Ⅸ.逃走

 一先ずどこへ逃げるべきか。

 ここに斥候型がいるということはいずれ侵攻部隊がやってくる。何体の斥候型がいるのかわからないから侵攻部隊がどれほどの規模になるかもわからない。ただわかることは侵攻部隊の襲撃に巻き込まれれば逃げる機会を失う。それどころか死の可能性が格段に上がる。

 一番安全なのはこの街を離れることだけれど、たぶんそこまで間に合うことはない。ならなるべく海から離れることが最善だと思う。

 さっき目撃した斥候型【スパイダー】はショッピングモールの海側にいた。海から来た可能性が高い。となると敵の拠点、所謂【巣】は海に作られている可能性が高い。巣は一時的なもので、斥候型や偵察型を襲撃地点に送った後、巣ごと侵攻してくる。巣とはいわばスペース・アンノウンたちが集まった姿のこと。海に巣を作る場合、奴らは海底を選ぶ。そこから地上に向かってやってくる。

 つまり海から離れることができれば少しだけ巻き込まれるリスクが減る。もちろん海から来る保証はないし、あくまでも推測でしかないけれど。


「とにかくここから出よう」


 どちらにせよショッピングモールからは出たほうがいいだろう。

 ボクと真琴は一先ず出口を目指すことに。二人してエレベーターホール横の階段を登る。五階の駐車場へ向かうためだ。そこから車用のスロープを下って行き、そのまま外へ出る算段だ。

 そこから先のことは逃げながら考えることにした。

 四階を越え、五階へとたどり着く。スパイダーがいないのを確認しつつ、自動ドアを抜けて立体駐車場へと足を踏み入れる。

 車で逃げるなんて考える人間なんていないのか、立体駐車場内に人の気配はあまり感じられなかった。数人がボクと同じように考えたのか、スロープへ向かって走っているのが見える程度。

 彼らの後を追うように駐車場内を走る。

 スロープが目に入ったその瞬間、絶叫が上がった。思わず立ち止まってしまう。そうして絶叫が聞こえた方、スロープを見つめると一人の女性が必死に走ってくるのが見えた。


「……な、なに、どうしたのあの人」


 隣で真琴が呟くように言うのが聞こえた。わからない、そう答えようとした時。

 突然、スロープの先から人間が飛んできた。まるで何かに投げ捨てられたように。人形のように力なく地面に転がったその身体からゆっくりと赤い液体が溢れ、コンクリートの床に絨毯が作られていく。

 血液だとわかった時、スロープの先から怪物が姿を現した。

 八本の足。丸い胴体。半透明の二対の羽。三つの赤い目玉。

 胴体の下部からは針が生えていて、そこから赤い血液が滴り落ちている。


「……フライ」


 対象を捕まえて針を差し込む。そういう攻撃手段を持つスペース・アンノウン。偵察型、あるいはハエに似た容姿からフライと呼ばれる飛行型スペース・アンノウンだ。

 斥候型スパイダーと同じく侵攻部隊より先に目的地に入り、地形などを後方の部隊に報せる。とされている。スパイダーとともに推測の域を出ないが、侵攻部隊には地形を初めから知っている節があるためそう言われている。


「戻って!」


 真琴の手を掴んで元来た方へ走る。後ろから叫び声が幾つもしたけれど構わず走り続ける。立ち止まって後ろを確認する余裕なんてなかった。

 羽音が近づいてくる。その音が段々と大きくなって幾度、背後から迫る恐怖が迫ってくるのがわかる。追いつかれるのも時間の問題だ。

 どうする? 考えろボク! 時間はない。とにかく逃げ切る方法を!

 そう思った時、柱の前に消火器があるのが見えた。

 あれだ!

 走りながら消火器を引っ掴むと、安全ピンを抜いてそれを投げ捨てた。


「先に行って!」


 真琴の手を離し、そう声をかける。


「え!?」

「いいから!」


 戸惑う真琴の背中を思いっきり押す。そうして振り返り、フライに向かって消火剤を噴射した。目眩ましににはなるはずだ。

 全部出し切った後、空の消火器をフライに投げつけた。すぐに振り向いてその場を離れる。

 真琴に追いつくと、彼女の手を掴んで、自動ドアを潜り抜けた。そのまま階段へ走る。その瞬間、背後で強い衝撃音がした。何度も何度も。

 階段を下りつつ顔だけで振り向く。フライはその身体の大きさからギリギリ入れないようだった。けれどそれも時間の問題だろう。そのうち天井を壊して無理矢理に入ってくる可能性がある。とにかく離れたほうがいいはずだ。

 顔を正面に向けようとした時、フライの目の前、自動ドアを潜ってすぐの所に女の子の姿を見た。小学校高学年か、あるいは中学生くらいか。女の子は力なくへたり込んでいた。

 その時、二つの選択肢がボクの中に浮かんだ。女の子を助けるか、見捨てて自分たちの安全を優先するか。

 女の子は動くことも声も出すこともできないようで、その視線はフライに釘付けになっている様子だった。

 どうするべきか。迷っていたボクは、その場に倒れこむ女の子の姿を見た。瞬間、身体が勝手に動いていた。


「先に行って!」


 真琴に声をかけると、階段を駆け上がり女の子の元へと急ぐ。気絶した女の子を抱え、入って来られないフライを横目に階段へと戻る。

 真琴に追いつき、そのまま二人して階段を駆け下りた。

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