第17話 僻み
急な坂を上りきると小さな庭が見え、菜々は声をかけた。
「美保ちゃん?」
洗濯物を干していた女性は視線を向ける。
「あ、菜々さん!」
そう告げて美保は笑顔を見せた。
玄関にまわり菜々は自分の家のように入っていくと庭に足を進める。
「なに、里帰り?」
肩に大きな荷物を抱え、赤ちゃんを抱いたまま菜々は汗を手で拭った。
駆け寄ってきた美保はその荷物を受け取り、逆に菜々に尋ねた。
「あれ、お姉ちゃんから聞いてません?」
「? ううん、何にも。今日帰るからとしか聞いてないんだけど」
「なんだ、言ってなかったんだ。私、出戻りなんですよ」
美保は菜々の抱えている赤ちゃんに指を伸ばして頬を優しく押す。
「出戻りって、離婚したの?」
菜々は驚いて大声で返した。
その様子に美保は笑顔で頷く。
「まぁ色々あって。お互い若いし、やり直すなら早いほうがいいってことになって。両親にはかなり怒られたんですけど」
菜々は開いた口が塞がらないままテラスに腰を下ろした。
「じゃ茉莉ちゃんは?」
「あ、いますよ。茉莉!」
美保は家の中に向かって叫ぶ。
今年小学校に入学する茉莉はランドセルを背負って走ってきた。
「はーい!」
二つに分けて結んでいる髪を揺らしながらきちんと母親の隣に立つ。
「怜ちゃんのお友達、ご挨拶は?」
「こんにちは、西脇茉莉です」
ペコンと頭を下げた茉莉に菜々は微笑んで彼女を誉める。
茉莉は菜々が抱えている赤ちゃんを不思議そうな目で覗き込んだ。
「拓巳っていうの、茉莉ちゃん宜しくね」
ニコッと笑って茉莉は自分より小さな手にそっと手を伸ばして頷いた。
そこに買物から帰ってきた母親が加わる。
「あら、菜々ちゃんもう来てたの?」
「ええ。拓巳が落ち着いたので早めに。泣き出すと時間がかかってしまうんで」
ご機嫌の様子の息子に菜々は一息つく。
「じゃ今日は拓巳くんだけ?」
「ええ。慶と桃香は主人が今日休み取ってくれたので預けてきました。さすがに拓巳は泣き出すと彼じゃ手におえないので」
「いいわね、夫婦円満のところは」
母親の嫌味を無視した様子で美保は茉莉と拓巳の相手をしながら知らない顔だ。
「うちはね、一人はバツイチで子持ちでしょ。もう一人は三十も過ぎているって言うのに毎日あっちこっち飛んでまわって日本に帰ってくるのでさえ年に数回よ」
話が悪化しないうちに美保は立ち上がる。
「お姉ちゃん迎えに空港まで行ってくる」
茉莉の手を引いて美保は家から出て行く。
「自分の都合が悪くなるとあれだから」
「怜がいつも言ってましたよ。美保は小さい頃から要領がいいって」
スヤスヤと眠りについた拓巳を寝かしつけると菜々は首をまわす。
「そうね。怜は一度思うと何にしてもこう一直線! みたいなところあるから。親としてはいつまで経っても心配ばかりよ」
彼女は美保が仕かけたままの洗濯物を干し始める。
菜々はそれを手伝いながら話しかけた。
「確かに危なかったしところはあったけど私は羨ましかったですよ、怜の生き方」
母親は驚いた表情で振り返った。
「特に武田と出会ってからの怜は」
「菜々ちゃん」
「私の友人の中でも稀です。あんなに自分じゃなく、家族でもない人を誰よりもずっと一番に想い続けるなんて」
その台詞に母親の明子は微笑んだ。
二人を照らす太陽が雲に隠れ、清々しい風がスーッと庭の中を通り抜けていく。
「ありがとう菜々ちゃん。そんな風に思ってくれる人間が一人でも傍にいてくれるなら怜も救われるわ」
「だといいんですけどね。怜には結婚して口うるさくなったって思われているような気がしてならなくて」
「なに言ってるのよ、あの子にしてみれば結婚している人、全員がそう思えるのよ。結婚出来ない人間の僻みだから気にしなくていいの、気にしなくて」
明子は軽く受け流す。
それに菜々は吹き出した。
「やっぱりそうなんですかね?」
「当たり前じゃないの。出会いがないなんて言い訳よ。今日だってどこの国の誰でもいいから連れて帰って来ないかしら?」
「おばさん、誰でもは」
「あら。いいのよ、この際。どうせ願ったところで仕事の話と荒野くんの愚痴ばっかりなんだから。どうせなら一緒になればいいのに全くの眼中外だなんていうのよ」
「いや、怜のタイプから言ったら確かに眼中外じゃないかな、かなり年下でしょ」
「菜々ちゃん。あの年になると好みなんて言っていられないの。もらってくれるなら」
あまりの力説ぶりに菜々は帰ってくる怜に少し同情しつつも、その話に便乗して盛り上がっていた。
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