●「某雪山にあるロッジ……」

 どうして彼らは、自分たちが行けば事件が起こることがわかっているのに、深い雪山とか、孤島とか、孤立しやすい農村とか行きたがるのでしょうか。

 密室マニアなのでしょうか。


●【江○川 コ○ン】

 有名人とは別人だと思われますので訴えないでください。


●内閣総理大臣

 日本のエライ人。


●TPP

 環太平洋戦略的経済連携協定。

 ちなみに、まちがえて「TTP」でググると、なぜか「小説家になろう」が検索結果の上位に出てきます。


●ヘルプデスク部

 社内向けだと普通は、IT部門の中にチームとして「ヘルプデスク」があります。

 ただし、社外向け(お客さま向け)の専用であるなら、部門として存在することもよくあります。

 もちろん、その場合でも「何でも相談室」みたいなことはしません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る