第11話 小話1 しんみり系

「華、この箱って何?」

レジ下に、小物が雑多に収められた箱がある。

「お客様の忘れ物だよ。貴重品はすぐ持ち主が見つかるけど、残っちゃう物もあるから。」

華がレジに硬貨を補充しながら教えてくれる。

「なんか古そうなのもあるけど。もう捨てちゃっていいんじゃないの?

高い物なさそうだし。」

「いつか取りに来るかもしれないでしょ。」

こういうのを見ると、どうしても好奇心が勝ってしまう。

箱の中身を一つずつ取り出してみる。

「え〜っと、ヘアゴム、ボールペン、観光地図、映画のパンフレット。

あ、この映画シリーズ大好きなんだ! これ二作前のパンフだろ?

ちょっと開いて見ていい⁇」

「いいけど、あんまりサボってると叱られるからね。」


「何騒いでるんです?」

華が言ったとたんに顔を出す安倍店長、地獄耳だ。

「今、忘れ物を見てたんだ。こんなのいつまでも取っとく意味あるのか?」

「どんな物でも、本人にしたら思い入れがあるかもしれないよ?」

「そうですね。当人にとってはプライスレスって事もあります。」

華に安倍店長が続いた。

そう言われれば、確かにそうか。

黙っての部屋を掃除された時、これは捨てないでくれとオフクロに進言したら、『ごみかと思った』と一蹴されてすごく腹が立った。

「何か挟んでありますよ?」

安倍店長に言われ手元を見る。

後ろページの間には、確かに膨らみがあった。

開くと、くるみボタンの可愛いヘアピンで映画の半券が留めてある。

「おや、半券の日付が一昨年の今日ですね。」

考える素振りの安倍店長は、思い当たる節があるらしい。

「華、本日ご予約の鈴木様、以前にもご来店頂いてますね。

記録帳で確認してください。」

華は箱の横に立てかけられた分厚いノートを開いて名前を探す。

「ありました! 一昨年の同日に3名でご予約頂いてます。」

「鈴木様がどんな方か、覚えてます?」

「確か仲の良いご家族だったと思います。」

「流石です。本日も日付指定でのご予約なので、記念日かもしれませんね。

もしかしたら持ち主かもしれません。

会計の時に確認してもらえます?」

一昨年前の客を即答できる華の記憶力は凄い。


ラストオーダーの時間が過ぎて、店に残ったのは例の親子だけになった。

事の顛末が気になるので、洗い場にひと段落をつけてホール側にまわる。

「長居してすみませんでした。」

レジで父親が丁寧に頭を下げた。俺と同い年くらいの娘を連れている。

「とんでもないです。」

華も丁寧に頭を下げて、本題に入った。

「あの、一昨年前にも、ご来店いただきましたね。

その時お忘れになったと思われる物を保管しておりました。

今までご連絡出来ず大変申し訳ありません。

ご確認いただけますか?」

持ち主は本当にこの親子なのか?

違うとか、要らないから捨てといて、と言われるかもしれない。

意外な事にパンフレットを手渡された親子は神妙な面持ちで、特に娘なんか目が潤んで赤くなっている。

父親はそんな娘の様子をじっと見て口を開いた。

「一昨年、娘が初任給で映画と食事をプレゼントしてくれました。

一緒だった妻も『また同じ日に来よう』と喜んでいたのですが、残念な事に交通事故で入院しそのままとなってしまいました。」

娘は半券を挟んでいたヘアピンを大事そうに握っている。

「このピン、母が私とお揃いで作ったものです。

手元に戻って本当によかった。お料理もすごく美味しかったです。

今日は母との思い出を沢山感じることが出来ました。」

親子は大事そうにパンフレットを持って、帰って行った。


そんな事情があったのか。

価値が無いと思った忘れ物は、プライスレスだった。

華や安倍店長の言う通り、他人が簡単に値踏みできるような物ばかりじゃ無い。

「天神さんが忘れ物を漁ってくれたおかげで、あの親子も救われましたね。」

いつの間にか俺の横には安倍店長が立っていた。

「あんたも初月給で、親孝行なさい。」

「うちのお袋は殺しても死なないくらい元気だから、出世払いでいいよ。」

「その時にやっておくものです、そういうのは。」

そっか。

安倍店長は父親を亡くしてるから、後悔があるのかもしれない。

俺はそんな辛い思いをまだしてない。

だから軽く冗談だって言えてしまう。

「さぁ、下げた分の食器が戻ってますよ。

30分で店の玄関閉めますからね。急いでください。」

けど俺には、感傷に浸ってる余裕は無い。

前向きに日々頑張る!

きっとそれが将来への近道になるんだ。

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