第2話「いつもと一緒なんですか?」

 オフィスの隅で、テーブルが四つ並ぶだけの島がヘルプデスク部です。


 今日は他の二人はお休みのようで、皆籐と夢子だけが隣り合わせに座っています。


「では、さっそく今日から仕事です。電話応対をしていただきます。横で声はモニターしているので、困ったら言ってください」


 皆籐の言葉に、夢子はうなずきます。


「わかりました。やってみます」


 その夢子の返事に応えるように、目の前の電話が鳴り始めました。


 夢子は、その電話をとります。


「はい、ヘルプデスクです」


〈すいません、教えてください!〉


 電話の向こうの女性は、かなり慌てているのか切羽詰まったように話します。


「どうなさいました?」


〈ファイルが……私が作った表計算ファイル、どこにしまってあるんでしょうか?〉


「……はい?」


 さすがの夢子も戸惑いを隠せません。


〈さっき保存したはずなんですが、見つからないんですよ。どこに保存されているんですか?〉


「……知りません」


 夢子は素直な子なので、正直に答えます。


 知るわけがありません。


「保存した場所にないんですか?」


〈それ、どこですか?〉


「えーっと。保存する時、どこを指定して保存したんですか?」


〈そんなの、いつもの場所に決まっています!〉


 そんなことを言われても初めて会話した相手が、どこにファイルを保存しているのかなど知るよしもありません。


 相手の方は、お馬鹿さんなのでしょうか。


「すいません。いつもの場所っていうのがわからないのですが……」


〈わたしだってわかりませんよ!〉


「……そうですか」


――ガチャン!


 夢子はキレたのか、乱暴に受話器を戻しました。


 もちろん、電話も切れました。


「こらこら。勝手に切らないように」


 やはり表情を変えずに、皆籐は夢子を叱ります。


「だって、皆籐さん。今の人、絶対にバカですよ!」


「サポート対象は、いわばお客さまです。バカなどと言ってはいけません」


 すいません。


「それに、ここに電話をかけてくるということは、途中でサポートコードを入力できた人です。バカでもアホでもトンマでも腐ったミカンでも、かかってきた電話はすべてヘルプデスクのサポート対象者なので、ちゃんと対応しなくてはいけません」


「……私より、皆籐さんの方が酷いことを言っていませんか……」


「ともかく、サポートコードから電話番号がわかるので、かけ直してみてください。たぶん、『いつもの場所』というのは、マイドキュメントフォルダあたりでしょう。デフォルトでファイルセレクターが開く場所を言っているのではないかと思います」


「なるほど……」


「それにファイルが見つからなければ、検索すればいいのでやり方を教えてあげてください」


 そう言った途端、電話が鳴り始めました。


 目の前のパソコンの画面には、電話システムと連動したコンソールがアリ、そこには先ほどと同じサポートコードが表示されています。


 つまり、この電話の先は、先ほどと同じ人です。


 意を決するようにうなずいてから、夢子は受話器を取りあげます。


「……はい、ヘルプデスクです」


〈あっ! あなた、さっきの人ね! なんで切るのよ!〉


「電波の調子が悪くて、自然に切れたんです」


〈嘘つき! 携帯電話じゃないでしょう! それにガチャンといいましたよ、ガチャンと!〉


「それより、いつもの場所というのは、マイドキュメントフォルダではないでしょうか」


 夢子は相手の話を無視して、マイドキュメントフォルダの開き方を教えました。


 しかし、そこに目的のファイルはなかったのです。


〈ファイルないわよ! どこなのよ?〉


「貴方の心の中に……」


〈ふざけないでちょうだい!〉


「大丈夫です。検索すれば探すことができます。なんていうファイル名で保存したんですか?」


〈いつも通りよ!〉


「いつも通り?」


〈ええ。いつも通り自然についた名前で保存したわ。だから、名前なんて覚えているわけないじゃない!」


――ガチャン!


 その後、さすがに夢子は、無表情のままの皆籐に頭を叩かれました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


■用語説明


●マイドキュメントフォルダ

 「ユーザーのデータはここにしまっておきなさい」とOSから押しつけられた場所。余計なお世話です。もちろん、別のところにもしまえます。


●デフォルト

 初期値という意味ですが、転じて会話の中で「当たり前」という意味でも使われたりします。

 例:

 「異世界に行ったらチート能力がつくのってデフォルトだよね!」

 「それ、チートじゃなくてもう仕様なんじゃね?」


●ファイルセレクター

 ファイルを選ぶための画面です。

 それ以上でもそれ以下でもありませんが、これを使ってOSをハッキングするテクニックなどもありましたので、それ以上ではあるかもしれません。


●「いつもどおり自然についた名前」

 Microsoft Excelなどだと、名前を明示しないと「Book1.xlsx」というようなファイル名をつけられます。

 これでファイルを管理できる人は天才ですね。

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