第166話「究極の魔物栽培」

 次に瞳を開いた時、オレ達の眼前に映った景色は先程までと全く異なるものであった。


「な……ッ!」


 そこは古びた石造りの建物の中。

 恐らく、神殿か城の跡地。

 周囲には無数の瓦礫がつもり、天井を支えているはずの柱も倒れ、上を見上げると無機質な天井にはいくつかの穴が開き、そこからわずかな光がこの暗闇の廃墟と呼ぶべき場所にわずかな明かりを灯している。

 そんな周囲の朽ち果てた光景に驚くオレやルーナ、ロック。

 だが、この場に現れたもうひとりの男――アジ・ダハーカはそんなオレ達の困惑を楽しむように告げる。


「ようこそ。かつて、この世界を支配していた旧魔王の城へ」


「……旧魔王の城?」


 思わぬ単語に眉をひそめる。

 だが、そんなオレに対しダハーカは更に楽しそうに唇を歪めて続ける。


「ええ、その通りです。ここはかつての初代魔王・フレースヴェルグ様が治めていた魔王城。とは言っても、既に朽ち果たこの場所を知る者などほとんどおりません。今では僕の仮宿とさせて頂いてますが」


「へぇ、そうかよ」


 大仰に解説するダハーカに対し、オレはなるべく落ち着いた振りを通す。

 今、ここで下手に騒いだり、動揺しても目の前の男を喜ばせるだけだ。

 わずかな会話しかしていないが、この男はやたら大仰な言動をする。まるで役者か何かのように自分の言動に酔って、相手の反応を楽しむ節があるため、そんな相手には冷めた対応をするのが一番だろう。

 仮にここでオレが焦ったり、怒ったりしても相手のペースに乗せられるだけ。


 そんなオレの推察が当たったのかどうか、こちらの返答が思わしくないのを見ると、どこか白けたようにダハーカは続ける。


「イマイチ反応がよろしくないようですね。ですが、そちらの彼女にはここは見知らぬ場所ではないようですよ」


「なに?」


 どういう意味かとダハーカが指す方向を見ると、そこにはまるで何かに怯えるように震えるルーナの姿があった。


「ルーナ?」


 声を掛けるもののルーナからの返答はない。

 むしろ、顔を青ざめ、必死に震える体を抑えるように両手で肩を抱き、その場にうずくまり始める。

 それは普段のルーナからは想像もつかない姿であり、オレだけでなくロックも彼女の傍に駆け寄る。


「おい、どうしたルーナ!? 何かあったのか!?」


「ルーナおねえちゃん!」


「…………ッ」


 声を掛けるものの、やはりルーナからの返答はなく、変わりにガチガチと奥歯を鳴らす恐怖に耐えるような音だけが響く。

 一体どういうことだ? この場所とルーナに一体何の関係が?


 オレがそう思った直後、震える体を支えながら搾り出すようにルーナが呟く。


「……だめ、だ……」


「え?」


「わ、私は……ち、違う……だ、だめだ……そんなことは……こ、この場所には……いたく、ない……ッ」


 まるで懇願するようにオレの手を掴むルーナ。

 いつもの気丈な、何にも動じない凛とした彼女の姿はない。

 それはまるで一人見えない迷路に取り残され、儚く怯える哀れな少女の姿であった。


 オレとロック、それにオレの胸ポケットに隠れていたドラちゃんも出てきて、必死にルーナに対し声を掛ける。

 しかし、そんなオレ達に対しダハーカがなにやら指を鳴らすと同時にルーナの足元に先ほど見た魔法陣のようなものが小さく現れたかと思うとルーナの姿が忽然と消えた。


「なっ!?」


 驚くオレ達をよそに背後でダハーカが鼻歌でも歌うに告げる。


「申し訳ありません。彼女は今取り乱しているみたいですので席を外してもらいました。まあ、彼女にも用はあるのですが、今の僕の目的はあなたですのでこれでようやく落ち着いて話ができますね」


 振り向くとそこには余裕の笑みを浮かべ、こちらを見下すダハーカの姿があった。


「……オレに用って一体何だ?」


「あなたに栽培してもらいたいものがあるのです」


「栽培?」


 思わぬ単語に眉をひそめるオレであったが、すぐに納得する。

 そうか。確かにそれ以外でオレを誘拐する理由なんてないはず。


 しかしマンティコアの時といい、ここ最近オレは誰かの栽培目的のためにこうして拉致られているな。

 マンティコアの時は事情を聞き、オレも自ら進んで協力した。

 というよりも、ああした事情なら、向こうが頼んでくればオレはそれを引き受けていただろう。


 だが、こいつの頼みとなると話は別だ。

 どんな理由があるかは知らないが、オレやルーナ、ロック、ドラちゃんと言った無関係な者達まで巻き込み、挙句ルーナが恐怖する原因を作っている。

 こんな奴の頼みなんて誰が聞いてやるかと思っていたオレであったが、次に奴から放たれたセリフにオレは思わず唖然とする。


「人を栽培して欲しい」


「は?」


 その理解不能な一言にオレだけでなく、ドラちゃん、ロックも頭にクエッションマークを浮かべる。

 人を栽培?

 何言ってんだこいつ?

 オレが栽培できるのは魔物だよ?

 どこをどうすれば人を栽培になるんだよ?


「あなたの魔物栽培。その究極系は何だと思いますか?」


「は?」


 混乱するオレを横目にダハーカは更に続ける。


「異なる魔物同士を混ぜ合わせることで、互いの長所を有した魔物を栽培する『複合栽培』。死んだはずの魔物の亡骸を媒介に、新たにその魔物を蘇生復活させる『蘇生栽培』。更にはあなたの父上がしたように魔物を別種の生物“ヤサイ”なる食物へと変化させる『変化栽培』。あなたの持つ魔物栽培の能力は様々な変化、成長を遂げ、それらはまさに新しい命を生み出す神の創世スキルに相応しいものになっております」


「…………」


 確かにダハーカの言うとおり、すでにオレの魔物栽培はオレが理解しているよりも遥かに上の領域に行っているのかもしれない。

 命を生み出すのが神の持つ創世スキルであるなら、オレの魔物栽培はそれに近いものへと成長している。


「ですが、未だ一つだけあなたが到達できていない最後の領域。それこそが魔物を“真に別の生物”へと変化させること。無論これはヤサイなどという類似した食物への変化ではない。もっと根本的な、神にしか作れない生命への成長、変化。それを魔物にももたらす」


「ち、ちょっと待て! お前、まさか……!」


 そこまで聞いてオレは目の前の男の考えに辿りつく。

 こいつ、まさか!? いやだが、そんなことが!?

 声を詰まらせるオレを前に、その男アジ・ダハーカは告げた。


「そう、魔物を“人”へと変化させる栽培。それこそがあなたが持つ魔物栽培、究極の成長。それを僕に行って欲しい。それこそが僕があなたに望む全てです」


 その想像を絶する答えにオレの思考は凍りついた。

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