第5話 みんなでたこパ
定休日の朝、携帯が鳴った。
「おはようございます。
急に申し訳ないんですが、今夜空いてます?」
安倍店長だった。
今日は一日ゆっくりしようと空けてある。
「従業員でたこパする流れになりました。甘雨と元従業員も来ます。
来れそうですか?」
たこパ、つまりたこ焼きパーティーだ。
「19時から霧砂の家です。手ぶらで来て下さい。場所分からないと思うので、アパート近くまで迎えに行きます。」
そう言って電話は切られた。
時間になると、白のセダンがアパート前に止まった。
下りてきたのは、細身の黒パン白シャツにグレーのニットを羽織った安倍店長だった。
「帰りも送りますけど、霧砂の家に泊まってそのまま店に出るなら、制服とエプロン持ってきて下さい。その方が助かります。」
助手席のドアを開けてくれる。
車は微かにシトラス系の香りがして大人って感じだ。
と、思ったがBGMはアイドルソング。
誰推しか聞かれたけどそのマイナーグループ、少なくとも俺は知らない。
間も無く到着した霧砂の家はオシャレなマンションだった。
ここに一人暮らしはちょっと贅沢な気がする。
安倍店長に続いて部屋に入ると、テーブルには華と他に男が2人、たこ焼き器を挟んで座っていた。
「后、久しぶり!」
手前の男が爽やかに振り向いた。
「あっ、やっぱり甘雨って青龍の事だったんだ!
珍しい名前だし、もしかしたらって思ったよ!」
甘雨は小学校の幼馴染だった。凄い偶然だ。
久しぶりの再会にハイタッチを交わす。
「甘雨から知り合いだと聞いて、教えようと思ったんですが、驚く顔が見たいからと口止めされてました。甘雨は実家の旅館とダブルワークなので、シフトもバラバラですけど、そのうち店でも会うでしょう。」
「またヨロシクな、后。」
サッカー少年だった甘雨は、驚くほどイケメンに成長していた。
短髪が日に焼けた肌によく合っている。
「で、こちらは
破は穏やかな笑顔の美青年だ。
落ち着きがあって俺への挨拶にも品がある。
みんなは既に知り合いらしく、名前で呼び合っている。
キッチンから霧砂が材料と飲み物を運んできた。
「華と破はビールで、甘雨はコーラですね。」
「后さんは飲み物は何が良いですか?」
「ひとまず、ウーロン茶で。」
「わかりました。晴明は自分で取って来い。」
そう言われた安倍店長は、冷蔵庫から冷えた甘酒を出してきた。
最後に霧砂の白ワインがテーブルに乗る。
たこ焼き器は2台あって、向こう側では破が手際よく作り始めている。
こっち側は安倍店長が作るようだが、なぜかあんこを盛った皿もある。
たこ焼きは普通に美味かった。
具はタコの他にもあったけど、安倍店長だけ自分用にあんこを入れていた。
嫌がる俺にあんこたこ焼きを勧めて、霧砂に説教されている。
「そろそろ食べ終わりますし、親睦を深めるために軽くゲームでもします?
定番は執事ゲームですね。」
21時を過ぎたところで、安倍店長が切り出した。
霧砂がメモを取り出し配る。この2人喧嘩ばかりしているが、仕事は早い。
男同士で誰得だと思いつつも、指示を書いて袋に入れる。
じゃんけんで負けた人が執事になって、袋に入ったご主人様からの命令に従うゲームだ。
公平に安倍店長から左回りで1枚ずつ命令を引く事になった。
「『最後着歴のあったの人に、電話してどんなパンツを履いているか聞く』ですね。」
いきなりの高いハードル。軽く落ち込むレベルの命令に、安倍店長は臆する事なく携帯を取り出し、電話している。
いきなり隣の霧砂の携帯が鳴った。
無表情の霧砂が電話に出る。
「霧砂、今日どんなパンツ履いてます?」
「黒のボクサーだ。」
「ボクサー派ですか。そうですか。わかりました。」
安倍店長は業務連絡のごとく、電話を切った。
霧砂のパンツ、誰得だ。
「あーあ、つまんないっすね。華狙いの指示だったのに。」
「華にそんないかがわしい事はさせません。」
どうやら甘雨の書いた指示だったようだ。
甘雨を睨む破が怖い。
「次引きます。『2時間おネエで過ごす』…。」
「男ばかりでムサいからと気を使ったのに、よりによって霧砂ですか。」
霧砂の引いた命令を書いたのは、安倍店長のようだ。
霧砂は黙ってしまった。喋らない作戦だ。
俺の番だ。
変なの引きませんように、と願って袋に手を伸ばす。
「『ご主人様を一人指名して、熱いハグをしてもらう』」
みんなが一斉に俺の方を見ている。
「后、久しぶりに再会した喜びをハグで分かち合おうぜ。」
「まぁ、序列で言うなら店長の私が一番ご主人様ですよね。」
