第163話「波乱は忘れた頃にやって来る」

「だいぶ成長したな」


 そう呟くオレの目の前には高さ四メートルにまで成長したキラープラントと、その頂上に花のつぼみのように大きく咲いた真っ白な卵が実っていた。

 卵の大きさは約五十センチほどとかなりの大きさ。

 ちなみにここまで大きく成長したキラープラントは初めて。

 普通は二メートルか、大きくても三メートル。

 こんな大木のような大きさにまで成長したキラープラントは今までになく、これは間違いなくバハムートの栽培に影響したものであると確信できる。


「ど、どうなんだろうか? キョウ君? こ、これはうまくいっているのか? あの卵の中にいるのはミーメ……ば、バハムートだと思っていいのか?」


 オレの隣ではしきりにフェリドさんがそのように心配そうに声をかけてくる。

 ここ数日、この人と共に生活するうちに、意外とこの人は心配性というか本来はそれほど気の強い性格ではなく、むしろ気の弱い方だったんだなと知ることが出来た。


「まだ生まれるまで確かなことは言えませんが、少なくともただのキラープラントでないのは確実です。あれもただの実ではなく卵であるなら、あそこから生まれる魔物は一つ。バハムートであるべきだとオレは思います」


「そ、そうか……。本当にそうなってくれるといいが……」


 そわそわと目の前に実った卵を心配そうに見るフェリドさん。

 時折、卵がゆらゆらと揺れるたびに「生まれるのか!? もうすぐ生まれるのか!?」とオレの襟首を掴み出したり、まるで新婚の妊婦の出産に慌てる夫のような姿であった。


「ふふっ、フェリドさんって意外と落ち着きのない人なんですね。ご主人様」


「だなー」


 といつものようにオレの胸ポケットに潜り込んでいたドラちゃんが隣で慌てるフェリドさんを見ながら笑みをこぼす。

 とは言え、確かに卵の大きさもかなりのものになり、昨日ぐらいから卵の揺れも大きくなっている。

 となれば、生まれるのは恐らく今日か明日。

 どちらにしても結果が出るのはもう間近であった。


「ちょっと落ち着きなさいよ、アンタ。それでも七大勇者の中でも随一の勇者って言われてる英雄勇者なの?」


「その声……リリィか?」


 聞きなれた声に振り向くとそこにはリリィの姿があった。


「よお、久しぶりってほどでもないか。どうした?」


「どうしたって、そろそろアンタの栽培が完了しそうだから様子を見に来たのよ」


 なるほど。しかし、いつもいいタイミングで来るなー、リリィは。

 そんなことを思っているうちに再び卵がグラグラと動き、それを見たフェリドさんが再びオレの肩を掴む。


「キョウ君! ま、また動いたぞ! し、しかも今度のはさっきのよりも大きい!? 生まれる!? 生まれるのか!? もう生まれるんだよな!? そうなのか!? キョウ君!!?」


 興奮しているのかオレの肩を掴んだまま前後に激しく揺らすフェリドさん。

 い、いや、あのフェリドさん。そんな揺らされたら答えられるものも答えられません……。

 ちょっと吐き気がこみ上げてきた頃、「落ち着きなさいよ」とリリィに止められ正気を取り戻すフェリドさん。

 助かったよ、リリィ。わりとマジで。


「けど、SSランクの栽培ね。今までも結構な栽培をしていたけれど、さすがにこれだけの大物の栽培はアンタでも初めてじゃないの?」


「だなー。ヒュドラとかは卵の状態から育てたりもしたけれど、SSランク魔物を一から栽培するは初めてだったから、ちょっと不安だったりしたよ」


 と言いつつも今現在のオレは余裕にも似た精神が出来ている。

 前にオヤジに言われた「イメージすることが大事」という言葉どおり、オレが自信を持って栽培することが一番重要なんだ。

 それに、もうここまで結果が見えている以上、不安を感じる必要はない。

 あとはあの卵から生まれる魔物がフェリドさんを育てた女性――バハムートのミーメさんの生まれ変わりであると信じるのみだ。


「おー、あの卵すっかり大きくなったなー」


「すごーい! おおきいー! パパさすがだよー!!」


 声のした方を振り向くと、そこにはロックを肩車したルーナがこちらに近づく姿が見えた。

 気づくと二人はすっかり仲良しになっていた。

 ちなみにルーナは「……そろそろ肩が重いんだが」とか愚痴っているが当のロックは「やだー! まだいるー!」とルーナの頭にしがみついている。


「なんだかロックちゃん、ルーナにべったりね」


「だなー。まさかあんなに二人が仲良くなると思わなかったよ」


 はじめて会った時からロックはルーナのことが気になっており、その後一緒に住むようになってからドンドン距離が縮まり、今では寝る時ですら一緒の始末である。


「アンタって意外と子供に好かれる性質なのね」


「これは私の部下だ。部下を王が大事にするのは当然のこと。お前も私の配下になりたいのなら、いつでも言うがいい。王は忠義に厚きものに相応の褒美をとらひぇるひょ」


 リリィに対し、そのように答えるルーナであったが、後半ロックがルーナの口を指で引っ張ったため、何を言っているかよく分からなかった。

 とは言えルーナもロックに対し、悪い気はしていないようで王と部下というよりも、むしろ妹のように可愛がっている節がある。

 そんな二人の和やかな姿にオレもリリィも、フェリドさんですら気づくと笑みを浮かべていた。

 

「それにしても……アタシ達、何か忘れてないかしら?」


 しかし、そんな瞬間、ふとリリィがなにやら口に出す。


 何かを忘れている? いや、そんなはずはないと思うが。

 フェリドさんに頼まれたバハムートの栽培は見ての通り順調だ。

 普段通りの栽培を行いながら、収穫できた魔物はフィティスに頼んで、ミナちゃんやジョンフさんのところへ今現在、運んでもらっている。

 それ以外に何か忘れているなんてことは……。


 と、そう思った瞬間、オレは目の前で笑顔を浮かべるルーナの視線と絡み合った。


 ――いや、待てよ。

 そもそもフェリドさんがここに来たのはオレにバハムートの栽培を頼むためだったが、それ以上にあの時の騒動に備えてここに滞在してくれている。

 それはルーナの命を守るためであり、今現在オレ達がもっとも注意するべき人物がこの世界にはいる。

 そして、その人物は今もなおルーナを狙っているはずで――とオレがそこまで考えた瞬間、それは訪れた。


 冷たい風が背後から忍び寄る。

 これまでの温かな空気を吹き飛ばすほどの冷酷な殺意を身にまとった何者かがこの場に現れた気配。

 それは無論、オレだけでなくその場にいた全員――リリィ、フェリド、ルーナ、ロック達も気づく。

 振り向いたその先に立っていたのは、白き衣をまとった一人の女性。


「お久しぶりです。キョウさん、皆さん」


 そこにいたのはルーナの命を狙う七大勇者――“銀影勇者”ツルギさんの姿であった。

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