第167話「魔物達への希望」
「あ、ありえないだろう! そんなの!? いくらオレでも魔物を人間にするなんて……!」
「どうしてありえないと言えるのです? 現にあなたの父は魔物をヤサイへと変化させるスキルを有していた。そして、それはあなたにも受け継がれ、あなたはそれを利用しヤサイを実らせる新種の魔物を栽培した」
「そ、それはそうだが……!」
「それを更に応用し、変化、いや成長させればあなたは魔物を人間として栽培することも可能のはず。いえ、もっと言わせてもらえば魔物を人間にする“何か”を生み出せるはずです」
「な、なにか……?」
アジ・ダハーカの突拍子もない要望に困惑するオレ。
しかし、当のアジ・ダハーカはそうは思っておらず、むしろオレには出来ると確信した様子で詰め寄る。
「さあ、いいから早く栽培してください。必要なもの、種、宝石、貴重品、古代の品物、あるいは異世界の品。あなたが望むあらゆるものは僕が用意します。ですから僕を人間にしてください」
「……ッ」
蛇のような金色の目。
あるいは血走った獣のような目でダハーカはオレに迫る。
「き、急にそんなことを言われても無理だ。そもそもなんでお前はそんな人間になりたいんだ!?」
「…………」
振り払うように叫んだオレであったが、しかし、それに対するダハーカの返答はなく、しばしの沈黙の後、搾り出すように話し出す。
「……キョウさんはこの世界におけるSSランク魔物の役割についてはご存知ですか?」
「それは――」
世界のため、この世界に生きる人々を成長させる要因として神に生み出された明確な障害。
これらSSランク魔物はいわゆるゲームなどにおける魔王のような立ち位置であり、人々はこれを倒すように奮闘し、それによって人々が成長し、世界全体の進化、成長を促進させる。
そのために配置されたいわば駒のような存在である。
「そう、我々は初めから人々に“やられるために”用意された駒。障害。それ以外の何者でもない。ですが、仮に自分がそういう役割の生き物だと言われてキョウさんは納得出来ますか?」
「そ、れは……」
確かにそれはオレも以前少し思った。
どころか、それはオレの母さんも悩んだ問題であり、ただやられるため、人々の成長のために敵となる生き物。
役割としては分かるのだが、それはあまりに悲しい存在であり、仮に自分がそうした役割を持った生物だとして、そのまま大人しく人々の成長のためにやられるだろうか?
少なくともオレは……あがくかもしれない、あるいはそんな役割なんかゴメンだと逃げ出すかもしれない。
「そう、僕もそれと同じ。初めは神の命令で、それを遂行していましたが、長年生を貪ることで明確な自我が出るのですよ。“このまま死にたくない”と」
「…………」
「僕もそれなりに世界の促進のため、人々を誘惑し、あるいは奸計によって誰をおとしめ、その結果として別の誰かの成長を促しました。何もSSランク魔物として正面から人と戦うのが成長のやり方でもないでしょう。現に、少し前にキョウさん、あなたがいたアラビアルではそうして成長した姉弟を知っているでしょう?」
「え?」
思わぬセリフに驚くオレ。
それはひょっとしてシンとアリーシャのことか?
確かにあの二人は王宮の複雑な問題のために、様々な苦難に見舞われたが、最終的にはそれを乗り越えシンもアリーシャも、いやあの国全体が大きく成長したと言える。
「僕はそうして長い間、影から人々の成長を促していました。これはSSランク魔物としての役割でもありますが、僕自身ベヒモスやバハムートのように真っ向から人間と戦い、その死によって相手を成長させたくなかったから。確かにこのやり方が大勇者という世界の促進剤を作るのには一番いいかもしれませんが、言ったように僕は死にたくないのです。ですので、こうした策略に走るしかなかった。まあ、おかげで仲間内でも『蛇』と呼ばれ嫌われていますが」
そう言って肩をすくめるダハーカ。
確か、それも一つのやり方ではある。
奸計によって誰をおとしめ、その一方で別の誰かの成長を促す。
あまり褒められた手段ではないが、それも人々を成長させる一つの手段かもしれない。
「ですが、そのやり方にももう限界が来ている。いえ、この世界全体の成長自体がもうすぐ完了しようとしている。その際には僕達SSランク魔物の役割もなくなる。だから、その前に――」
呟き、再びダハーカはその金色の瞳をオレに向ける。
「キョウさん。あなたの栽培によって僕を人間に進化させて欲しい。僕はもうSSランク魔物などという世界に用意された駒で終わりたくない。この世界に生きる人々と同じ人間として、成長した者として進化した世界で過ごしたい。むしろ、僕達SSランク魔物にはそうした褒美があっていいはずでしょう!? これまでこの世界の促進、成長を担っていたのは誰ですか!? 七大勇者達? 違う! 彼らを生み出すきっかけを作った僕達、SSランク魔物のはず!」
「ッ!」
真に迫る表情にオレは思わず後ずさりする。
だが、確かにアジ・ダハーカの言い分には一理ある。
これまで人類の成長の証である七大勇者が生まれたのは、その障害となったSSランク魔物という存在があったからこそ。
いわば彼らこそがこの世界の進化を誰よりも担った。
その存在が、ただ人間にやられて、それでおしまいというのはあまりに悲しい。
少なくとも、そのうちの一人はオレの母親であり、リリィやロスタムさんなども含まれている。
進化した世界には、進化した人々しかいけない。
それはつまり魔物である彼らは、そうした世界に行くことが出来ないということ。
それを考えると――。
知らず、オレは唇を噛んでいた。
「キョウさん。何もこれは僕自身のために言っているのではないのです。今この世界にいる全てのSSランク魔物、いやあなたが育ててきた全ての魔物達のために行って欲しい栽培なのです」
「オレが育てた……?」
「そう、たとえばそちらにいるマンドラゴラさん。あなたが人間になれるとしたらどうですか?」
「! わ、私が」
そう言ってダハーカが指したのはオレの胸ポケットに隠れていたドラちゃん。
一瞬、驚いた表情をするドラちゃんであったが、すぐに真剣な表情をして悩みだす。
そこには明らかにダハーカからの提案に対し、揺らぐ感情が見えていた。
「他にもあなたが知る魔物を人間に変え、彼らを進化させることは魔物栽培士であり、栽培勇者の称号を持つあなたにしてみれば必要な行為ではありませんか?」
「それは……」
確かにダハーカの提案は奴一人だけではなく、これまでオレが関わってきた多くの魔物、あるいはオレが育ててきた魔物達を究極的な意味で進化、またはその先の世界へと押し上げることができる。
ここでダハーカの提案を断るのは簡単だ。
だが、それはリリィやロスタムさん、ドラちゃんなどをこのまま魔物としてこの世界に置き去りにすることではないのか?
思わぬダハーカからの説明にオレは僅かに迷いが生まれ、悩みだす。
そんなオレを見ながらダハーカに口元に笑みを浮かべながら静かに語る。
「まあ、別にいますぐにして欲しいというわけではありません。ただ、それを行えばあらゆる意味でこの世界の魔物達を救済出来るとだけ言っておきます」
「…………」
「もしも、あなたが僕の提案に乗ってくれるならば、言ったとおり協力は惜しみません。しばらくはこの城でゆっくりしていってください。食事などは僕が用意しますので」
そう言ってダハーカは姿を消した。
後に残ったのはオレと胸の中で悩むドラちゃん。
そして、ロックのみ。
「ぱぱ……」
見ると不安そうな顔をしたロックがこちらを見上げる。
オレはそれに対し、どう答えるべきか分からぬまま、ただ静かに沈黙するのみであった。
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