第二章-3
昔あるところに一つの学校がありました。その学校は人口増加に合わせ無計画に増改築を重ねたため、気がついた時には立体迷路のように入り組んだ作りとなっていました。
それから幾年が過ぎ人口増加も落ち着き、大量に作られた教室のその多くは必要性が薄らぎ、倉庫としてすら扱われない、無価値の部屋が幾つも生まれるようになりました。
生徒たちが日々を過ごす教室は増築された新たな校舎となり、古くからあった校舎は次第に誰も寄り付かなくなってきました。
ですが、教師たちからも見捨てられた校舎は非行を行う生徒たちにとっては絶好の穴場となり、密かな賑わいすらみせていました。
暗く人の気配がない場所を求めて男女が交わる。
喫煙や飲酒をするための社交場として。
そんな高校生の欲求を満たすのには打ってつけな場所に、また足を踏み入れる人が現れました。
男女二組、またも欲求を満たすために現れたと思われましたが、彼らには別の目的がありました。
この学校に広まっている噂話がありました。その噂話とは〝開かずの部屋〟と呼ばれているものです。
古びた校舎が多く、切り貼りしたかのように校舎が溶接されたこの建物を見て、学校という隔離された一つの社会ので、このような噂話が流れないことの方が不可思議であり、当然のようにこの学校にも流れていました。
噂として語られている〝開かずの部屋〟は――
かく語るに、幾重にも板が打ち付けられ更にお札が張られ封印されている。
かく語るに、一度部屋に入ってしまったならば二度と外の空気は吸えない。
かく語るに、その部屋には神様が居り、怒らせてしまうと殺されてしまう。
確証もない様々な噂だけが飛び交っていました。
それらの真意を確かめようと、彼ら四人は日の暮れ切った夜の校舎に足を踏み入れていました。
なぜこんな暗い時間に来ることになったのかというと、一人で探索するには心もとない、かといって昼間に探索すれば教師に見つかるかもしれない。
ですからこの日が暮れ切った時間に集まることになりました。
月明かりすら差し込まない校舎内は、一寸先は闇という言葉を体現したかのように暗く、握りしめている懐中電灯の明かりが失われてしまったらまともに歩くことも困難な状態でした。
複雑に入り組んだ校舎内を幾らか歩いた頃、このままでは効率が悪いので二手に別れて探そうということになりました。そして男女二人ずつのペアに別れ探索を再開するのでした。
身がすくむような暗さ、その恐怖心から女子生徒は一歩先を歩く男子生徒のシャツの袖を掴みながら後をついていきます。
右に曲がっては左に曲がる。
階段を昇ってはまた降りる。
同じような景色の中で、幾度と同じ動作を繰り返している内に、自分達が今どこら辺にいるのかわからなくなってきました。
辟易するほど見てきた風景に、精神的にも疲れてきた二人は近くの部屋で休もうと話し合い、目の前にあった部屋に入ると決めました。
男子生徒が扉に手を掛けますが、立て付けが悪くなっているのか扉は中々開かず、目一杯力を込めてようやく横開きの扉が開きました。
長い間使われていなかった事実を証明するかのように、部屋の空気は重く淀んでおり、吸い込む空気は埃と黴の臭いが交じっていました。
広い室内を懐中電灯で照らしてみますが、漂う埃が光を受けて微かに輝くばかりで、倉庫としてすら使われていない、空の部屋でした。
腰をすえられる物もないとわかった二人はこの部屋空出ようと扉へと戻ったその時、
――ドンッ
目の前にある扉が大きな音を立てて突然閉まったのです。
誰も触れていないのに突然閉じてしまった扉、そしてえも言えぬ不安が二人の胸の中に込み上げて来ました。
必死に扉を開けようと男子生徒が目一杯の力を込めますが、いくら力を込めてもびくともしません。
更なる不足の事態に二人はより一層焦り出しました。
不安と焦燥で満ちる部屋の中、そこに微かな異音が立っていることに二人が気づきました。
――カサカサ、
なにかが地面を這いずる音です。
