第156話「蛇の誘惑Ⅱ」
「魔物を栽培?」
思わぬフェリドからの言葉に首をかしげるオレ。
この人からそんな頼みが出るとは思わなかった。
なぜなら、彼は様々な魔物を討伐し、英雄と呼ばれ大勇者になったと聞いている。
その能力や性格もまさに勇者に相応しいもの。
そんな人物がなぜオレに魔物の栽培を頼むのか。
そんなことを考えていると、先ほどツルギさんに吹き飛ばされたフィティスが目を覚まし、こちらに近づいていく。
「いたた……。キョウ様、一体何があったのですか? それにそちらの方は……フェリドさん? なぜこちらに?」
「ああ、フィティス。実は……」
「待って、キョウ。説明するなら家の中で話しましょう。ついでにそこでアンタの頼みに関しても詳しく話してもらうわ」
「分かった。そうした方がいいだろう」
リリィからの提案に対し、フェリドは頷き、オレ達はそのまま家の中へと入り、これまでの事をフィティスやルーナへと説明するのだった。
◇ ◇ ◇
「そうですか……。あのツルギさんが……」
話を聞き終え、目を伏せながらフィティスは呟く。
信じがたいことではあるが、実際にフィティスはツルギさんに吹き飛ばされ気を失った。
そのことをフィティス自身も覚えているようであり、多少戸惑いながらも事情を受け入れた。
一方でルーナは――
「事情は分かった。だがひとつ聞きたい。なぜ、そのツルギという奴は私の命を狙うのだ?」
こちらは自分自身が狙われる理由についてまるで身に覚えがないのか、そんなオレ達には回答しようもない質問を投げかける。
「そんな事を言われてもオレ達にも分からないよ。ルーナ自身に覚えは本当にないのか? 実は以前にツルギさんとどこかで会っているとか?」
「うーむ」
オレからの問いかけにしばらく顔を悩ませるルーナであったが、数秒後あっけらかんとした口調で宣言する。
「分からん」
ああ、でしょうね。
記憶についても戻る気配はないようなので、これ以上、このことについて話しても仕方がないとオレは打ち切ることにした。
「それじゃあ、もうひとつの件についてね。フェリド。アンタがこいつに魔物の栽培を頼むのは一体どういう理由からなの?」
リリィからの質問に対し、フェリドさんは何から話すべきかといった様子で悩む。
やがて、考えるように最初の一声を発する。
「少し前に君達がアラビアル王国へ向かったと聞いた。その際、キョウ君。君が死んだ魔物を記憶や感情を受け継がせたまま、それを栽培したと聞いたんだ」
死んだ魔物? それはひょっとしてシンを育てた母親のマンティコアのことだろうか?
そう問いかけるとフェリドさんは頷いた。
「そうだ。死んだ魔物を栽培として生き返らせる。もし、それが可能なら君にオレが殺したある魔物を栽培という形で生き返らせて欲しい」
頭を下げて頼んでくるフェリドさんに対しオレ達は困惑する。
それは勿論可能だ。なぜフェリドさんが自分が殺したという魔物の栽培をオレに頼むのか。
そのことについて思わず問いかけると、彼はどこか悲しげな顔で目を伏せた。
「……そうだな。このような事を頼むのなら包み隠さず全てを話すべきだな」
そう言ってフェリドさんは呟く。
「その魔物の名はSSランク・バハムート。オレが殺した魔物であり、オレにとって母であり、姉のような人物でもあった――」
◇ ◇ ◇
「…………」
遠く離れた森の中でツルギは一人、思案していた。
彼女の目的はルーナを抹殺すること。
そのためにだけに彼女はこれまで長い時間を生きてきた。
これは自分にしか出来ない役割。
そして、それを果たさなければ、この世界の最後の進化は行えない。
彼女自身の役割のため、なによりも彼女にとっての大事な人のためにも必ずルーナは抹殺しなければならない。
結果、どのような人物にどのように思われようとも。
それほどの決意を持っていたはずの彼女だが、そこにわずかな迷いが生じていた。
それはフェリドに邪魔されたからではない。
ルーナを守ろうと必死に行動しようとしたキョウを見たから。
なによりもルーナの姿を見た瞬間、ツルギは自身にわずかな迷いが生まれたのを密かに感じていた。
「……僕も甘い。目的を達成するためならもっと冷酷にならなければ」
それこそキョウや他の人物を傷付けることになろうとも。
だが、それほどの決意を抱けない自分をツルギは甘えであり、弱さだと断じていた。
「お困りのご様子ですね。“銀影勇者”ツルギさん」
その声に思わず振り返るツルギ。そこに映ったのは意外な人物であった。
「……貴方は」
「もしお困りでしたら僕が手を貸して差し上げますが?」
そう笑ったのは薄気味の悪い笑顔を顔に貼り付けた不気味な青年。
そんな彼の名前をツルギは静かに呟く。
「SSランク魔物が僕に手を貸すとはどういう策略ですか? 『蛇』、いやアジ・ダハーカ」
名を呼ばれた青年は不気味な笑顔のまま、静かに佇んでいた。
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