第2話 シャワールームパニック
「おーい、ケンおせぇよ。ちんたらしてると始まっちまうぞ!」
坂の上から悠斗の声が響く。
「るせぇっ……ちょっと死んだからってはしゃぎやがって……っ。こちとら生身なんだよ!」
ゼイゼイと息を挙げながら登り切ると学校が見えてくる。県立パンデモニウム学園、通称パン学ハルマゲドンの時召喚された万魔殿を改装して作られた学校である。その特徴的なフォルムと大きな時計塔がシンボルとなっていて……って。
「まだ10時前じゃねぇか!」
入学式は11時からである。
「え? あ、マジだ」
俺と一緒に驚いてる悠斗のまぬけへ、俺は怒りの視線を向ける。
「どーいうことだ? おい? てめぇが時間がやべぇっつったから、俺はこのクソ坂を駆け上がって汗だくになってるんだが?」
「いや~、なんつーか、事故ってから腕時計の調子が悪いんだよな。ほら」
調子悪いってか文字盤まで歪んで完全にぶっ壊れてんじゃねぇか。
「確信犯だろ? そうなんだろ? 怒らないから行ってみろ?」
「……実はそうなんだ。ごめんちょ?」
「可愛子ぶってんじゃねぇっ! きっめぇんだよ!」
俺は左肩からエネルギーを抽出して左手に集め思いっきり悠斗をはたいた。まったく、そういうのをやっていいのは男女問わず幼児までだ。
「痛ってーっ! なんだこれ!? 久しぶりに無茶苦茶痛てぇっ! 俺ゾンビなのに!」
「天使の聖力を込めたんだから、アンデッドには効果覿面だよな? 大丈夫、俺ってば才能無いから、全力でやってもスゲー痛いだけだから」
「お、怒らないって言ったくせに」
「内容には怒ってなかったよ? お前の態度がムカついただけ」
「り、理不尽だ……。いやなんでもないです」
俺が「ン……?」脅しの視線を向けると悠斗はおとなしくなった。多少激しくはなってはいるが、これくらいはいつものじゃれあいの範疇だ。本当は全力など出していないし、本気で怒ってもいない。まあ、ムカついたのは本当だし、全力を出したところで、なりたてゾンビの悠斗一匹浄化できないのも本当のことなんだが。
「おい、そこのゾンビと人間。何をいちゃついている」
そんな風にしていると校門の方から声がかけられる。
「いや、別にいちゃついてはいないですけど……ってあれ?」
校門の方を見てもあれもいない……っと右から魔力反応!?
とっさに飛びのいて自分の頭があった右の方へ目を凝らしてみると、小さな虫みたいのが飛んでいた。
「へぇ、すごいね。このいたずらに初見で引っかからないなんて、久しぶりだよ」
「よ、妖精!?」
よく見ると、それは無視ではなく、翅の生えた小さな人のようだ。
「そだよ~。初めまして、ボクが県立パンデモニウム学園高等部現生徒会長フェアリー族のミラール・ミラーレだよ。そういう君たちは新入生かい? ずいぶん早いようだけど」
よりによっていたずら好きでゆうめいなフェアリー族が生徒会長……いや、会長になるくらいだから妖精っつても優秀な妖精なんだろう。
「気にしないでください。バカが調子に乗った結果です」
「ひどくね? そのバカに騙されたんだからお前もバカなんじゃん!」
「うっさいバカ。黙ってろバカ。息をするなバカ。」
「息は、最初から止まってるってバカ」
「ハハッ! ほんとに仲がいいねえ君たち。見ていて飽きないんだけど、近隣住人の方に迷惑になるから、とりあえず学園に入ってくれるかな?」
そういって会長は校門の方まで飛んでいき手招きしてきた。
「時間まで待つための部屋は用意してあるんだ」
「へぇ、そうなんすか。準備いいっすね」
「毎年、君たちみたいなおまぬけさんが数人出るんだよ。当然の措置さ」
「ぐうの音も出ないっす」
うなだれる悠斗に続いて、会長について校門に入ると、彼(彼女?)は俺の方へ振り返る。
「っていうか君、びしょびしょじゃないか。雨にでも降られたのかい?」
「いえ、単なる汗です。すぐに乾くと思うので放っておいてもらっても……」
「そういう訳にはいかないさ。これでもボクは生徒会長だからね。生徒が万全の状態で学園生活を送れるようにサポートするのが役目なんだ。新入生を汗臭いまま入学式には出せないよ」
そういうと会長はどこから取り出したのか、小さなカギを渡してきた。
「シャワー室のカギだよ。入学式前だし誰も使ってないから好きに使ってかまわないよ。場所は入学案内のパンフレットに書いてあるから自分で探してくれたまえ。ボクはこっちのゾンビ君を案内しなければならないからね」
「それだと、俺が部屋に行けないんですけど……」
「安心したまえ、ゾンビ君を送ったら君も迎えに行ってあげるさ」
「そういうことなら遠慮なく使わせていただきます」
そうして、俺は悠斗と会長と別れて社和室に向かった。
いやまぁ、この時点でうすうす気がついてはいたんだけど……。
◇◆◇◆◇
シャワー室は問題なく見つかった。パンフレットによると男子と女子は別校舎に作られており、万が一にも間違えるはずがない。しっかりと男子用と札もかかっている。
しかし、相手はいたずらで命を落とすこともあるくらいいたずら好きと名高い妖精族だ。念には念を入れて……。
「すみませーん誰かは言ってますか~?」
脱衣所から中に向かって声をかける。
「入ってますよー」
帰ってきたのは高めのハスキーボイス。やっぱり入ってた! あのクソ会長。ご丁寧に鍵まで渡してきやがって。俺じゃなかったら絶対うっかり入ってエロハプニングだよ!
