その名はルーチェ
「大丈夫か」
少し、こもった女性の声
ヤンは察した。眼の前の人ならざるものが味方であることを。
いや、察したのではない。願った。
白い世界は、いつの間にか月も見えない雑踏・・・つまり、現実に引き戻されていた。ただ、月は見えなくとも、目の前に光は見える。
ロボットのようにみえた。リプレイサーは人間の見た目のロボットだが、目の前の彼女は、ロボットの見た目の人間だ。
「さあね。でも生きてる」
ヤンは粋に返そうと努力した。
その気持ちを汲んでくれたのか、彼女は優しく首をかしげてとぼけてみせて
「いまいち」
とだけ。優しく言った。
ヤンはどもりながらも尋ねた。
「き・・・君はっ・・!何者なんだい!」
ロボットは応えた
「正義の味方」
「正義の味方?」
ヤンは思ってもいない答えに驚いた。
「そう思わないとやってられないからね」
彼女は右腕をチラチラ見ながら、気だるそうに答える。
「とりあえずここよりはマシな所に行きましょ。」
そう言うと彼女はおもむろに歩き出した。
ついてこい、ということなのだろう。
断る理由もないので、ヤンはロボットについていくことにした。
この茜島は、21世紀中頃に作られた人工の埋立地である。
元々は空港やカジノなど、一大テーマパークを作る予定であったが、経済状況が悪化してしまった。土地の価格は下落し、金を持たない人が住む場所となった。
安価な労働力として、大手メーカーの工場が数多く立ち並んでおり、リプレイサーを製造している村上重工の工場もこの茜島にある。元々ヤンは、この村上重工の工場で期間工を務めていた。
リプレイサーが少しずつ労働力として投入されてここ10年程度である。リプレイサーの普及率と、茜島の治安悪化率は比例していた。しかし、そのデータが公にでることはない。実際はSNSを通して出ているのだが、それを裏付ける証拠を、誰も信じないので、真実とはならないのだ。
ロボットは言う「人が便利を求めた結果、人が生きにくくなるって皮肉よね」
唐突に、それも無造作に。
彼女が向かう先の道中に、ぽんと言葉を置いた。
ヤンは何も言えなかった。
彼女のその何の気なしの言葉は、自分に当てはまったからだ。
ヤンはリプレイサーを製造していた。
勿論、現状のような状況になると思わずではあるが。
ヤンは多少罪悪感があった。だからさっき、リプレイサーに連れて行かれそうになった時、諦めがついたのだ。
受けるべき罪を、受ける時が来たと。
ただ、彼女はそれに介入した。
「そうではない」と。
その彼女が言うのだから、皮肉に対して、何も言い返せないのだ。
「いまいち」
その様子を察して、また彼女はそういった。
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