「この中でおネエさんは、私だけ。」
甘雨、安倍店長、おネエ霧砂の意味不明アピールがちょっと怖い。
「じゃあ、華で。」
どう考えてもこの一択。
「えっ、僕なの⁈ 別にいいけど…。」
華は恥ずかしそうに後ろから抱きしめ、頭を軽くポンポンしてくれた。
「癒される光景ですね。」
安倍店長の言葉に他も深く頷いている。さすが華。
「あー、次俺ね。『初恋の思い出を語る』か。」
甘雨の初恋が俺も知ってる相手なら、ちょっと興味ある。
「えっと、まず、俺の初恋は小学校の時で、弱いのに正義感は強くて、ほっとけないみたいな。すっげー可愛くて、満場一致で学芸会のお姫様役だったな。俺は王子役だったから周りからも公認のカップルだった。」
「あれ? 俺も男なのに無理やり甘雨のお姫様役やらされた事あったよな。けど、その子の事は知らなかった。」
さすが甘雨。小学校で既に公認の彼女が居たとは。
「では、引かせて頂きます。『隣の人と輪ゴムリレー』と書かれていますね。
華、よろしくお願いしますね。」
「破? うわっ、ちょっと恥ずかしいんだけど。」
「男同士ですから、別に恥ずかしくはないでしょう。」
「男同士でも普通はそんな事しないから!」
安倍店長とは真逆の初々しいリアクション。マジで癒される。
「ちょ、破顔近すぎっ!」
「近づかないと落ちてしまいます。」
華と破は完全に二人の世界になっている。
「僕で最後ですね。『ご主人様を一人選んで肩を揉む』です。」
自分で書いたのが残ってしまったと、申し訳なさそうな華には逐一癒される。
「安倍店長、失礼します。」
「すみませんね、喜んで。」
「結構凝ってますね。」
「最近霧砂が揉んでくれないので。」
華がしばらく肩を揉んだ後、安倍店長が礼を言ってゲームは終了した。
「天神さんはこれで大体みんなの性格掴めました?
時間ありますから、もう1ゲームいきますか?
なら次はABCゲームですね。」
またも男同士で誰得だと思ったが、みんなは以外と乗り気だ。
俺は破、甘雨と同じチームだ。
ABCゲームは相手チームをABCの匿名に当てはめて語ってゆく。
お題は『もし彼女が居たら』。
先行は安倍店長、霧砂、華のチームだ。
『Aさんについて』
安:Aは彼女が浮気してもニコニコ知らないふりして、裏で証拠集めてそうですね。
霧:確かに、そういう強かさはあるかも。
安:それで、いきなり別れよう、さよならみたいな。
霧:信頼を裏切ったら容赦なさそうね。
華:Aさんは去る者追わずな感じですね。
安:来るものも華麗にスルーしそうですけどね。大半の女性は心折れるんじゃないでしょうか。
霧:華ならイケるんじゃない?
華:えっ、僕は男ですから…。
『Bさんについて』
安:Bは好感度を上げつつも、興味のない相手からの好意を適当にあしらうのが上手そうですね。そつが無いです。
霧:本命だけは虎視眈々と狙ってそうで怖いわ。
華:Bさんは彼女と一緒にディズニーシーとか、いきそうですね。
安:本当は絶叫系大好きなくせに我慢して、でも最後はやっぱり彼女を残して絶叫系に、なパターンですね。
霧:彼女にダッフィー持たせてそうね。
華:Bさんはそういう、さりげない女性の扱いが上手そうですね。
『Cさんについて』
華:Cさんはどうでしょう。
安:なぜか彼女とのツーショットが想像しがたいですね。
霧:同意よ。
華:ふわふわした天然系の子はどうですか?
安:二人してトラックにひかれてそうです。
霧:じゃあしっかり系のお姉さんならどう?
安:パシリに使わそうで想像するに堪えません。
いっその事アニキと呼ばれるような男前な女性はどうでしょう?
華:Cさんの好み的にどうなんでしょうか、それは。
「俺は破と会ったばっかだし、甘雨とも再会したばっかだし、わかんねーや。甘雨わかる?」
「えーと、Bが后じゃね? そんでAが俺で、Cが破。」
「甘雨は流石ですね。いろんな意味で当たってます。」
甘雨が爽やかに断言して、破も同意したけど、『いろんな意味』って何だろう。
深く考えない方がいい気がする。
そして霧砂のおネエ、自然過ぎ。
次は俺たちだ。
『Aさんについて』
后:Aさんはワインの似合う女性を連れてそうだよな。
記念日には花とレストランの予約を忘れなさそうだ。
破:そうですか? 大勢引き連れていそうなイメージがありますよ。
甘:みんな愛してますから選べません、ってやつだよな。
バラ100本を一人に1本ずつみたいな。
后:それだと本命の彼女に逃げられちゃわないか?
