第4話 プレッシャー
家に帰り着くと、4つ離れた妹が姪っ子を連れて里帰りをしていた。
「何でまた急に。旦那とケンカ?」
リビングで一人遅い夕飯を食べながら、怜は妹の美保に目をやる。
彼女は含み笑いをしながら、台所で後片付けをしている母親の背中を見た。
「お母さんが来いって電話してきたの」
その一言でピンとくる。
妹は娘の茉莉を抱っこしながら、何の遠慮もない態度を向ける。
「お姉ちゃんへのプレッシャーでしょ」
そこまで分かっていながらムカつく奴だ。
だったら来ないでよ、と怜は母親に聞こえない声で言う。
「私だって安い給料でやりくりしてんのよ。親の方から来いって言うなら甘えさせてもらうに決まってるじゃない」
所帯染みた話を彼女は口にした。
妹は短大生の時に妊娠した。いわゆる出来ちゃった結婚だ。
相手は2つ下でバイトより仕事を任せられているくらいの塗装屋のガキだった。
もちろん父親の怒りは想像以上で勘当ものだったが母親は冷静だった。
『何、じゃ産ませないの? いいじゃないの結婚するって言ってくれてるんだから。なんにもしないまま家に居られるよりはマシよ!子どもだって産めばなんとかなるわ』
その母親の一言で事件は終了した。
あんなに怒っていた父は孫が産まれると、手のひらを返したかのように変わった。
「それよりまだ結婚しないの? 直樹さんから何も言われてないの」
直樹は付き合い始めて3ヶ月もしないうちに挨拶をしたいからと、怜の家に自ら来た。
正幸の時は何度説得しても中々承諾せず、両親と顔を合わせた時はすでに付き合い始めて1年以上経った頃だった。
まだ高校生だった妹は「やることはやってて、今さら何しに来たって感じだよね」と両親の前で発言し、父親にゲンコツで殴られていた。
怜と正幸は返す言葉もなく、黙り込んで真っ赤になっていたことを思い出す。
その日を境に正幸はうちに顔を出すようになったが、働き始めると自然に寄り付かなくなった。
そんな頃、母がよく尋ねてきたものだ。
『武田くんとはまだ付き合っているの?』
休みに出て行くことが減った怜に、母親は心配そうな表情を向ける。
その問いに月日が経っていく度、声が小さくなっていくのを怜は自分で感じていた。
きっと母もそういう微妙な状態になっていることに気づいていたと思う。
だから正幸と別れて半年後。直樹と付き合い始めたことを話した時、それは喜んでいた。親なりに彼なら大丈夫だと思ったのだろう。
直樹は見た目の印象で、親の立場ならNOとは言わせない誠実さがある。
きちんと育てられたという空気が彼の周りを支配しているのだ。
だからといって堅苦しいわけでもない。
話をしていても退屈にならない程度に笑えるセンスもあるし、真剣な話には的確な返答や自分なりの意見もある。
正幸とは中々打ち解けなかった父も、直樹とは初対面から意気投合だった。
つまり怜と直樹の間には全くと言っていいほど障害はない。
きっとプロポーズされた、と言えば、家中でパーティーでも開き出すような勢いだ。
だから怜はまだ誰にも報告はしていない。
もらった指輪は箱に入れたまま、誰にも見つからない場所に隠してある。
そんな後ろめたさを感じながら、怜は立ち上がりお風呂に向かった。
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