第7話 

  久しぶりの社内を、思っていた以上に落ち着いて歩いている自分に正幸は驚いていた。

 前を行く部長は数年前とほとんど変わっておらず、再会した時は笑みがこぼれたほどだ。

「本社はどんな感じだ?」

 部長は背を向けたまま尋ねる。

 正幸は任されているプロジェクトの話を中心に簡単な情況を口にする。

「そうか。やはりお前を本社に推薦したかいはあったな」

 それに正幸は礼を繰り返す。

「あまり言わないでくれよ。後ろめたいことだってあるしな」

 部長はそう言って頭を手にやる。

 そのことに気づいて正幸は否定した。

「もしあのことをおっしゃっているなら、それは佐伯部長の責任ではありませんから」

 正幸の強い口調に彼は足を止め、振り返って首を横に振った。

 その表情に正幸は困惑する。

「あれは私の責任に間違いない。本社への話が出たとき、西脇との結婚を意識し始めた時だったんだろう」

「ですが、決断したもの僕ですし。それに向こうに行ってから彼女を不安にさせたのも、誰でもない僕自身なんですから」

 正幸は頭をかき、苦笑いする。


 そんな顔を見て、部長は自分が彼を慰める言葉を持ち合わせていないことに気づく。

「しかし、そろそろ身を固めるように言われているんじゃないのか?」

 その問いに正幸は一瞬言葉を濁す。

 二人がこれを機によりを戻すことが出来るのならという、意味合いが込められていることに正幸は何となく察した。

 だから正幸は彼のその願いを打ち消すような返事する。

「まぁ、会社という組織は仕事をこなせる様になると、次は結婚しないと一人前だとは認めてくれないですからね。今すぐにとは思っていませんが、相手には言ってありますよ」

 まるでそのためだけに結婚するような答えをした正幸の発言に、佐伯は険しい顔を浮かべる。けれど正幸は表情を変えなかった。


 その反応に佐伯は何度か頷き、歩き始める。

「そうか…。ところで今回の異動、西脇には伝えたのか?」

「ええ、はい。朝メールはしておきました。いくら僕たちのことを知っている人が少ないとは言え、いい別れ方をしたとは思っていませんし。いきなり再会するよりはいいかと」

「…メールか」

 佐伯は繰り返して軽く笑った。

「ええ。こういう時につくづく思いますよ。人間は便利なものを作るって。おかげで三年ぶりに怜に会うことが随分楽になりました」

 正幸はそう呟いてネクタイを締め直した。

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