第155話「勇者の特権」
「フェリドですか」
突如現れたフェリドを前にツルギさんは初めて焦るような感情をその声に乗せる。
それに対し、フェリドは落ち着いた態度のままツルギさんに声をかける。
「君がなぜこの女性を狙っているのかは分からない。だが、見る限り彼女はキョウ君の仲間のようだ。ならば、それをむざむざ殺させるのは気分のいいものではない。同じ七大勇者同士、争いたくはないが、君がこの少女を狙うというのならオレは彼女を守るために戦わせてもらう」
そう言ってルーナを庇うように左手を広げるフェリド。
ツルギさんはしばし沈黙した後、ゆっくりと右手を上げる。
「……まあ、ここでいくら僕が理由を説明したとしても、その人を殺すことに変わりはありません。ならば、貴方を気絶させた後で事を済ませるまで」
「そう上手くいくかな」
フェリドがそう呟くと同時に彼の眼前の空間が歪む。
が、その空間の歪みを瞬時に気づいたのかフェリドがその場で剣を一閃すると同時に歪もうとした空間がまるで露のように霧散する。
驚くツルギさんをよそに瞬時に彼女に近づき、一閃を振るうフェリド。
が、先ほどリリィにしたようにツルギさんのいる空間が歪むと、フェリドの放った剣が彼女の体をすり抜けた。
ダメだ。やはりあの空間をズラす能力がある限り、ツルギさんに攻撃を与えることは出来ない。そう思った瞬間、
「なるほど」
何かを納得するように呟くフェリド。
すると彼は再び目の前のツルギさんに対し剣を放った。
先程よりもやや勢いを乗せた攻撃のようだが、それでどうにかなるとは思えない。
が、その一閃を見るや否や初めてツルギさんに焦るように回避行動を行う。
なぜ回避行動を? あの空間をズラす能力がある限り、ツルギさんが攻撃を回避する必要はないはず。
そう思うのも束の間、フェリドの放った一閃がツルギさんの周りを覆う空間に触れると同時にまるで何かを切り裂くような甲高い音が響き、同時に回避行動を行ったツルギさんのフードを切り裂いた。
「なっ!?」
それを見ていたオレとリリィは思わず驚きの声を上げる。
空間を操る能力を持つツルギさんに攻撃を当てた!? 一体どういうことだと困惑するオレ達に対し、フェリドは呟いた。
「どうやら空間をズラすことでこちらの攻撃を無効化していたようだが、ならばその“ズラされた空間ごと”切り裂けば、その先にいるお前に攻撃を与えることは可能だ」
む、無茶苦茶だー!! この人、なんか無茶苦茶な事を言い出したぞー!!
でも、先ほどの一撃を見る限り、その無茶をフェリドは可能としていた。
驚くオレ達をよそにさしものツルギさんも呆れた様子で返す。
「全く、さすがは七大勇者の中で最も勇者としての能力を開花させた者。あなたの相手に合わせて自分自身を進化させる能力は反則以外の何者でもありませんよ」
「お褒めのお言葉、ありがたく受け取っておこう」
皮肉に対し、真摯に答えるフェリドを見てツルギさんは再び呆れたような顔を見せた。
そして、彼女はその視線をフェリドからルーナへと移す。
「…………」
フードが外れたことで以前見たツルギさんの素顔が見える。
真っ白い肌に銀色の髪。まるで天使のように美しい外見であったが、その表情は今は険しくルーナを見ていた。
オレはそんなツルギさんとルーナを見比べる。
やはり、似ている。
そっくりというわけではない。
だが、それでも顔の造形というか纏っている雰囲気が似ている気がする。
少なくともこの二人に何らかの接点があることは間違いない。
それをルーナの方も感じ取ったのか、何やら奇妙な面持ちで目の前のツルギを観察していた。
「……ここまでですね」
しかし、そんなオレ達の考えを遮るようにツルギさんはため息と共に呟いた。
「そちらのフェリドを相手にしながらルーナさんを殺すのは僕には難しいです。ですので、ここは一旦退かせてもらいます」
そう言ってマントを翻すと同時にツルギさんの姿が消えていく。
オレは咄嗟にツルギさんの名前を叫ぶが、それが彼女の耳に届く前にツルギさんの姿は完全に消えた。
「……一体さっきの奴はなんだったんだ?」
一方の事の顛末を理解していないルーナがそう呟き、彼女を守っていたフェリドも静かに剣を収める。
「なんとか迎撃は出来たようだが、彼女のあの様子ではまだ諦めたわけではなさそうだ」
そう言いながらフェリドはオレ達に近づく。
確かに。ツルギさんのルーナに対する殺意は本物だった。
何があったかは知らないが、少なくとも再びルーナの命を狙いに来ることだけは確信できた。
「とりあえずは礼を言っておくわ。アンタのおかげで助かったわよ」
「ああ、そうだった。フェリドさん。助太刀ありがとうございました」
リリィのお礼にオレもすぐさまあとに続く。
それに対しフェリドは何でもないとばかりに手を振る。
「気にしないでくれ。君達には以前色々と迷惑をかけた。そのお詫びというわけではないが、困ったことがあるのなら協力しよう」
うーん。どこまで爽やかな勇者スタイルだ。
そんなことを思っていると林の向こうに飛ばされたジャックが姿を現す。
「おう、フェリドじゃないか。久しぶりだな。どうやら、状況を見るとアンタに借りが出来たようだな」
ニヒルな笑みを浮かべながらフェリドに近づくジャック。
フェリドもそんなジャックに対し、親しい友人に向ける笑顔を浮かべる。
「借りというほどのものではない。むしろ借りていたものを返しただけだ。君こそ、相変わらず元気そうで安心したよ」
「ああ、いつぞやは敵同士だったが、こうしてアンタと肩を並べられる日が来るとはな。運命の神様も粋な計らいをするものだ」
そう言ってフェリドと熱い握手をするジャック。
うん、何やらカッコイイことを言っているが、お前今回もあんまり役に立たなかったからな。
そんなツッコミを入れていると改めてフェリドがオレの方へと向き直る。
「それでキョウ君。いきなり現れて、こんなことを言うのもなんだが実はここに来たのは偶然ではなく、君に用があってきたのだ」
オレに用?
意外な一言に驚くオレであったが、しかし最初に現れた時も確かにそんなことを言っていた気がする。
オレも改めてフェリドに対し、何の用で来たのかと尋ねると、
「実は――君にある魔物を栽培して欲しい」
そんな意外な頼みがフェリドの口よりこぼれた。
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