第164話「白の猛襲・再び」

「……ツルギさん」


 目の前に立つ白いフードを着た女性の名をオレは呟く。

 それと同時に周りに居たリリィ、フェリドさんがすかさずオレとルーナ、ロックを守るように前に出て、ツルギさんに向け剣をかざす。


「君か。またこちらにいる女性を狙いに来たのか」


 ツルギさんと対峙しながらフェリドは背後に居るオレとルーナを確認しながら問いかける。


「ええ。僕の目的はそちらにいるルーナさんの命、それだけですから」


 それに対し、ツルギさんはいつぞやの時と変わらぬ冷たい一言で返す。


「そうか」


 そんなツルギさんからの返答を聞き、フェリドさんとリリィが戦闘態勢に入り、それを見たツルギさんもゆっくりと構えを見せる。

 やがて、わずかな静寂の後、先に動いたのはフェリドさんであった。

 いつぞやの時のように瞬時にツルギさんとの間合いをゼロに詰めると同時に懐からの一閃を放つ。

 それに対し、ツルギさんは即座に空間転移によってその場から消えるものの、その瞬間フェリドさんは右足を大きく踏み込むとツルギさんの消えた空間に重い一太刀を浴びせる。

 振り放った一太刀はまるで目の前の空間を切り裂くような陽炎を生み、それと同時に少し離れた位置に移動したツルギさんが僅かに苦悶の声を漏らすと、その肩口に細い剣による一太刀が刻まれる。


「前に言ったはずだ。君が空間をずらそうと、そこから移動しようと、その空間ごと切り裂けばその先にいる君にダメージを与えられると。たとえ空間転移をしても、同じ要領で空間を切り裂けば移動先の君へダメージは与えられる」


 相変わらず無茶苦茶な理論と、それを可能にするチート性能なフェリドさんに呆れつつも、しかし以前とは異なりツルギさんはそれでも引こうとはせず、肩口の傷を癒すと同時に再び戦闘態勢を取る。


 確かに、以前の戦いの時からも感じられていたが、ツルギさんのルーナに対する殺意は本物だ。

 そして、それを必ず実行するという気迫が彼女からは伝わる。

 現にこうして再び現れたことがその証明でもあるが、理由はそれがなぜか。

 なぜ、そこまでツルギさんがルーナを殺そうとするのか、その理由がオレ達には分からなかった。


 そのことについて問い詰めたいと思いつつもしかし、目の前で繰り広げられる激戦がそんな問答を許さなかった。

 今度は再びツルギさんの方から空間転移と共に背後からフェリドさんに対する攻撃を仕掛けるものの、それを紙一重で回避し、反撃を行うフェリドさん。

 その攻防はまさしく一進一退。

 いや、一太刀を振るうたび、間違いなく勝敗の天秤はフェリドさんに移動している。

 すでにツルギさんの空間転移による奇襲も、その動きを見切ったのか、何度目かの攻撃に対しては逆にツルギさんが現れる場所に攻撃を仕掛ける始末。

 やはりフェリドさんは頼もしい。

 味方になってくれるとここまで心強い人はいない。


 オレは内心そう思いながら二人の攻防を見守るが、その時、隣にいたリリィがなにやら神妙な面持ちで呟く。


「……変ね」


「? 何がだ?」


 思わぬリリィの呟きに問いかけるオレ。

 それに対し、リリィは目の前の二人の攻防を差しながら続ける。


「あのツルギって人。フェリドに勝てないと分かって戦いを挑んでいるように見える。仮に本気でルーナを殺す気なら、もっと何らかの作戦を練るはずよ。あれじゃあ、まるでただ時間稼ぎをしている風にしか見えないわ」


「時間稼ぎって、何のためにだ?」


「それは分からないけれど……」


 オレからの質問に顔を曇らせるリリィ。

 だが、確かにツルギさんのあの行動には不可解な点が多い。

 仮にこうして現れたとしても、こちらにフェリドさんがいる限り、前回と同じ結末になるのでは?