音の正体を確かめようと男子生徒が懐中電灯で辺りを照らし出しますが、それらしきものは見当たりません。
――カサカサ、
素早く動くその音は二人の回りに鳴り響きます。
光を室内に振り回し、足元を照らした時に、素早く動く何かが僅かに見えました。
その動くモノは男子生徒を通り越し、男子生徒の影に隠れていた女子生徒の足元へと至り、彼女の上履きを這い上がり、足を這い昇りだしたのです。
瞬間に女子生徒は口腔を壊すほどの悲鳴をあげるのでした。
二手に別れて探索を開始してからしばらくたった頃、突然廊下の奥から鳴り響いた悲鳴に二人は驚嘆していました。
そして、その声の主が先ほど別れた女子生徒のものだと気がつくなり、発声源へと急いで駆け出しました。
声が聞こえた部屋に着くなり、男子生徒が急いで扉を開けました。
すると、扉はなんの抵抗もなくするりと開き、間髪入れずに男子生徒は部屋の中へと入りました。
部屋の中へと消えていった男子生徒の後に続こうとした女子生徒は、なにかを踏みつけた違和感を感じ、脚を止めました。
足元に落ちていたその違和感の正体を手にしてみましたが、薄暗い校舎ないではなにか判別できず、懐中電灯でそれを照らした瞬間、背筋に怖気(おぞけ)を感じました。
手にしたそれは、長い年月により汚れたお札のように見えたからです。
そんな奇妙な物を手にした女子生徒は、短い悲鳴と共に手にしていたソレを放り投げ、部屋に入っていった男子生徒に早く帰ろうと急かします。
ですが、反応がないことに不信感を抱き、懐中電灯の明かりを部屋に当ててみました。
光に照らされた先にいたのは室内で尻餅をつき、なにかを見上げている男子生徒の姿でした。
何を見ているのか改めようと明かりを持ち上げた時、驚愕の事態に女子生徒は一瞬呼吸を忘れてしまいました。
光を照らした先にあった光景とは――
――先ほど別れた女子生徒が猟奇的に微笑みながら、同行していた男子生徒の首を締めあげていたのです。
そのあまりにも鮮烈な出来事に理解が追い付かず、思考がようやく及んだ時、女子生徒は悲鳴と共に逃げ出していました。
そして、女子生徒に遅れを取りながらも尻餅をついていた男子生徒が逃げ出そうとしますが、目の前で扉が音を立ててしまりました。
男子生徒は渾身の力で開けようと試みますが、扉はびくともしません。
遂には蹴り飛ばし扉を壊そうと試しましたが、扉はびくともしません。
狭い部屋の中、目の前の狂気のモノから逃れようとしますが、絶頂に至り恍惚しているような眼差しを向けられた瞬間、身体の自由が利かなくなりました。
狂気を体現するソレは手のひらで握りしめている男子生徒を、遊び飽きた人形のように放り捨て、目の前に現れた新しい玩具に狂気と恍惚の表情を向けていました。
来るな、と必死に懇願しますが、じわりじわりと距離がつまり、女子生徒の手のひらが男子生徒の首筋に這い寄り、やがて触れました。
そして、一瞬の悲鳴の後、室内には静寂が取り戻されるのでした。
逃げ出した女子生徒はどうにか自分達が日々を過ごす校舎にまで戻りました。そして、怒られる懸念をすることもなく、宿直のため泊まっていた男の先生を起こし、あの場所へと向かうように促しました。
女子生徒の冗談に見えない気迫から先生も焦り、あの部屋へと一緒に向かいます。
そして先ほどの部屋の前にたどり来ました。
案内した女子生徒が扉を開けるとそこには――
――誰もいない、がらんどうの室内がありました。
その光景を見た先生は呆れて帰ってしまい、女子生徒は自分が目にしたモノを必死に訴えかけましたが相手にしてもらえませんでした。
あの出来事が噂話となるまでに風化したある日、二人の男女が暗く静かな場所を求め、立体迷路のように入り組んだ校舎へと足を踏み入れました。幾らか散策したのち、男子生徒があそこの部屋にしよう、と開けた扉の向こうには、三人分の白骨化した遺体があったそうです。
そして、なにかが這いずる音が聞こえたそうです。
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