第165話「蛇の謀り」

「!? SSランク魔物!?」


 突如、オレとルーナの背後に現れた思わぬ人物の自己紹介に動きを止めるオレ達。

 それはツルギさんに攻撃を仕掛けるリリィと、こちらに駆け寄るフェリドさんも同じであった。


「なんでSSランク魔物が!?」


 驚きに僅かに動きが止まるリリィ。

 しかし、その隙を突くように今度はツルギさんの反撃の一閃がリリィの頬を掠める。


「おっと、攻撃の手を緩めていいのですか? リリィさん。それではすぐさま僕も攻勢に転じますよ」


「くッ!?」


 ツルギさんからの挑発に奥歯を噛み締め、再び猛攻を続行するリリィ。


 しまった! これが本当の狙いか!?

 ツルギさん自身が囮となり、フェリドとリリィを足止めする。

 その間に、この協力者アジ・ダハーカを名乗る男がルーナを殺す。


 やられた。

 完全にオレ達の負けだ。

 そう思いつつもオレはなんとか、目の前の男からの攻撃に対し、ルーナを守ろうと彼女を強く抱きしめる。


「……キョウ」


 一方で、オレに抱きつかれたままのルーナは状況を理解したのか、それとも落ち着いただけなのか。

 先ほどまでの慌てた様子はなく、どこか落ち着いたような、いや諦めたような笑みを浮かべていた。


「なんだかよく分からないが、お前には色々と迷惑をかけたな。すまなかった」


「ルーナ……!」


 そう言ってまるで死に際のようなセリフを吐き出す。


 おい、やめろよ! そういうフラグみたいなセリフは言うな! 縁起でもないぞ!

 なんとかなる! というか最後まで諦めるなよ!

 そんなセリフを吐こうとするものの、目の前でアジ・ダハーカを名乗る男の手がルーナへと伸びる。


 ……ダメだ。やはりここまでなのか。


 いや、せめて、オレが身代わりになって、その間になんとか……!

 そう思いオレはルーナを抱きしめたまま、両足に力を入れ、そのままオレとルーナの立ち位置を逆転させる。

 これで少しでも盾になれば……!

 そう思い、オレは背後から迫るアジ・ダハーカの凶刃を前に目をつぶるが――


「………………?」


 不思議といつまで経っても痛みは襲ってこなかった。

 いや、代わりに頭に走った感触は、ぽんっと手を置く感覚。

 恐る恐る目を開き、首を動かすとそこには先ほどと変わらない。いや、より一層不気味な笑みを浮かべるアジ・ダハーカの顔があった。


「はははっ、そう怖い顔をしないでください。僕はあなたを殺す気はありません。いえ、むしろ僕の狙いは最初から――“あなた”ですよ、キョウさん」


「え?」


 呆けると同時にアジ・ダハーカがオレの手を握る。

 その瞬間、オレとアジ・ダハーカを中心に地面に奇妙な魔法陣が描かれ、その中心に入っていたオレ、ルーナ、ロック、そしてアジ・ダハーカの体が輝き出す。


「こ、これは……!?」


「!? ダハーカ! 貴様、なんのつもりだ!?」


 見ると先程までリリィの攻撃を防いでいたツルギさんが血相を変えて、こちらに駆け寄る。

 が、魔法陣から放たれた光は障壁となり、まるで外側からの侵入者を許さないようにツルギさんを弾く。


「ああ、申し訳ありません。ツルギ様。協力すると言いましたが、あれはあくまで“僕の計画”の協力です。こちらのルーナさんを殺す気はありませんし、何よりもキョウさんを奪える絶好の好機。利用しない手はありません」


「貴様……ッ!!」


 見るとフードの下から明らかに殺意に満ちた顔をツルギさんが見せ、その気迫にオレは思わず背筋が凍るが、一方のアジ・ダハーカはまるで嘲るように続ける。


「そんな怖い顔しないでください。言いましたよね、僕はアジ・ダハーカ。即ち“蛇”だと。そのようなものを信用するほうがおかしいでしょう」


「待て! アジ・ダハーカ! ルーナさんを、いやキョウさんをどうするつもりだ!?」


 叫ぶツルギさんであったが、しかしそれにアジ・ダハーカが答えることはなく、魔法陣の輝きが最高に達すると同時にオレ達の視界は真っ白に染まり、そして――オレとルーナ、ロック達の姿はこの場より消えることとなる。


◇  ◇  ◇


「これは……一体……」


「全員、消えた……?」


 フェリド、リリィ。二人がツルギの元に駆けつけ、魔法陣に切りかかろうとした瞬間、目もくらむような閃光が発生すると同時に中にいたキョウ、ルーナ、ロック、そしてアジ・ダハーカの全員が姿を消した。

