第178話「魔王フレースヴェルグ」

「はぁはぁ……」


 ――駆ける。

 人々が逃げ惑い混乱渦巻く街中をオレは駆けていた。

 上空には見たこともない魔物が舞い上がり、それを討つべく空中を移動する円盤に乗った騎士や、飛行用のゴーレムなどが戦闘を繰り広げる。

 時折、その戦闘の余波により建物が崩れ、地上にも流れ弾となった魔法が落ち、その衝撃で地面に穴を穿つ。


 オレはそんな危険地帯となっている街中をロックを背負うような形で駆けていた。

 向かうべき場所は一つ、この街の入口。

 そこに現れたという魔王フレースヴェルグ――いや、ルーナに会うために、オレは戦場を駆けていた。


 時折、街中に侵入してきた魔物と出会わないよう物陰に隠れたり、上空からの攻撃を避けるために別のルートを通ったりなど、かなりの寄り道をさせられた。

 だが、なんとかオレとロックは無事、外へつながるための門の前に到着する。


「なっ……」


 見ると、そこにあったのは破壊された巨大な門。

 最初にこの魔導王国イシタルに到着した際、ルーナと共に潜った門。

 それは生半可な大きさではなく、その強固さもオレが見てきた国の中で一番といってよかった。

 それが完膚なきまでに破壊され、残骸として転がっている。


 その門の前に立つのは魔王を迎え撃つべく駆け出したルーナ。

 そして、その彼女の護衛として周囲を固める複数の騎士達。

 オレはルーナの姿を見るや否や、その傍へと駆け寄った。


「ルーナ!」


「! キョウ! どうしてここに……!?」


 驚くルーナに対し、オレは迷うことなく答える。


「決まってるだろう。お前一人に任せられるわけないだろう」


 そう答えたオレに対し、ルーナはますます驚いた顔を見せるが、すぐさま真剣な表情で怒鳴る。


「ば、バカ! 何言ってるんだよ! 今ここに襲撃に来ているのは魔王なんだよ! 世界で最強と言われる魔物達の王! しかもその魔王直属の四天王まで揃ってるんだよ! 僕みたいな大勇者ならともかく、君みたいな戦う力のない人が来たところで何の役に立つって言うんだよ!」


 確かにルーナの言う通りだ。

 オレは魔物を栽培する以外は能がない男であり、ここに来たところで役には立たないだろう。


「……ああ、わかっている。けど、オレはこの時代の魔王と会わなきゃいけない理由があったんだ」


 そう呟き、オレは門の向こうへと視線を向ける。

 そこにいたのは四つの影。

 そのうちの一人にオレは見覚えがあった


「あいつは……!」


 そこにいたのは紛れもないSSランク魔物アジ・ダハーカの姿。

 相変わらず蛇や狐を連想させる糸目をこちらに向け、口元には薄い笑みを浮かべている。

 まさか、あいつもこの時代に? いや、そんなはずはない。

 だとするなら、あれは過去のアジ・ダハーカなのか?

 困惑するオレであったが、その思考はすぐさま別の衝撃により打ち消される。

 なぜなら、その隣にいた人物――真っ白なローブに魔女のとんがり帽子、雪のような肌をした少女にオレは見覚えがあったからだ。


「イースちゃん!?」


 そう声をかけるオレに対し、その白い魔女は奇異の目を向ける。


「ん? なんじゃお主? イース? それはもしかして儂のことか? 誰と勘違いしておるのか知らぬが儂はイースという名ではないし、お主のことも知らんぞ」


「え?」


 声や顔は瓜二つなのに、その少女から感じられる雰囲気と口調はイースちゃんとはまるで違っていた。

 どういうことだ? と戸惑っているとイースちゃんの隣にいた青髪の女性が口を開く。


「……ミラーカ。あの少年、他とは違う感じがするわ。もしかしてあなたと同じ転移者じゃないの?」


 ミラーカ?

 その名前に戸惑うオレであったが、名前を呼ばれた魔女――ミラーカは「ふむ」と頷きながらオレを見る。


「確かに他とは違う気配を感じるな。なるほど、同郷の者か……。とは言え、生まれ故郷は異なるようじゃ。それに恐らく儂が生きた時代の人間でもなかろう。ゆえに手加減する道理などない。それに今の儂はお主達魔王陣営に与する魔女、四天王が一人ミラーカじゃ。やることは変わらぬ。それはお主と同じじゃバハムート」


「……そうね」


 バハムート?

 それってあのフェリドさんを育てた親のような人物!?

 混乱するオレであったが、そんなオレの脳内を一瞬で真っ白にする人物が現れた。


「戯言はそこまでだ。ミラーカ、バハムート。我らの目的はこの魔導王国イシタルの壊滅のみ。まずは目の前の大勇者の殲滅を優先するぞ」


「はいはい、了解じゃ。魔王様」


「……はい、分かっています。我らが王フレースヴェルグ様」


 魔王フレースヴェルグ。

 そう呼ばれた最後の影が姿を現す。

 だが、その人物の姿を見た瞬間、オレは息を失った。


 純白の髪。透き通ったまるで雪のような美しい肌。

 とても人とは思えぬ絶世の美しさと儚さを兼ね備えたこの世ならざる容姿を持った少女。

 その姿に、オレは見覚えがあった。

 なぜならその姿はオレが知るある人物と瓜二つであった。


「ツルギ、さん……?」


 魔王フレースヴェルグ。その姿はあの七大勇者の一人“銀影勇者”ツルギさんと瓜二つであった。

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