第179話「始原勇者のスキル」

「ツルギさん……?」


 純白の髪をなびかせる美しき魔王を前にオレはそう呟く。

 そんなオレを魔王――フレースヴェルグは僅かに一瞥すると静かに切り捨てる。


「誰だ、貴様は? 我はツルギなどという名ではない。我が名はフレースヴェルグ。この世界の魔物達を束ねる魔王にしてSSランクの魔物なり」


 ツルギさんではない?

 だが、その姿はあまりに似すぎている。

 それに魔王フレースヴェルグの正体は未来でオレが出会ったルーナのはず。

 それはあの時、アジ・ダハーカの手によって魔王として覚醒したルーナ自らの口で語られた。

 だが、目の前のフレースヴェルグと、未来のルーナは似ていない。

 わずかな顔立ちや面影程度はぼんやりと感じられるが、何よりも未来で出会ったルーナの肌の色は褐色。だが、目の前のフレースヴェルグは雪のような真っ白な肌。

 これだけでも両者の違いはあまりにも大きい。

 それにルーナよりもツルギさんの方にフレースヴェルグは瓜二つだ。

 これは一体どういうことなんだ? ツルギさんはフレースヴェルグと何らかの関係が? だが、そうなればオレが未来で出会ったルーナとフレースヴェルグの関係も一体……?

 訳も分からず混乱するオレであったが、そんなオレの腕を引っ張り前に出たのはこの時代で出会った少女ルーナであった。


「キョウ! 今は下がって!」


 そう言ってオレと入れ違うように魔王と対峙するルーナ。

 彼女は即座に自らの周囲の無数の炎の塊を生み出すと、それを目の前の魔王目掛け放つ。

 だが、それをやすやすと受け入れるほど魔王の護衛達も甘くなかった。

 魔王のすぐ傍にいた青い髪を持つ女性バハムートが即座に魔王の前に出て水の壁を生み出すと、炎はそれに触れた瞬間全て蒸発した。


「……っ!」


「魔王様。ここは我々にお任せください」


「そうじゃな。お主の力は強大すぎる。下手に全力を出されては儂らが負傷しかねん」


 そう言ってバハムートと、先ほどの魔女ミラーカが前に出る。

 ミラーカは懐から魔物の牙のようなものを取り出すとそれを目の前の地面へと投げる。

 なんだ? とオレが思った瞬間、それは現れた。


「生まれ出てよ。竜牙兵――スケルトンウォリアーよ」


 ミラーカがそう呟くと撒かれた牙から骨の戦士、スケルトン達が生まれる。

 これは! 魔物創生能力!? しかも無機物から生み出したのか!?

 驚くオレはよそにミラーカは更に空中に向け、新たな牙を放り投げると、それは骨で出来た小型のワイバーンのような魔物へと変化し、ルーナの周囲にいた騎士達へと襲いかかる。


「くっ!」


 ミラーカが生み出したスケルトンウォリアー達に対処しようとするルーナであったが、それを邪魔するようにバハムートが動く。


「させません。ここで大勇者の称号を持つあなたを仕留めれば、我々の目的の半分は達成されます」


 そう言ってバハムートが周囲に水を生み出すとそれは巨大な渦となり眼前のルーナを飲み込むように迫る。

 だが、ルーナはそれに対し右手を差し出すと、それだけでバハムートが放った水の渦を全て右手一つで吸収してしまった。


「! しまった!」


「僕が狙いだというなら、僕の大勇者としてのスキルも知っておくべきだったね」 


 そう言ってルーナは「返すよ!」と言って、今度は左手から先ほどバハムートが放ったのと同じ水の渦を生み出す。

 そういえば前にルーナは死んだ魔物を取り込み、それを新たに生み出すという能力をオレの前で見せてくれたことがあった。

 だが、生物だけではなく魔法までもルーナは吸収できるのか!?

 思わぬ現象に驚くオレであったが、それはバハムートも同じようであり、まさか自分の放った技がそのまま返ってくるとは予想できず、バハムートは反射された水の渦をまともに受け、大きく吹き飛ぶ。

 そして、それを見ていたフレースヴェルグが冷静に呟く。


「……なるほど。貴様のスキル。前々から正体が掴めなかったがそのおおよその原理は理解出来た。貴様の創生スキル。その根本は『吸収』にあるな」


「…………」


 フレースヴェルグのセリフを前にルーナは僅かに冷や汗を流す。


「恐らく有機物・無機物を問わず吸収でき、吸収したそれの性質を瞬時に理解した後、新たにそれを再構成――つまりは創生することが出来るスキル。それがお前の創生スキルだな。死んだ魔物を吸収すれば、それと同じような魔物を生み出せる。無論、その際はその魔物の性質を自らに従順で穏やかな魔物に変化させることが出来、また先ほどのように魔法を吸収すれば同じように自分の魔法として生み出すことが出来る。なるほど、世界で最初に生まれた大勇者なだけはある。お前の創生スキルは間違いなく今後のこの世界の進化を担う強力な力だ」


 そう言ってルーナのスキルを賞賛するフレースヴェルグであったが、しかし「だが」と言葉を続けると、その目にこれまでにない冷酷な光を宿す。


「それゆえ、貴様の存在は容認出来ない。いや、貴様だけではなく今やこの世界の進化の中心地とも呼べる魔導王国イシタル。その二つを滅ぼし、この世界における進化の加速を停止させる。それが私の魔王としての役割。貴様ら人間を……いや、この世界を進化などさせはせん」


 そう断言するフレースヴェルグの瞳に映った感情は確かに憎しみ、怒り。

 まるで大切なものを奪われたかのような殺意がそこにはあった。

 どういうことだ? この世界の魔物――いやSSランク魔物の役割は人を進化させ、それによってこの世界そのものをレベルアップへと導くこと。

 だが、フレースヴェルグの言動はそれを否定するものであった。

 一体何の目的があって、そんなことを……。


「僕とイシタルを滅ぼす、か。けれど、そうはさせないよ。いくら君が魔王とは言え、僕はそう簡単には敗れない。それに魔王と四天王の君達がここにいる以上、イシタルもそう簡単には落ないよ」


「それはどうかな? お前のほうこそ、我らの数が一人足りないことに気付かなかったのか?」


「!? まさか」


 フレースヴェルグのその発言にルーナは瞬時に顔色を変えて、背後にある魔導王国イシタルを振り返る。


「そうだ。最後の四天王の一人、黒き龍の化身ファーヴニルはすでにイシタルを滅ぼすべく、その内部に侵入した」

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