Ⅹ.爪痕
元いた階まで戻ってきたボクらは慎重に歩を進めていた。
さっき抱えていた女の子を今は背負っている。それまで背負っていたミニリュックは身体の前からかけている。逃げるには邪魔かもしれないけれど、何かに役立つかもしれないと捨てられずにいる。
戻ってきたのはいいもののスパイダーの存在が気がかりだった。きっと同じ場所には留まっていないはず。ならさっきより二つ上のこの階に移動している可能性もある。または別のエリアに行ったか。
周りには人の気配はない。ならスパイダーも人の姿を探して別のエリアに行く可能性は十分にある。ここは大型ショッピングモールだ。日本一なんて話も聞く。スパイダーが別のエリアに行き、なおかつ一体であるなら、しばらくは出会わないで済むかもしれない。もっとも侵攻部隊がここに向かってきているため、ショッピングモールに長居することはできないのだけれど。
不意に、ぴちゃりという音がした。ボクの足元からだ。見下げてみると赤い液体が足元に広がっていた。
これは……血だ。
「……あ」
ボクが血液だと気が付いた瞬間、真琴のそんな一言が聞こえた。
真琴を振り返ると、彼女はどこかの一点を見つめているようだった。
「どうしたの?」
「あ、ああ……あれ」
震えた声を出しながら真琴をその場に崩れ落ちた。
「大丈夫!?」
駆け寄って真琴の身体を支える。そうしてから彼女が見つめている先に視線を向けた。
……死体が、あった。
不自然な体勢で壁にもたれかかり、驚愕に目を見開いたような顔をした男の人の死体。その腹部から血が流れていた。その血はボクがさっき踏んでしまった血溜まりに続いている。おそらくスパイダーに撃ちぬかれ壁に吹き飛んだのだろう。
「目を閉じて」
ボクは真琴に声をかける。彼女は言う通りに瞼を閉じる。
「深呼吸して。……そう」
真琴の深い呼吸音が何度か繰り返される。
「少し落ち着いた?」
「う、うん。ごめん、動揺してる場合じゃないよね。……さっき死んじゃった人、何人も見てるのになんで今更」
「さっきはずっと見ていたわけじゃないし、今は少しだけ落ち着けてるから。仕方ないよ」
「ミナは、平気なんだね」
「……平気ってわけでもないよ。ただ、少しだけ慣れてるだけだよ」
「え」
ボクだって死体を見るのは平気というわけじゃない。一瞬固まってしまうし、軽い吐き気だってする。でも、それだけだ。
ボクは悪い意味で死体を見慣れていた。スペース・アンノウンとの戦いで何度も見たから。人が死ぬ瞬間も……。だから幸か不幸か動揺はしなかった。
「それより、他の出口を探そう。スパイダー……スペース・アンノウンがやってくるかもしれない」
「で、でも。外に出たっていうさっきの飛んでるやつとかいるかもしれないよ? 一体かどうかわかんないし。この建物のどこかに隠れてたほうが」
「それはやめといたほうがいいよ。まだ斥候型と偵察型しかいないけど、たぶんもう少しでもっとやばいのがいっぱい来る。そしたら建物なんて簡単に崩される。危ないよ」
「せ、せっこうがた? なにそれ。というか……ちょっと待って。なんでそんなに詳しいの?」
「……それは、今度、話すよ」
誤魔化すためにボクは立ち上がる。
「まずはさ、逃げよう」
何か言いたげな顔をしてボクを見上げていた真琴は、けれどそれ以上追求せずに小さく頷いてくれた。そして彼女もゆっくりと立ち上がった。
真琴に一旦女の子を預け、彼女たちを死体から遠ざけた後、ボクはその死体に近付いた。まず死体の瞼を閉じさせ、手を合わせて黙祷する。そして死体の周りに広がった血溜まりに転がった大口径の弾丸のような棘を拾う。たぶんスパイダーが撃ちミスした物だと思う。
棘にこびりついた血液をミニリュックに入っていたペットボトルのミネラルウォーターで洗い流し、ポケットから取り出したハンカチで水気を拭い取った。その後で金属片のような重みを持った棘をミニリュックにしまう。そしてすぐに真琴のところへ行った。
「お待たせ。その子、預かるよ」
真琴の背中から女の子をおろし、かわりに自分の背中に背負う。
「なんで、あんな物わざわざ回収したの? だってそれ……」
「あれはスパイダー……蜘蛛みたいなスペース・アンノウンが射出する弾丸みないな物なんだ。もしかしたらこれはあいつらの邪魔を出来るかもと思って……」
倒すことは絶対に無理だけれど、時間稼ぎくらいには使えるかもしれない。だから一応回収した。
「行こうか」
ボクたち三人はその場を後にした。
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