2-5.Ⅰ:翼…夢と翼の狭間にて
おいおい…こりゃあ、”夢想“じゃねえか!?
一体どこの馬鹿だぁ?この俺の睡眠を邪魔する不届きな馬鹿者は?
白い空間内に浮遊する感覚で漂う俺。
俺は正直不愉快感マックスの状態だ。
“
さらにはアーティファクト創造に入る前に行った素材集め兼ステータスアップを目的にした洞窟探索での疲労も残っていたので、物凄く眠くて仕方ないのである。
心地良い眠りに入れる!と、布団にダイブして暫くしてこの夢の空間に引っ張られたのだ。
俺はとにかくこの俺の安らかな眠りを妨げた不届き者が誰なのかと空間内を見渡す。
どうやら少なくとも“精霊王”の奴の空間ではないようだ。
“
なら一体誰なのか?
この"夢想"は一般人に簡単に扱える類の能力ではない。
俺も見せられ干渉は出来るが、対象に此方から仕掛けるのは無理なのだ。
俺はこの夢の主であろう人物に声を上げる。
姿や声は確認できないが、何処からか俺をジッと見つめているのはなんとなく感覚で分かっていた。
「おい!俺をここに引っ張り込んだ奴!俺を見ているのは分かっているんだ!俺の機嫌をこれ以上損ねない内に出て来い!もしくは声を出せ!」
不機嫌全開の声で語りかける。昔なら夢の空間だろうが殲滅魔法をぶち込んでやるところだろう。魔法が使えないのは不便だ、まったく。
『”…驚いた…アナタは、私に気付いたのですね……では…アナタが、あの方の仰られた御方、ですね……"』
「おい、何を言ってんのか知らないしどうでもいいが、俺はお前に興味などねぇんだよ。特に用もないなら今すぐこの”夢想”を閉じろ。俺は眠いんだ。これ以上の俺の睡眠の妨げは許さんぞ!」
聞こえて来たのは女の声だった。声の質からまだ若い少女、おそらくミリーと同じくらい年齢かと思った。そしてなんだかこの声を聞くとどこかのんびりとした、眠たげなイメージを抱かせるのだった。
そしてこの声の主が女性である事から俺はこの声の主が、巫女の役割を担う
しかしだ、一体何の目的で俺に干渉したのかは知らないが、今の俺にしてみれば3日貫徹はさすがに堪えた。こんな傍迷惑な夢さっさと終えてぐっすりと眠りたいのだ。
まあ、気になる単語を発していたなこの声の主は。
確か”あの方“と。
あの“馬鹿”が関わっているとなると、事情が多少変わる。と言うかげんなりとした気分になる。
何か思惑があるのか?と眠い頭で考えていると、急に空間内がぶれ始めた。
ソレはまるで映像にノイズが走るようであった。
「なんだ!?何が…」
何度か”夢想”を経験して来ているが、この様な事は初めてで少々狼狽していた。
空間内のノイズはさらに激しくなる。
そして、”夢想空間“が崩壊した。
崩壊と共に俺の意識もこの崩壊した空間から浮上して行く。
その間際だった。
『”……まって―…ます―……アナタに…―逢えるのを―私の名前はシル――“』
少女の擦れながらの声が届いた。
その声を聴き届いた瞬間を最後に夢は消えた。
全く意味の分からない夢。
そんな夢を見せられた俺は夢から覚めるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
仕方ないと布団から体を起こすアルト。
起きてみて疲労感は多少ではあるが回復出来た様だ。
起きると当然思い出すのは意味不明で自分の眠りの邪魔をしてくれたあの傍迷惑な夢想だった。
「はあっ、傍迷惑な。なんだったんだかな、まったく。……ん?…なんだ?外が騒がしいな?」
不満を呟いた時だった。なんだか外の様子が騒がしいのに気付いた。
アルトは欠伸をしながら部屋を出ると大きな声が聴こえた。
声の正体はカンスのようだった。
その声は族長の部屋の方からだった。
取り敢えず何か起きたという予感の元族長の部屋に歩いて行く。
そして遠慮なく部屋の扉を開け入る。
「ふぁ~どうしたんだぁ、なにを騒いでるんだ?………誰だ?」
なんだか緊張感溢れている部屋の中に欠伸をしながら先からの騒ぎの原因を、ふかぶかの椅子に腰かけている集落の長であるニュートラル、ミュリア、カンス、シーラ、集落の者達が集っているので尋ねようとしたのだが、その中には見慣れない兎耳の女性がいるのに気付くアルト。
その女性はアルトに対して驚愕の敵を前にした様に嫌悪を含んだ目を向ける。
そして悲鳴を上げるかのように叫んできた。
「な、何故、この地に人間なんかがいるのですかぁ!?」
「アァ!?なんか文句あんのかァ?てか、テメエこそ、誰だァ?」
「ヒッ!?」
正直先程までの“夢想”のおかげで寝不足感があり気が立っていたこともあり声にドスを利かせた声を見知らぬ自分に嫌悪の籠ったウサ耳の女性に答えるアルト。
そのアルトの睨みとドスの効いた声にウサ耳女はビクッと振え悲鳴を上げた。
アルト的に、これが女性じゃなければ即刻首を刎ねてやろうかぁ!という気になっていたりする。
昔であれば親しい者でなければ他人から悪意を含んだ感情を向けられた時点で相手はこの世からサヨナラしていたりする。
