Ⅶ.絶望

「……それよりさ」


 話題を変えるように、真琴がそう口にした。


「なに?」

「もうすぐ冬ってことはさ、スキーに行く季節になるってことだよねー」

「そう、だね」


 質問の意図が読めず、曖昧な返事をしてしまった。そんなボクのことは気にせず、真琴は続ける。


「去年は結局スキー行けなかったよねー」

「あー、確か約束してたね」


 そういえば一年前にそんな約束をして、けれどいろいろあってスキーに行けなかったことを思い出す。真琴は楽しみにしていたらしく、残念そうな顔をしていた。


「今年はさ、行こうね? スキー」

「そうだね、行こう」

「じゃあまた今度、次はスキーウェアを買いにこよ!」

「うん」


 ボクは少しだけ笑ってみせた。

 ……スキー、か。何年くらい行っていないだろうか。確か小さい頃に行ったきりだ。

 そう考えると、なんだかボクも楽しみになってきた。



 ☆



「そろそろ帰ろうか」

「そうだね」


 真琴の言葉にボクは頷く。

 ベンチに置いた紙袋を手に取る。真琴もまた同じように。


「じゃあ、行こっか」


 ボクたちは吹き抜け周りの通路をエレベーターホールへ向けて歩き出す。

 夕方近いこの時間でも当然まだまだ買い物を続ける人は多く、むしろ昼間よりもだんだんと増えているように感じられる。

 不意に駆ける足音がする。その方向を見ると、缶ジュースを持った小さな男の子が走っていた。どうやらベンチに向かっているらしい。お母さんに座って飲むようにとでも言われたのだろう。早く飲みたそうな顔をしていた。

 なんとなくその男の子を目で追っていると、ボクたちとすれ違う寸前に転んでしまった。思わず、その子に駆け寄ってしまう。


「大丈夫?」


 起き上がらせてあげると、今にも泣きそうな顔をしていた。


「痛かったね。でも泣いちゃダメだぞ。男の子はね、泣かない方がかっこいいんだよ」


 流れ落ちそうな涙をハンカチで拭ってあげながらそう声をかける。

 未だに泣きそうな顔をしていた男の子は、けれど小さく頷いてくれる。


「ありがと、おねーちゃん」

「うん。これからは気をつけるんだよ」

「うん」


 もう一度頷く男の子の頭を撫でてあげる。そうしていると、一人の女性が駆け寄ってきた。


「すみません。うちの子がご迷惑を?」

「いえ、転んでしまったので大丈夫だったかなって思って」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます。……だから走っちゃダメって言ったでしょ?」


 その女性はボクに頭を下げたあとで、男の子に注意をする。どうやら男の子のお母さんだったようだ。

 男の子とそのお母さんはまたお礼を言って立ち去っていった。


「可愛い男の子だったね」


 真琴がそう声をかけてきた。


「そうだね」

「ミナってさ、もしかして子ども好きだったりする?」

「うん、まあね」

「……いいお母さんになれるかもね」

「どうかな」


 またエレベーターに向かって歩きだそうとする。その時だった。

 ガラスの割れる音がショッピングモール内に響き渡った。一枚二枚が割れるような音じゃない。何百枚ものガラス板が同時に割れたような……。


「な、なんだ……?」


 思わず屈みこんでいたボクはゆっくりと頭をあげる。すぐ隣に真琴がいた。彼女もまた同じように屈んでいる。

 今の音は一体……?

 とにかく周りを見てみようと立ち上がりかけた時、誰かの悲鳴が聞こえた。吹き抜けのショッピングモール内に響く叫び声は一つではなかった。けれど少ないものだった。けれどすぐに伝染するように悲鳴が広がっていく。そして駆け出す足音が大量に続いた。悲鳴も足音も一階から聞こえてくる。

 そこには明らかに人のものとは違うとわかる音も混じっている。それはどこか聞き覚えのある音で、けれどしばらく聞いていなかった音。足音だと瞬間的に察するも、何の足音か頭が記憶を辿るのを邪魔しているようで、思い出せない。いや思い出したくない。

 恐る恐る吹き抜けに近づく。何か、嫌な予感がした。今までの平和な日々が崩れ去るような、そんな予感。

 ゆっくりと一階を見下げる。

 まず見えたのは床一面に飛び散ったガラス片。次にそれを踏みつけながら逃げ惑う人々の姿。我先にと逃げる様からは恐怖しか感じ取れない。

 一体、何から逃げているんだ?

 そのまま、人々が逃げてきた先を見る。そこで……。






 絶望を見た。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る