Ⅷ.再会

 まず見えたのは先の尖った六本の足。

 次にその足が支える胴体。ダルマを横に倒したような物。二段目に当たる大きな部分を守るように、棘のような硬い体毛が鎧のようにびっしりと覆っている。

 一段目に当たる部分、それは顔だった。上、左右、そして真ん中に赤い大きな目玉。その下には口のようなものがある。

 顔の左右、人間で言う耳の部分から前に伸びる器官。まるで対物ライフルの銃身のようなそれは、先端に穴が開いていて、まさに銃口のように見えた。

 全体的なシルエットは足が二本足りない蜘蛛に似ている。

 奇妙な足音を響かせながら歩くそれをボクたちは斥候型、あるいはその姿形から「スパイダー」と呼んでいた。かつて地球を襲った宇宙からの侵略者、スペース・アンノウンの一種だった。

 そいつはその足で人を踏みつけ、銃身に似た部位から弾丸を射出するかの如く大型の棘のようなものを飛ばし、人々を貫く。貫かれた人々は鮮血を撒き散らしながら、衝撃によって身体を吹き飛ばされる。ショットガンで撃ちぬかれたかのような様だった。


「……な、なんであれが」


 思わずその場にしゃがみこんでしまう。

 これは夢だ、悪い夢に違いない。だってあれは……スペース・アンノウンは全部倒したはずだ。女王蜂が倒れるところだってちゃんと見た。見たんだ。


「ミナ!」


 ありえない。こんなことがあってはならないんだ。

 だって、これを現実だって認めてしまったら、また……。


「……死んじゃう」


 大勢の人間がまた死んでしまう。

 また、あの戦いの日々が始まってしまう。それはダメだ! だからこれは夢でないといけないんだ!


「ミナ!!」


 突然、頬に痛みが走った。

 気が付くと目の前に真琴がいて、必死な表情でボクを見つめている。


「ま、こと」

「ぼうっとしてる暇なんてないよ! 逃げなきゃ!」

「で、でも」

「とにかく今は逃げることを考えて! 絶望なんてあとでいくらでもできるでしょ! 死んだらそれすらできないんだよ!」


 真琴は言っていた。またスペース・アンノウンがやってくるんじゃないかと不安になる時があると。それくらいにスペース・アンノウンを怖いと感じていたのだろう。それなのに。目の前に恐怖の対象がいるというのに、その怖さを無視してボクを放っておくことなく、ボクを助けようと傍に来てくれた。なんて強いのだろう。

 ボクが、メタリック・チルドレンだったボクが彼女を守るどころか叱責されるとは。笑ってしまう。

 そうだ。ボクが立ち止まってどうする。英雄が聞いて呆れる。


「……そうだね。あいつは壁なんて普通に登ってくる。見つかればどこに逃げたって意味はない。とにかく見つからないように出口を目指そう」


 ボクは立ち上がり、真琴の手を握って走り出す。

 何人もの人とすれ違ったけれど、誰も彼もが逃げることに必死で、周りのことなど気にしていなかった。一階は危険、と一応すれ違う度に口にするが、やはり誰も聞いてはいないようだった。仕方ないことだけれど、守る力のないボクにこれ以上できることはない。せめて真琴だけでも助けよう。強く心に誓う。

 スパイダーはその目で見た情報だけをなんらかの方法を使って味方に送っているらしいことはわかっている。音にはあまり反応しないことから聴覚は良くないとされる。つまり睨まれない限りは逃げ切れる可能性はある。

 本当は一階の人々を助けたい。けれどAAIがないボクではあいつをどうにかすることはできない。とにかく逃げながら助けを呼ぶしかない。

 ボクは走りながらポケットから携帯を取り出し、電話帳を開く。そしてとある名前を探す。


「なにやってるの⁉︎」

「助けを呼ぶんだ」

「……え」

「メタリック・チルドレンを呼ぶんだよ」


 二年前、戦争が終わった時。地球防衛機構はボクたちメタリック・チルドレンに二つの選択肢を提示した。元の生活へ戻るか、地球防衛機構の一員として残るか。ボクは元の生活へ戻ることを選択したけれど、確か拓海とアリスは残ることを選択したはずだ。彼らに連絡すればあるいは……。

 電話帳で拓海の名前を見つける。悩む暇はない。すぐに通話ボタンを押した。

 しばらくコールが鳴るが、一向に出る様子はない。仕方なくアリスの名前を探して電話をかける。しかしこっちも同じだった。

 その時になってようやく気が付く。二人には電話に出る余裕が無いんだということに。いや二人だけじゃない。地球防衛機構全体が、だ。

 地球防衛機構は衛星監視網を持っている。当然ながら、それはスペース・アンノウンを警戒するためのもの。スペース・アンノウンの反応があればわかるようになっている。今頃、地球防衛機構はスペース・アンノウンの対応に追われていることだろう。そして機構に残ったメタリック・チルドレンたちは出撃準備を終えている、いやすでに出撃をしている可能性もある。ならもうすぐ討伐部隊がやってくる。そうすれば……。


「防衛機構は怠けてはいなかったみたいだね」

「え」


 スペース・アンノウンがいなくなったと言う理由で、地球防衛機構の解体を望む人間は多くいた。けれどスペース・アンノウンが再びやって来た今、地球防衛機構存続の判断は正しかったみたいだ。

 メタリック・チルドレンが来るまで耐えられれば生き残れる可能性はある。

 大丈夫、きっとなんとかなる。

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