破:Aさんはむしろ、そういう駆け引きを楽しんでそうですね。
甘:ぜってーそういう感じだよな。
『Bさんについて』
甘:Bさんは真面目だからまず彼女の実家に挨拶に行きそうだよな。
破:今時男子としては貴重です。
甘:そんで、彼女の親に気に入られそう。
后:Bさんなら親御さん大喜びだろ。
甘:デートは水族館か動物園で、雨が降ったら図書館辺りだろ?
后:すげー癒されそう。
破:植物園なんかも行きそうですね。
后:わかる、わかる。そんな感じだよな。
『Cさんについて』
甘:Cさんはストーカーとかしてそうじゃね?
破:甘雨、それは言い過ぎですよ。
后:うーん。確かに彼女とか、あんまり想像できないかも。
破:ストイックな雰囲気がそうさせるんじゃないですか?
后:そうかもな。会うのは週一で十分みたいな感じだろ。
甘:逆にハマったらすげー執着しそうなんだけど。Cさんは絶対ストーカータイプだな。
破:甘雨、ストーカーは犯罪ですから。
「Bは私という可能性もありますが、残りの選択肢を見ると華で間違いないでしょう。私は犯罪者気質じゃないので、Cが霧砂ですね。間違いありません。」
「お前は自分が全然見えていない。どう考えてもお前がCだろ。」
「じゃあ霧砂は愛の安売り男なんですね。」
「それでも犯罪者よりはマシだ。」
「ッチ、つまんないゲームですね。霧砂おネエはどうしたんです。戻ってますよ。」
霧砂が安倍店長になんとも言えない苦い視線を送っている。
そもそも、ゲームしようと言い出したのは安倍店長だ。
その様子を甘雨と破はニコニコ見守っているし、華は毎度ながらフォロー出来なくてごめんって感じでオタオタしている。
最後若干微妙な空気にはなったが、結構盛り上がった。
気づいたらもう22時を回っている。
「后くんはこのまま泊まって帰るの?」
「まだ決まってないんだけど、華は家が近いから帰るのか?」
「うん。破もうちに泊まって帰る。」
「そっか。甘雨は自分で帰るんだよな。
明日の事考えたら、俺は帰るのちょっと面倒だな。」
「もちろん、泊まってください。」
華と話しているのを聞いて、霧砂が快く声をかけてくれた。
遅刻すると嫌なので、結局泊まることにした。
3人が帰った後、片付けの手伝いでキッチンに向かう。
「天神さんも泊まるんですね。なら私も今から呑みます。」
後ろから不意に、声がかかる。
「霧砂は早朝仕入れで5時には出ますから、私のベッドを使ってください。
私も先に出ますけど、合鍵を渡しておきますから。」
ちょっと待て、ここは霧砂の家だろう。
なぜ安倍店長のベッドがあって、合鍵まで持ってるんだ⁈
「おい晴明、誤解されるだろ。まずきちんと説明しろ。」
食器を洗っていた霧砂が勢いよく振り向いた。
「誤解ってなんですか。私の家は店から遠いんです。
帰りが遅くなる事も多いですし、ルームシェアとまではいきませんが、
家賃を一部負担してベットを置かせてもらってます。」
なるほど。だから広かったのか。
二人の妙な阿吽の呼吸は共有する時間の長さ故か。
食器を洗い終えると、霧砂は先にシャワーを浴びて寝てしまった。
安倍店長は、リビングでゆったりマッコリを飲んでいる。
声をかけると、店までの簡単な地図と合鍵を渡してくれた。
「もし店に通うのが面倒なら、天神さんもベット置かせてもらいなさい。
部屋に余裕がありますし、家賃は今まで通り、私と霧砂の折半で大丈夫ですから。本格的に厨房に入ると体力持ちませんよ。」
親父がオーナーだから、安倍店長なりに気を使ってくれる。
望んでこの店に来たのだから、簡単に弱音は吐かない。
店から5分は魅力的でも、慣れてしまうと借りたアパートが無駄になるし、少し考えることにした。
安倍店長はこのままリビングのソファーで寝るらしい。
俺はシャワーを借りて、安倍店長のベッドに横になる。
シーツがひんやり気持ちいい。
車の中と同じ、シトラス系のいい香りがする。
ベルガモットだろうか。
他人のベッドなのに、あっという間に眠ってしまった。
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