第6話 突然のメール
プロポーズされて1週間後、会社に出勤すると理佐子が先に来ていた。
いつも遅刻ギリギリの彼女にしては珍しく、怜は荷物を持ったまま彼女の隣に立つ。
「おはよう。どうしたの? 今日早いわね」
スマホをじっと見つめていた彼女は怜の声に驚き、パッとそれを伏せる。
「あ! お、おはようございます」
「何、今の?」
分かっていながら怜はからかう。
「何もありませんよ、気のせいです」
理佐子は慌てた様子で隠し、否定するが明らかに動揺している。
実は最近、彼女の様子がおかしいことを怜は気付いていた。
うちの会社は定期的に研修として本社に何ヶ月か出向させられることになっている。
怜も入社時に1度行ったことがあり、いつもの数倍の仕事に唖然としたものだ。さすが本社だと実感させられた数ヶ月だった。
今年の春、その出向を命じられたのが理佐子だった。
彼女の様子がおかしくなったのはその研修を終えて帰ってきてから。
妙に髪型を気にしたり、化粧品を買い漁ったり、洋服の好みも極端に変わった。
それに一番の変化はスマホを手にしている時間なのだ。その変わりようから、推測できることはたったの一つ。
怜は握ったままの彼女のスマホをじっと見つめながら、理佐子の耳元で囁く。
「で? 彼氏とはうまくいってんの」
「えっ! な、何っていうか、何で分かってるんですか?」
言葉に詰まっている理佐子に吹き出す。
バレていないと思っているところが可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。
観念した理佐子は真っ赤になって頷くと、誰にも内緒ですから、と念を押した。
「大丈夫よ、誰も気づいてないから」
軽快な足取りで怜は自分の席に腰を下ろす。
理佐子は女の目から見てもきれいな顔立ちをしていて、なぜ事務の仕事を選んだんだろうと怜は出会った時から思っている。
もっと派手な格好する、華やかな仕事の方が似合っているように思えるからだ。
仲良くなって、そう尋ねたことがあった。それに彼女は即座に答えた。
『お洒落って自分の気分でするものじゃないですか。仕事でするお洒落なんて、ある意味最悪ですよ』
短大時代の親友がファッション関連の店員をしているらしく、その話を聞かされていることもあり、選択として即却下だったらしい。
見た目と中身のギャップのせいで、恋愛も意外にうまくいったことがないと、聞いた時は驚いた。
『浮気なんて毎回ですよ。しかもバレるような嘘つくし。やっぱり同年代は駄目ですね』
と愚痴を溢していた。
そんな恋愛を繰り返していたせいもあって、しばらくは休戦と彼女は断言していた。確かこの1年以上はフリーだったはずである。
飲み会や合コンには顔を出しているようだが、彼氏と呼べる相手を見つけるつもりではいってないとサラリと答えられた。
だとすれば、思い当たるのは本社での研修中の出会いとなる。本社だけあって男性社員の数も多いし対象になる相手も大勢いるから、そこで出会った同期の誰かだろう。
理佐子から少し離れた場所にある自分の席に座り、怜はパソコンにスイッチを入れた。
鞄から眼鏡を取り出し、画面に視線を戻すと、自分宛にメールが送られていることに気付き怜はクリックする。
何気なく開けたメールは、今でも怜を悩ませている人物からだった。
「…ま、正幸?」
マウスを握った手が、微かに震えていることを自分で感じながら怜は送られてきたメールの内容に目を通した。
そこに印されていた報告に怜の動揺はさらに大きくなる。
「ちょっと…待ってよぉ」
独り言を言いながら怜はもう一度メールを読み直す。
だが、何回読んでも内容は同じだ。
三回読んだ後、怜は目を閉じて大きなため息をつく。
それに理佐子が気付いて声をかけてきた。
けどその原因を説明する気にはなれなくて、小さく首を振った。
画面に映し出された文章に、怜の心が乱されていることは明らかだった。
その出来事をどこかで待っていたことを自覚してしまった自分が、情けなくなる。
煩わしいあの日々がまた戻ってくるのかと思うと、深いため息が生まれた。
【西脇怜様 本日付けでそちらに異動になりました。一応、ご連絡までに。 武田正幸】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます