Ⅵ.不安

 食事を終えたボクと真琴はとある洋服屋にいた。


「ミナはさ、冬は寒さよりオシャレの方を選ぶタイプ?」


 冬物の服を物色しながら真琴が聞いてくる。


「うーん、どうかな。可愛い服とかは好きだけど、寒さを我慢してオシャレしようとは思わない、かな」


 というか、普段から動きやすさとか機能性の方を重視してしまう。ただ。


「……まあ、状況にもよるだろうけど」

「状況って、デートとか?」

「ま、まあ」


 そりゃあ好きな人の前なら頑張ってオシャレする。まあボクの場合オシャレに詳しいわけではないから、とにかく自分が可愛いと思った服を選ぶだろうけど。


「そう言えばさ、ミナって今彼氏とかいないんだっけ?」

「う、うん」

「前はいたの?」

「いや、いたことないんだよねー……あはは」


 好きになった人は一人だけいるけれど。


「ホント? 可愛いのに?」

「可愛いって、お世辞はいいよ」

「お世辞じゃないんだけどな……。じゃあ好きになった人は?」

「そ、それは」

「いたんだ」

「いたというか……」

「今いるってこと!?」


 突然、真琴が食い気味にボクに迫ってきた。

 な、なに。なんでそんなに食い気味なの、この子。


「誰? 私の知ってる人!?」

「い、いや知らない人……。というか、今も好きかわからないから」

「ん? どういうこと?」

「……、」


 何と言うべきか。

 確かに昔、桐谷拓海という男を好きになったことはある。というか離れてから半年くらいはまだ好きだという自覚はあった。けれど、いつしかわからなくなっていた。

 きっかけはそう。あれ? ボクって今でも拓海のこと好きなんだろうか……、というふとした疑問を感じた時だ。自分でも不思議なくらいにわからなくなっていた。

 もう一度拓海の顔を見ればわかるのだろうが、たぶんもう会うことはない。それにこのまま拓海に対しての恋心が消えてしまったほうがいいのだ。そうすれば会いたいという気持ちも、会うのが怖いと思うこともなくなる。そして何より、かつての仲間であるアリス・グランべへの嫉妬染みた感情もなくなるだろう。

 その方が絶対にいい。


「しばらく会ってないから、よくわからなくなってて……説明しにくいんだけど」

「なるほどね」

「真琴も付き合ってる人いないんだよね?」

「今はね。高校生の時はいたけどねー」

「そうなんだ。どんな人だったの?」

「うーん、大人っぽい人だった。しっかりしてたし、真面目な人だったかな」

「大人っぽい人が好きなの?」

「まあ、そんな感じ。……でも、その人は真面目すぎて、合わない部分がけっこうあって。付き合ってみてから気がついたというか? 真面目すぎるのもダメなんだなって、勉強になったかな。……まあ、不真面目すぎなのも嫌だけど」

「そっか。……付き合ったことないからわからないけど」


 それからボクらは他愛のない話をしつつ、いろんな洋服を見て回った。



 ☆



 洋服をはじめ、色んな物を見て回っているうちにけっこう時間が経ってしまっていた。

 今ボクと真琴はベンチに座って一休みしている。背後には上部に手すりのついたガラスの壁があって、その先は吹き抜けの空間になっている。目の前の少し離れた所も同じようになっている。吹き抜けの天井には一面にガラス窓が張られていて、空の様子を覗き見ることができた。そうやって天窓から外を見ると、夕暮れが近づいている感じの空模様が見える。そろそろ夕方になるようだ。


「日が落ちるの早くなったよねー」


 不意に、真琴が呟くように言った。


「そうだね」


 視線を下に戻しながら答える。

 そのまま真琴へ視線を向けようとして、けれどちょうど前を通った掃除ロボットに目が向いてしまった。何の事はない、自然とそうなってしまっただけだった。

 掃除ロボットは人間にぶつかりそうになると、センサーで感知でもしているのか、機械的な音声で『前を通ります』などと言う。そんな機能いるのかと思いつつ、今度こそ真琴へ視線を向けた。


「冬も近いしね。……でも、もう冬かって感じかな」


 スペース・アンノウンと戦っていた二年前。二年も前の話なのに、つい昨日の事のように思える。

 あれからあっという間に一年が過ぎ、気がつけば二年が経っていた。季節が過ぎるのは意外に早い。そうこうしているうちに大学三年生になって、就活の日々に追われることになりそうな予感さえしてきた。


「一年経つのが早い」

「そうだねー。高校生の頃はもっと長く感じてたんだけどね、なんでだろ」

「不思議だよね」


 真琴が言うように高校生の頃、スペース・アンノウンと戦っていたせいもあってか、一年が異様に長く感じられた。きっと真琴以上に。


「スペース・アンノウンとかいうのが襲ってきてたのが昨日の事のように思えちゃう。……だからなのかな。たまに、またあいつらが地球を攻撃してくるんじゃないかって、不安に思う時もあるんだよねー」

「それはないと思う」

「わかってる。メタリック・チルドレンさんたちがあいつらを倒してくれたんだし、ありえるわけないってわかってはいるんだ。でもさ、時々思っちゃうんだよ」


 その不安はわかるような気もするし、やっぱりわからない気もした。

 それはボクがこの手でスペース・アンノウンたちにとどめを刺したから、なのかもしれない。実感のあるボクと違い、真琴のように一般人だった人にはあまり実感はないのだろう。だからきっと不安に感じてしまうんだ。それは仕方のないことだ。


「……そっか。でも、きっと大丈夫だよ」

「うん、そうだよね」


 そう言って、真琴は小さく笑った。

 そうだ。スペース・アンノウンはもう現れない。だってボクたちが確かに最後の一匹を倒したのだから。

 不気味な奴らだった。生物のような形をしていながら、それでいて機械的な行動をみせるバケモノたち。宇宙からくる奴らを神の使い、あるいは悪魔の化身だなんて呼んだ宗教家もいた。人類に罰を与えに来たのだとか、天上へと導いてくれる天使だとか。あんな異形を見て天使だと思えるのかと思ったりして、鼻で笑ったこともある。今考えて見れば、スペース・アンノウンという恐怖に対して、そうとでも思っていなければやっていけなかったのかもしれない。そんな風に感じた。


 倒したスペース・アンノウンを解剖なんかしても、結局よくわからなくて、一応生物なのだろうと結論が出ていたはずだ。所謂、エイリアンというやつだと。宇宙からの未知なるもの、そういう意味でスペース・アンノウンと名付けられた。

 そんなスペース・アンノウンの親玉、女王蜂と呼ばれた個体。そいつは今まで倒した中で一番に大きく、そしてその破壊力は凄まじいものだった。地球防衛機構総出での討伐作戦。何人ものメタリック・チルドレンの命が散った。いくつもの断末魔を聞いた。それでもボクらは戦うしかなかった。あの時、人類を護ろうなどという感情はボクになかった。ただ生きるために必死になっていた。それほどまでに苛烈な戦いだった。

 そんな中、一人の少年だけは違った。ボクの好きだった桐谷拓海はその身をボロボロにしながら、できる限りに仲間を守り続けた。そして、そんな彼が女王蜂にとどめを刺した。正確に言えばアリス・グランペと共に。確かに倒したのだ。

 だから。


「……うん、大丈夫だよ」


 もうスペース・アンノウンどもが攻めてくることはない。……あんな戦いがもう一度起こるなんて、そんなことはあってはならない。ありえない。

 だから本当にもう大丈夫なのだ。

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