 その事態に理解が及ぶと同時に真っ先に地面に拳を叩きつけたのはツルギ自身であった。


「……やられたッ。いくらSSランク魔物とは言え、あのような目的も分からぬ魔物の言葉を信じ、協力を仰いだ僕の失敗だ……! いや、それほど僕が焦っていたということ……奴はそんな僕の心の隙間に取り入った……。さすがは他者を貶めることに特化したSSランク魔物と言ったところか……ッ」


 ギリッと奥歯を噛み締めながら静かな怒りを内に宿すツルギであったが、すぐさま深呼吸を一つすると同時に落ち着きを取り戻し、静かにその場に立ち上がる。


「…………」


 やがて、すぐ傍で呆然とするフェリドとリリィに一瞥を送ると、ツルギはそのまま両者の横を通り過ぎる。

 思わぬ状況の連続に唖然としていたリリィであったが、そんなツルギの行動に頭を刺激されたのか、すぐさま通り過ぎようとしたツルギの肩を押さえる。


「ち、ちょっと待ちなさいよ! アンタ、どこに行くつもりよ!?」


 無理やり自分の方へと振りかえさせるリリィ。

 しかし、ツルギの態度は最初にこの場に現れた時と同じ冷静な態度に戻っていた。


「決まっています。消えたアジ・ダハーカを追います。彼の元には僕の標的であるルーナさんもいるのです。当然でしょう」


 思わぬ冷静な返しに言葉を失うリリィであったが、しかしすぐさまその顔に怒りを浮かべ、ツルギの胸ぐらを掴む。


「なに勝手なこと言ってんのよ。そもそもアンタがあいつと組んでアタシ達を襲ったのが原因でしょう!?」


「…………」


「そもそもなんでルーナを狙うのよ。いえ、ルーナだけならともかく、今回はキョウまで標的にされて連れさらわれたのよ! これは間違いなくアンタに責任の一端があるでしょう!! なのにルーナを殺すためにあいつを追うなんて、まだそんな勝手なことを言うの、アンタは!?」


「…………」


 リリィからの怒号に対し、ツルギは僅かに顔を背ける。

 フードのため、その表情は見えなかったが、僅かに映った唇は細かく震えており、そこには明らかな自責の念があった。

 それにフェリドが気づき、激昂するリリィを落ち着かせようと声をかける。


「落ち着け、リリィ。さっきのはアジ・ダハーカというSSランクの独断だ。彼女だって、そのことを分かっていれば協力をあおがなかったはず。君もキョウ君を傷つけることは本意ではないのだろう?」


「……ええ」


 フェリドからの問いに力なく答えるツルギ。

 それを見て、リリィも僅かに落ち着きを取り戻したのか掴んでいた手を下ろす。


「とは言え、確かにこうなった責任はツルギ。君にもある。そこでどうだろうか? キョウ君達を取り戻すまで休戦としないか?」


「……というと?」


「オレ達全員が協力して、あのアジ・ダハーカの手からキョウ君、ルーナ、スィ達を取り戻す。それまではお互いに攻撃を仕掛けず、ルーナを殺すことも一旦脇に置いて欲しい。全てが片付いて、彼らが戻った後、君は改めて目的を遂行すればいい。それでどうだ?」


「…………」


 フェリドの提案に顔を伏せるツルギであったが、しばしの沈黙の後「……分かりました」と頷く。


「よし。では、今からオレ達三人は協力者だ。くれぐれも互いに喧嘩をしないよう頼むぞ。特にリリィ」


「分かってるわよ。なんでアタシが名指しなの?」


 フェリドからの名指しに不機嫌な顔を向けるリリィ。

 そんな彼女からの視線を苦笑いでごまかしながら、フェリドはなんとかこの場の空気を変えるべく、作戦の提案を行う。


「ではまず、あのアジ・ダハーカが消えた先についてだが、ツルギ。君は何らかの手がかりを持って――」


 そう言ってツルギに問いかけようとした瞬間、思わぬ音がその場に響き渡る。


『ぴき――っ』


 それは何かがひび割れる音。

 音の聞こえた方を思わず振り向くフェリド達。

 そこに映ったのは、先ほどキラープラントの枝から切り落とされた地面へと落ちた卵。

 その卵のあちらこちらに無数のヒビが入り、まるで中にいる何かが出てこようと暴れているようであった。


「――!」


「ち、ちょっとフェリド。あ、あれって……!」 


 リリィが指差すと同時に一際大きな傷が卵の外側に走り、同時に中にいたものその傷を広げるように卵を割り出てくる。

 そこから出てきたものを見た瞬間、フェリドは先程までの落ち着きはまるでなく、一目散に割れた卵から現れたものへと駆け寄るのであった――。

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