初仕事

ヤンは恥ずかしながらもヴィラの尻を追って、抜け殻となった強化装甲ルーチェのために仕切られた部屋に入った。

案の定ヴィラはそこにいて、そして隣にはヨレヨレで、紺のチェスター・コートを着こなす黒縁メガネの男がいた。


強化装甲ルーチェは、メンテナンスのためか、データのフィードバックのためか、はたまた研究のためかわからないが専用のラックに無造作にかけられていた。




「彼が言ってた?」

「そう。」

その黒縁メガネの男はチラとヤンの方をみて、少しの間動きが止まって

そしてまた強化装甲の方を見た。

「あ、初めまして。」

気まずそうにヤンは声を出す。

「初めまして。」

黒縁メガネの男は、業務的に返答する。

彼はあまりヤンに興味が無いみたいだ。

といって、ヴィラの見た目をウットリ眺めているわけではなく、純粋に強化装甲を見ながら、手で自分のあごひげをさわさわしている。


「で、リプレイサーを行動不能には?」

黒縁メガネの男は、ヤンを無視してヴィラに話しかけた。

「なったわ。けどダメね」

「どうして?」

「連発できないのよ。すぐエネルギー切れになる」

「ふぅむ・・・。ルーチェのエネルギー生成量的には、そんな問題はないはずなんだが・・。」

ブツブツと言いながら、はっと何かを思いつき、おそらく今回の戦いでフィードバックされた情報が入った旧世代のノートパソコンを片手に床にチョークで何か数式を書き始めた。


黒縁メガネの男のノートパソコンはあくまで私物なのであろう。所々に古い企業のステッカーが貼ってあり、公用のものとは思えない。

しかし、この部屋にある、おそらく強化装甲ルーチェのデータをディスプレイするためのいくつかのモニターは、そのステッカーが貼られたノートパソコンとは違い、淡々と現状を示している。ヤンは前の職場で、面白くない代わり映えのしないデータを無愛想に表示し続けるモニターには見慣れていたもの、やはり好き好んで見るものではないなと思った。


ただ、1つ気になる点があった。モニターに映し出された強化装甲ルーチェのCADデータに、見覚えを感じた。ただ、その見覚えは抽象的なものであり、具体的に何がどうといえるほど鮮明に説明はできなかった。


「変な人でしょ?」

ヤンが思い出そうと懸命に頭を悩ませていた所、それをヴィラは察したのか、ヤンに優しく声をかけた。

「そうですかね」

ヤンは強化装甲ルーチェのことを考えるので必死で、黒縁メガネの男ことを一瞬忘れていた。その状況で、初見の人間に対し、変な人かどうかと尋ねられて、YESとは答えられないので咄嗟に拍子抜けの返事をした。

「そうよ」

ヴィラはヤンの気遣いに、すぐNOを叩きつけた。

ヴィラ公認の変な人であるみたいだ。


「おい、そこの、名前なんだっけ」

黒縁メガネの男は、数式を書きながら大きな声でヤンを呼んだ

「ヤンです」

「ああ、ちょうどいい。お前リプレイサーの工場で働いていたんだろ」

黒縁メガネの男の言葉にムカとした。

「お前、じゃなくてヤンです。」

「ああ。ヤンか。」

黒縁メガネの男も、少し悪いことをしたかと、トーンを落とした声で返した。

その様子に納得言ったヤンは続ける。

「工場で働いてましたよ。」

「リプレイサーの外装素材はなんだ?」

「あー・・・。いや、そこまではわかりませんでした。」

「ふうむ・・。」

黒縁メガネの男は、少し残念そうに頭を動かしたが、

またすぐに式を書く作業に戻った。


しばしの静音。ヤンは気まずかった。

「ではこう尋ねよう。このルーチェは、リプレイサーの中身と似通った点はあるか」

黒縁メガネの男は思い出したかのようにヤンに訪ねた。

ヤンはそう言われて、抜け殻のルーチェを見て思い出す。

ずっと


「あ」

黒縁メガネの男は、ピク・・・と動きを不自然に止めた。

「あ、とはなんだ。正確に言え!」

部屋中に響き渡るような大声である。ヴィラは慣れっこと言わんばかりに、その大声をスルーしてみせた。ヤンは驚き、少し肩が震えた。


「この強化装甲の腕と足のCADデータ、ほとんどリプレイサーの第三層とおんなじですね」


その発言を聞いたヴィラと黒縁メガネの男は顔を見合わせた。

「やはりか」という表情である。


前述したが、リプレイサーは表面の人間をカモフラージュするための人工皮膚の下に、精密機器を衝撃から守るようにカバーがしてある。人工皮膚がコーティングされてる部分を第一層、精密機器を衝撃から守る防護用の金属板カバーが第二層、そして、人工筋肉と、それを潤滑に可動させるための疑似血液ブラッドオイル他、電気信号やコードが詰まっている第三層。そして、その人工筋肉の中にフレームがある第四層に分けられている。

この何層という呼び方は、組み立て段階での呼び方であるため、正式な名称ではない。また、リプレイサーの服装は職種に応じたものを組み立て後に着せて出荷するため、何層という分け方はされない。



黒縁メガネの男は先程まで書いていた式を一部自分の手帳にメモし直しながらボツりと思い出したかのようにつぶやいた。

「おいヤン」

「なんですか?」

「ヤンのおかげでルーチェの解析の手がかりがつかめた。ありがとう」


黒縁メガネは、憑き物が落ちたように優しくなり、ヤンに感謝の言葉をのべた。自分勝手な黒縁メガネに翻弄され、ヤンはいい気ではなかったが、役に立てたということは、悪い気がすることではない。いい気と悪い気が相殺しあった。

黒縁メガネの男は、少しふぅと、声にならない小さい声で息を吐き、

「俺、サング。名乗るのが遅くなって申し訳ない。」

「いいんですよ」

「それでだ」

サングはすぐそばにいる二人にわざわざ手招きをし、より近くに二人をこさせた。



「ヤン、ヴィラ。1つ良いことを思いついた。」

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