そんな不機嫌なアルトをミュリアは慌てたように声をかけこの女性の説明した。
「ア、アルト、その、落ち着いて。えっと、この人は、エトさんって言って、隣の集落の方なの」
「その隣の住人が何しに来たんだ?慌ててる感じだしどうも、キナ臭い感じがするんだが?」
「えっとね………………と言う事なの」
「なるほどな…また帝国の人間達か…」
ミュリアから事の顛末を聞いてまたかと言う思いだった。
呆れて思わず溜息を付くアルト。
どうやら現在アルト達のいる新月の森に近隣する満月の森にある集落が人間の集団、帝国軍に突然襲撃されたという事だった。
満月の森にも”
襲撃に対して応戦するも奇襲された事もあり混乱の状態だった為、集落の者達の多くが殺され、女子供は攫われ連れて行かれたという事。
「目的はやっぱり奴隷か?確か此処にも奴隷を求めてやって来たみたいだしな」
「…いえ、奴らの目的は巫女姫様だったようです」
「っ!?」
「ん?…(ミリー?なんだ?知り合いなのかその巫女と…)」
表情を曇らせるミュリアに気付くアルト。
その表情から親しい間柄なのかと思うのだった。
その後、なぜエト一人がこの場所にいるのかを聞くと、巫女の付人をしていたエトは、その主である巫女のクリスタルオベリスクの転移機能によってこの集落の周辺まで逃げる事が出来たのだ。
転移したエトは転移の際に主である巫女が最後に告げた『…あの子の村に向かって。そして助力を乞て』と告げられ、必死にこの村にまでやって来たのだっだ。
必死に只事でない様子のエトが突然現れ起きた事を告げられ慌しくなった、その時に敵である襲撃犯である人間が現れたのだからエトがアルトに敵意を向けるのは仕方なかった。
(まあ、それなら俺がここにいるのに、憤っても仕方ないか)
ミュリア達がエトにアルトは悪い人間ではない事を教えた。
半信半疑の様だがエトもアルトが一先ず敵ではないと認識した様で謝るのだった。
*
「…お願いしますっ!皆様の協力を、どうかお願いします!あの方を、巫女様を救うために、どうか!」
兎の獣人であるエトは、ミュリア、カンス、シーラに頭を下げ主である巫女の救出を必死に御願いをした。
(…あの方、か。何かしらの身分のある奴の侍女という事なのだろうか。…と言うか、“巫女”か……まさか、あの夢のか?)
その様子を外野の立場で壁に背にしながらアルトはその様子を眺める。そして眺めつつ考えていた。アルトはエトの“巫女”と言う言葉から、先程体感した”夢想“に出て来た女性の可能性が頭に浮かんでいた。
ただ、アルトは多少興味があったがそれだけだ。
アルトは今回介入する気はなかった。
エトの御願いにカンスとシーラは難しい顔を浮かべる。
ミュリアも同様だがオドオドした様子でチラっと期待の籠った視線を自分に向け来るのにアルトは気付いていた。その様子からどうやらその“巫女”を助けに行きたい様と悟る。
だがアルトが口を挿む事はなく静観の姿勢のままだった。
3人共本当なら今すぐにも救出に向かいたい気持ちで一杯だった。
同族が襲われたのだから当然だろう。
だが、正直、この集落は既に一度帝国軍に襲撃された経緯があった。集落の守り手であり戦力となるカンス達が抜けるのは痛いのである。
いくらアルトによって結界強化のアーティファクトがあると言っても前回の事もあるので絶対とは言いきれないかもと思っているから。
しかもエトによれば巫女が持っている結晶の反応を探ってみると、その巫女が攫われ捕らわれているであろう場所は帝国の国境に近い場所にある駐屯している基地だった。
あの時は数人の小規模だったが、その基地には倍の数十人以上の帝国騎士が駐屯しているはずなのだ。
カンス、シーラ、ミュリアの実力が並みより上であっても、数人では侵入して救出も出来ないであろう。
無茶なお願いであるのは承知だが、エトの知り合いはこの集落の者達くらいなのだ。
今から他の集落を頼る事も出来ない。攫われた者が本国に連れ去られたら追い駆けるのは事実上不可能となってしまう。
悲壮感漂う空間内で、ミュリアは可能性があるかもしれない希望の籠った瞳をアルトに向けると声を掛けた。
そのミュリアの声に他の者もアルトに視線を向けた。
「ねえ、アルト、どうにか助けに行けないかな?無茶な事ってことは私も分かってるの。でも攫われた子は私にとって大事な友達なの。だから、何とか助けたいの、だから―」
「……ミュリア様…」
「――悪いが、俺は協力しないぞ」
だが、アルトは拒絶の意思を示した。
「いくら俺でも、今のステータスで一軍隊を相手にするは骨が折れるだろうしな。それに、俺にはメリットがない」
「で、でもっ!」
「俺にとってメリットがあれば別だが…………」
アルトはそう答えた後部屋を出て行く。
その様子にミュリアは悲しそうな表情を浮かべる。
カンスやシーラも、どうにかしたいが、無理を言っているのは解るが故にアルトを止める事は出来なかった。
(アルトっ!)
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