第157話「フェリドの記憶①」

 フェリドは話す。それは彼が勇者となり、大勇者となるまでの物語。

 そこに至るまでに彼が失ってしまったものの話でもあった。


 元々フェリドは捨て子であった。

 とある王国の外れに位置する村に捨てられた赤子。

 その階級も平民以下のものであり、フェリドが所属していた王国は階級制度が厳しい国であり、生まれこそが全てであるという当時のこの世界からすればよくある国の制度であったという。


 そんな捨てられていた彼を拾ったのはたまたま街に訪れていた魔女。

 名前をミーメと言った。

 魔女と言っても本人がそう名乗ったわけではない。

 その村ではその人物が魔女として呼ばれ、蔑まれていただけである。


 彼女は村から少し離れた森の奥で魔物と一緒に暮らしている。

 人を襲う魔物と一緒に暮らすなど、その国にとってはおかしな事実であり、そのような事を可能にする人物など魔王に属する関係者、魔女であると疑われても仕方なかった。

 しかし、時折村に訪れるその人物が貴重な魔物の素材を売りにくる事は事実であり、そのため蔑みながらも迫害するほどのことはなかった。

 それでも村の誰ひとりとして彼女に近づき、親しくなろうとした者はいなかった。


 そんな彼女が捨てられた赤子を拾ったのは単なる同情心か、あるいは気まぐれか。それとも彼女も人との繋がりが欲しかったのかは謎である。

 いずれにしろ、彼女は赤子を拾い、フェリドと名づけ、その子を大事に育てた。


 ミーメのいた森には彼女を慕うたくさんの魔物が存在した。

 ジャック・オー・ランタンに、デビルキャロット、マッシュタケにアルミラージ。

 その子達もまたフェリドを慕い、彼になつくようになった。

 そうして、ミーメに育てられたフェリドは彼女を母親代わりとして慕うようになった。


 また彼女の代わりに、村に頻繁に出入りするようになり、そこで何人かの子供や村人とも知り合った。

 しかし、フェリドが魔女に育てられた子供であるとし、誰ひとりとして彼の友人となる者はいなかった。

 あるものは怯え、あるものは蔑み、またあるものはそれを理由にフェリドに石を投げ、いじめを行うこともあった。

 フェリド自身、そうした仕打ちには涙を流し、何度も心に傷を負った。


 なぜ自分だけがこんな目に遭うのか。

 自分も他の子達と同様に普通に友達を作り、普通に過ごすことができないのか。

 時折、そんな自分を魔物達やミーメが慰めてくれるが、彼にとって同じ人間の友人という存在が、どうしても眩しく手に入らない存在に思えてならなかった。


 そんな折、彼を育てていたミーメがフェリドに進言した。


「人々に好かれたいのなら、勇者を目指すといい」


 それはこの世界において生まれや環境に関係なく、その人物が大成出来る唯一の方法であった。

 勇者システム。

 どのような分野であれ、ある一定の活躍、あるいは偉業を成し遂げた人物には国から勇者の称号を与えられ、更に創生スキルと呼ばれる神のスキルを手にした人物は大勇者として世界に名を残す。

 魔女の子として蔑まれたフェリドが、人々から注目を集めるにはその方法しかなかった。

 フェリドはすぐさまミーメの提案に従い、彼女から勇者になるための手段や能力、それらを教えられる。


 フェリドにとって勇者になる。とは大望を成就するためではなかった。

 それは単に「友達を作りたい」「人々から注目されたい」という、なんともありふれた小さな望みからであった。

 だが、そんな小さな望みが彼の狂わせることになる。


 勇者として認められるためには所属している国毎に、その成果や戦績が異なる。

 フェリドのいた国はとりわけ身分制度による優遇が行われている国であり、たとえば貴族出身の者と一般市民とでは同じ成果によっても、勇者になれるかどうかは異なっていた。

 ましてフェリドは捨て子の上に、魔女に育てられたと曰くつくの人物。

 当然、ギルドからも王国からも、彼の活躍に対し、それに見合った報酬を与えることはなかった。


 冒険者となった彼は何度か他のパーティと組もうとしたこともあった。

 だが、孤児という身分。魔女に育てられたという背景がここでも差別を生み、誰も彼をパーティには入れなかった。

 何度入れられたこともあったが、そこでの彼の扱いは底辺であり、村で受けていたいじめの縮小版。

 結局、彼に残された道はひとりで勇者を目指すことのみ。


 そのために彼は何度も死線をくぐり抜け、たった一人で無数の魔物を倒し、高ランクの魔物すら討伐した。

 何度も死にかけ、その度に立ち上がり、成長を続けた。

 普通ならば、とうに勇者として認められてもおかしくない成果を果たしながらも、彼を見る人々の視線は冷ややか。

 「その程度、出来て当然だろう」「オレ達ならもっと上手くやれた」「たまたまうまくいっただけの横取り野郎」


 故郷の村に帰った時でさえ、村人達の彼に対する対応は軽薄。

 「それなりに活躍してるようだけど、まだ勇者にはなれていないんだろう?」

 そんな冷ややかな嘲りがいつまでも消えなかった。


 どうして足りない。何がいけない。何が不満なんだ。


 人々に認められたい。ただその一心でのみ、フェリドは更に己を鍛え、死地へと向かい、限界を超えるほどの鍛錬を積んだ。

 彼が勇者を目指した時、十歳であり、それから十年もの間、休むことなく己を鍛え続けたフェリドは二十歳へと成長していた。


 その間に彼はSランクの魔物を単独で討伐した。

 誰も見つけたことがない前人未到の遺跡を攻略した。

 時として、自分に因縁をぶつけてくる勇者の称号を持つ者を撃退したこともあった。


 しかし、未だ彼を勇者として認めてくれなかった。


 どうすれば認められる。どうすればあの輪の中に入れる。どうすれば人並みの扱いをしてもらえるんだ。

 悩み続ける彼の元に、いつか別れた故郷の森にいたミーメが彼に会い、あることを呟いた。


「どうしても勇者となって、人々に認められたいのなら、それを可能とする手段がひとつだけあるわ」


 その方法を聞いたフェリドに対し、ミーメは静かに答えた。


「SSランク魔物を倒すことよ」

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