Ⅺ.危機

「……う」


 使えそうな出口を探して歩いていると、背中の女の子がそんな声を漏らしモゾモゾと動き出すのを感じた。


「気がついた……みたいだね」


 隣を歩いていた真琴も女の子の様子に気がついたみたいで、ボクの背中の方へ視線を向けている。


「……あ、れ。ここは?」


 女の子は呟くように戸惑いの言葉を漏らす。ゆっくりと辺りを見回しているのか、身体を動かしているのを感じた。


「気がついた?」

「……お姉さん、誰、ですか?」

「ボクは早水ミナ。で、こっちは木崎真琴。君がスペース・アンノウンの前で気絶しちゃって」

「あ、えーと。橘夏凛です。……助けてくれたんですか?」

「まあ……うん」


 一瞬でも見捨てようとしたのもあって、即答できなかった。助けたというのも成り行きみたいなものだし、即答できるほどのことをボクはできていなかった。英雄が聞いて呆れる。結局、ボクは英雄の器じゃなかってことか。

 ……なんだか悔しかった。情けなかった。


「あ、あのスペース・アンノウンは?」

「……今はここにいないよ。なんとか逃げ切れたから」


 夏凛ちゃんをその場にゆっくり降ろす。夏凛ちゃんもまたゆっくりとボクの背中から離れていった。

 彼女を振り返る。灰色のノースリーブパーカーを着た女の子は、重ね着をしているらしく、黒いTシャツの袖がパーカーからはみ出していた。下はこれまた黒いホットパンツを穿いている。

 彼女はパーカーのフードを深く被っていた。恥ずかしがっているのかなとも思ったけれど、その慌てたような仕草は何か違うような気がした。そうたとえば、光を怖がっているかのような……。気のせいかもしれないけれど。


「本当に、もういないんですか?」

「今のところはね」

「……そう、ですか」


 その言い方になんだか違和感を抱いたけれど、詮索するのはやめておいた。人にはいろんな事情があるものだ。ボクだって真琴に言えない事情を持っているし……。


「でもいつまた現れるのかわからないから、安心ばかりもしていられないけど」


 たぶん、この街にいるスペース・アンノウンは二体というわけじゃない。スパイダー、フライを合わせても最低でも五、六体。最悪の場合十体以上。どちらにしてもボクたちと出会う確率は低くない。相変わらず警戒しながら進む必要があった。いつスパイダーやフライが襲ってくるわからないのだ。

 まあそれを言うなら侵攻部隊だっていつやってくるのかわからないけれど。それまでには防衛機構が来るだろうけど、でもやっぱりここにいるのは得策じゃない。


「だから今はここから逃げるべきなんだけど――」


 その時、叫び声が聞こえた。同時に羽音も。それはどうも目前の曲がり角の向こうから聞こえてくるようだった。

 立体駐車場での出来事が脳裏に過ぎる。人々の叫び声。飛び散る血液。死体。そして羽音。

 嫌な予感しかしなかった。


「とにかく逃げよう! 夏凛ちゃん走れる?」

「は、はい」


 歩いてきた道を今度は走って戻る。後ろから同じように走る足音が近づいてくる。そして羽音も。

 走りながら顔だけで振り向くと、やはりというべきか羽音の正体はフライのものだった。そのフライの前、ボクらの後を追ってくる形で走る男の人がいた。必死の形相だった。フライに追われているのだから当然だ。

 だけど脅威は背後のフライだけじゃなかった。


「あ、あれ!」


 真琴が指差す先、目の先にスパイダーがいた。

 このままだと挟み撃ちになってしまう。それだけはどうにか防がなくちゃいけない。

 逃げ道がないか周りを見回してみるけれど、どこにもなかった。いや、正確には一つだけあるにはあった。デフォルトの男女のイラストが描かれた小さな看板。その真下にある脇道。トイレへと繋がる通路が一つだけ。だけどその通路の奥に進むということは、閉じ込められることを意味する。だってその先は行き止まりなのだから。

 トイレの入口は狭い。だからトイレの奥に逃げ込めば時間は稼げる。だけどそこから逃げるとなると難しくなってしまう。フライやスパイダーが諦めてくれればなんとかできるかもしれない。でもやつらが諦めてくれる保証はどこにもなかった。

 スパイダーの銃口がこっちを向くのがわかる。時間はない。

 もう迷っている暇はなかった。行くしかない!


「こっちに!」


 みんなを誘導する。

 とにかく今は生き残ることが大切だ。あとのことはあとで考えるしかなかった。

 そしてボクたちは通路の先へと進んだ。スペース・アンノウン二体を引き連れて。

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