「あのー、こっち男子用なんで、待ってますから終わったら声かけてもらっていいですか?」
「え? そんな、いいですよ入ってきてください。男同士でそんな気を使われても困りますし」
ありゃ、男か女か判別しにくい声色だったから、会長のこともあって、女と思い込んじゃってたけど男だったのか。かえって失礼しちゃったかな?
「それは失礼しました。じゃあ遠慮なく入らせてもらいますね」
「どうぞどうぞ」
服を脱いで洗濯機に放り込み、スイッチを入れてから、ドアを開けるてみると、中にはちょっと数えきれないくらい個室シャワーが並んでいた。いろんな種族に合わせて作ってあるのか、個室の大きさも様々だ。
「すごいですよね。駅前のスーパー銭湯でもこれほど多種族に対応した設備はありませんよ」
「ですよね。脱衣所がついてるだけでも相当……ってわぁっ!」
「? どうかしました?」
振り向くと一糸纏わぬ美少女が立っていた。
いや、少女じゃない。男だ。小さいけどちゃんとついてる。
けど顔は美少女そのものだし、体つきもなんだかぷにぷに脂肪がのって女性っぽい感じ。何よりなんで腰がくびれてんだよ!? おかしいだろ!?
「イヤ、ナンデモアリマセン。……ところであなたも新入生の方ですか?」
「そうです。時間間違えちゃって走ってきたら汗だくだったので生徒会長にシャワー室を貸してもらったんです」
間抜けは、どこにでもいるらしい。
「あ、ボクはインキュバスのブリック・高梨って言います」
「あぁご丁寧にどうも、特に種族はないんだけど加藤・健太郎です。よろしくお願いしますね」
ミドルネームは名乗らない。長くて面倒だし、もっとほかの理由でも面倒だからだ。
それにしても、男の性の象徴インキュバスだって? 初めて見たけどなんか想像してたのと違う。どっちかって言ったらサキュバス♂って言われた方がまだ納得できるぞ。
ま、あまりじろじろ見るのも失礼だろう俺もシャワーを浴びるとする……。
「イッエーイ乗ってるかーい!」
「きゃあっ!」
突然脱衣所の扉が開いて会長が飛び込んできた。シャワー室で何に乗るってんだろう? っていうかブリック。股間はともかくなんで胸を隠す?
「なーんだ。もっと面白いことになってるかと思ったのに案外普通だね」
そういう会長は服を着たままシャワー室に入ってきていた。そういえば会長の性別ってどっちだ?
「僕たちフェアリー族には性別はないよ。気分次第で増えたり減ったり。妖精さんは不思議な種族なのさ」
俺の顔を見て察したのか聞いてもいないのに会長は答えてくれた。いたずら好きの妖精は表情を読むのが以上にうまいって、確かバァちゃんちの文献で読んだことがあるな。
「そんなに警戒しないでほしいな。別に心が読めるわけじゃないんだしさ」
「どうも、ところでずいぶん早かったですけど会長は何しに来たんですか?」
「ブリック君を迎えに来たにきまってるじゃない。そのついでに、見た目超絶美少女のブリック君に不意打ちくらって慌てふためいてる君が見れたらいいなって思っただけだよ?」
ほんといい性格してやがるな。しゃべるたびに尊敬の念が消えてくぜ。
「それはどうも。じゃあ、俺の堪忍袋の緒が切れないうちに早くブリックを連れてってくれませんか?」
「カリカリしてるねぇ。もっと余裕をもって生きないと人生損だよ?」
誰のせいだ誰の。もう無視して俺は個室に入ることにした。
ブリックがぺこりと頭を下げて会長と一緒に出ていく。
完全に出て行ったのを確認してから俺はシャワーのスイッチを入れ汗を流す事にした。
このときシャワーの音に紛れて気配を感じられなかったのは一生の不覚だ。
「わーすごい広いわねー」
「っ!?」
ドアが開いた音がしてそっちを見てしまったのも大失敗だ。
そこにはまた、一糸まとわぬ美少女がいた。今度は本当に美少女だった。
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