 オレ達がそんな疑問を覚えると同時に、先程までキラープラントの上に実っていた卵が再び大きく揺れ出す。

 すると、それを見るや否やツルギさんが手刀を放つ。

 だが、それは目の前のフェリドさんに向けたものではなかった


「!?何を」


 あらぬ方向へと放たれた手刀。

 それはまさに先ほどキラープラントのてっぺんにて実っていた卵。

 それを支えている枝へと向け放たれた。

 ツルギさんのその狙いに気づいた時にはすでに遅く、彼女の放った手刀による一閃は卵を支えていた枝を切り裂き、支えを失った卵はまるで木の枝に実ったリンゴが落ちるようにそのまま自由落下を始める。


「卵が!!」


「ッ!?」


 オレとリリィが叫ぶよりも早く、フェイドさんが卵へ向け全力疾走を行う。

 そして、卵が地面に着くよりも早くフェリドさんが、それを空中でキャッチし、無事ことなきを得た。

 しかし、そのわずかな隙はツルギさんが次なる行動を起こすのに十分であった。


「もらいました」


 即座にオレとリリィの前に転移するツルギさん。

 そうか! これが狙いか!

 フェリドさんがオレにバハムートの栽培を頼んでいたのをツルギさんは密かに観察し、そして、バハムートが生まれる直前に卵を切り落とすことで、フェリドさんの気を一瞬そちらへと向けさせる。

 あとはそのわずかな時間にルーナを殺害する。

 確かにイチかバチかの作戦だが、フェリドさんを引き剥がす手段としては唯一無二の方法。

 それに気づくフェリドさんだが、すでにオレ達のいる場所からは離れすぎており、こちらに駆け寄るには数秒の時間を必要とした。


 そのわずかな間を稼ごうとリリィが目の前のツルギさんへと攻撃を仕掛ける。

 いかに攻撃を通じないとは言え、リリィならばなんとか持ちこたえてくれるはず!

 オレも気休め程度にしかならないが、背後に居るルーナを守るべく、彼女を抱きしめわずかでもツルギさんからの攻撃から守るように身を挺する。


「! お、おい! い、いきなりなんだ、キョウ!」


 思わぬ抱きつきに焦ったよう顔をして慌てふためくルーナ。

 う、うん。気持ちは分かるが、これは決していやらしいことではなく、オレなりに君を守ろうとしているんで、が、我慢してくれ。

 ちなみに、すぐそばにいるロックも同じようにルーナに抱きつき、彼女を守ろうとしていた。

 あるいは単にオレの真似をして抱きついただけかもしれんが……。


 一方のツルギさんは即座に獣人化したリリィからの目にも止まらぬ乱撃を前に、その攻撃を次元の屈折により攻撃を回避することに専念していた。

 いかに空間を操る勇者とは言え、あれほどの連撃を前に攻撃に移れば、その一瞬の隙に自身も攻撃を受けてしまう。

 まさに数秒の時間を稼ぐためにだけにリリィは全力を出している。

 その隙に卵を地面に置いたフェリドさんがこちらへと駆け寄る。


 これなら、なんとか間に合う! 助かったと、そうオレ達が安堵した瞬間であった。


「――ええ、そうですね。相手が“ツルギさんだけ”なら、あなた達の勝ちでしたね」


「え?」


 その声は背後から聞こえた。

 見るとルーナの後ろから、ぬぅっとまるで影のように細い男が姿を現す。

 それは目の細い、まるで蛇を思わせるような不気味な笑みを浮かべた青年。

 その人物は薄い三日月の笑みを浮かべると、そのままオレとルーナを見下しながら口を開く。


「初めまして、僕の名前はアジ・ダハーカ。この世界に存在するSSランク魔物の一人です。そして、今回はそちらの勇者――ツルギさんの協力者であります」

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