第10話 ツインテール

「わあぉー! これが噂の新人さんですねっ! かぁわいぃ!」

大げさに両手をバタつかせ、ロングツインテールの女が入り口の俺に突進してくる。ゴスロリ風ひらひらエプロンにニーハイソックス。

10代後半かと思ったけど、よく見るたらアラサーなのは間違いない。

開店前のホールに何故地下アイドルが居るんだ。

さては安倍店長の趣味か。


「初めましてですうぅ☆ 新鮮、安心なオーガニックお野菜をお届けしている『明土めいど農園』の萌たんでぇ〜すっ!」

店の関係者だったのか。

両手を差し出す仕草は握手会みたいだ。俺も手を伸ばす。

このツインテール、間違いなく握手慣れしている。

計算された絶妙な握り返し、マジ何者だ。

次に手は俺の顔に伸びて、ゼロ距離で頬を揉まれている。

女性からこんな事されるのは貴重だが、守備範囲外なので嬉しく無い。


「おはようございます后さん。萌の声が聞こえましたが、大丈夫ですか?

萌、后さんが困ってるぞ。手を離せ。」

二階から霧砂が下りてきた。

俺の頬に夢中だったツインテールはテヘッと舌を出してゴメンなさいをする。

かなりのブリっ子だ。アラサーでこれはちょいイタイ。

「もう発注分は厨房に運んでくれたんですね。いつも助かります。」

「こちらこそですぅ。霧砂には特別お世話になってますのでぇ♡萌えたん大サービスですぅ♡」

おおっと、安倍店長を差し置いて、まさかの?

「特別ってどういう関係なんだ?」

放置は良くないので一応聞いてみる。

「私は萌と同じ劇団なんです。萌が参加できない公演に私が召集されます。」

「それって代役って事? でも、萌さんと霧砂じゃ性別違うのに良いの?」

、じゃなくてって呼んでくださぁい♡ 代役は他にいますぅ。問題なのはぁ、客入りのほうでぇ↓」

「萌にはコアなファンが多いですからね。いつもはその方々でチケット即完です。」

「でも、萌たんお休みの回はチケットがどうしても余っちゃってぇ↓ 霧砂レベルのイケメンが出演してくれると、それだけでチケットがさばけちゃうんですよぉ♡」

なるほど。前に安倍店長が言ってたやつか。

「でもさ、萌さ…、たんは夜に劇団のみんなと練習してるんだろ? 霧砂はどうしてるの?」

「私はセリフの無い役ばかりですから。リハからの参加でも支障ありません。」

「例えば?」

「多いのは、そうですね、電柱とか、その他には松です。」

電柱⁇ さらには松⁈ かなり前衛的な演出だ。それで良いのか霧砂⁉︎

演技上手そうなのに勿体無い。

「人間の役だと、出番増やせってクレームが酷いんですぅ↓ それだと練習も大変だしぃ、脚本に支障が出ますぅ↓ 背景役なら出っ放しでオッケー! お客様もい〜っぱい霧砂を堪能できて、大大満足ですぅ☆」

電柱役でさえ客席を埋める霧砂のスペック、すごすぎる。

その後も萌は引き気味な俺に動じず、ハイテンションのまま去っていった。

しばらく一緒に居ただけなのに、この疲労感はなんなんだ。


「后くんおはよう。今日は開店準備僕一人で大丈夫だから、厨房に行って。

安倍店長待ってるから急ぎなよ。」

一緒に働いているのが、華で本当によかった。


「おはようございます。さっき萌たんと話してましたね。」

「うん。ちょっと疲れるっていうか、独特のテンションだな。」

「そうですか? 仲良くなるとオススメアイドル教えてくれますよ。」

マイナー系アイドルに詳しかった理由はコレだったのか。

あのテンションと仲良くなれる時点で、俺からするとすでにアレだが。

「あの娘はあんな感じですけど、仕事は優秀です。

明土農園は有機農法なので形は多少悪いですけど、味は抜群ですよ。

旬のおすすめ野菜もチョイスしてくれます。

例えばこのアスパラ。

天神さんには今から下処理をお願いします。」

安倍店長は箱から取り出し手本を見せた。

これくらいなら俺にも出来る。

安倍店長は隣でスナップえんどうの筋を取っている。

専門学校で調理実習は結構あったけど、実際の飲食店は量も種類も多くて大変だ。


「あんた、昨日の帰り主神言に会いました?」

視線を手元に落とし、黙々と作業しながら安倍店長が口を開いた。

俺が誰と会おうが勝手だが、即答はしづらい。

「隠しても無駄です。華から聞きましたから。」

見つかっていたのか。

店の前にあんな高級車が止まっていれば目立つのは当たり前だ。

俺は仕方なく曖昧な感じで肯定する。

「そうですか。で、もしかしてあっちの店で一緒に働こうとか、誘われました?」

安倍店長、鋭い。

思考を読まれているのか、それとも盗聴か。

俺の返事を待たず言葉は続いた。

「オーナーの方針は、客の笑顔が第一です。

私も霧砂も華も食べる人に喜んでもらえてこそ、この店の意義があると思ってます。

だから時間をかけて丁寧に仕込みをするんです。

そのために拘束時間はどうしても長くなる。

各々の給与やプライベートにはできる限り配慮しますが、もしかしたら充分でないかもしれません。」

安倍店長が手を止めて視線を俺に合わせる。

「その点で言うなら、葵の系列店は利益最優先です。

経営者としてそれは当然の事ですし、最低限の労働で報酬を得るに越した事はありません。」

俺は社会に出たばかりで深く考えてなかったけど、そういう考え方もアリだと思う。

「私は全ての人が高い職業意識を持って働くべきとは思いません。

ですが、うちで働くならそれなりに厳しく仕事を叩き込みます。

ですから、よく考えて貴方があちら側で働きたいならそれも構いません。

これからじっくりご自身の答えを出してください。」

そう言ってから視線を手元に戻し、また手を動かし始めた。

「まぁ、あちら側につくなら私とは敵同士ですけど。」

ボソッとした呟きに吃驚して、思わず手元のアスパラを落としそうになる。

敵って何だ。ライバルの間違いだろ。

「冗談ですよ。どうであれ、あんたは私の大切な恩人です。

店に使われるのでなく、貴方の将来の為に我々をお使いなさい。

もし貴方が望むなら、改善や助力は惜しみません。」

華がするように、俺のコック帽を優しくぽんぽんしてくれる。

俺はここで働くのにまだ精一杯で、これからどうなりたいとか、どんな風に働きたいとか真剣に向き合ってなかった。

今だって漠然とシェフになれたらいいなぁ位にしか思えない。

だがそれ以前に、俺には逼迫した問題がある。

この流れで一応安倍店長に知らせておくべきか。

「定休の月曜に、こといがウラノにおいでって。ディナーの予約があるんだ。」

「ほぉ、もう名前で呼び合う仲なわけですね。」

意味深な間があって安倍店長が続ける。

「あんたは主神家にとって、ある意味重客ですから分かりやすく嫌がらせされたり毒を盛られるなんて事はまずありませんよ。

直球勝負を仕掛けてくるほど素直じゃありませんし。

けど、一応気をつけてくださいね。」

葵はぶっちゃけ怖いけど、言は俺と話せて本当に嬉しいって感じだった。

アウェイかつ針のむしろなのは仕方ないとしても、変化球だって『毒を盛られる』なんて事あるはずない。

何を気をつけろと言うのか。

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