第154話「白の猛襲」

「はい?」


 何言ってるんだ、この人。と思う暇もなく、ツルギさんが右手を上げると同時にオレの隣にいたフィティスが吹き飛ばされた。


「かは――!」


「! フィティス!?」


 慌てて吹き飛ばされた先のフィティスに駆け寄るものの気を失っているようで返事はなかった。

 命に別状はないようだが、突然フィティスに手をあげたツルギさんをオレは思わず睨みつける。


「ちょ、ツルギさん! どういうつもりですか! なんでこんなことを!?」


 激高するオレに対し、ツルギさんは落ち着いた様子のまま返す。


「申し訳ありません。出来ることならこのような事はしたくはないのですが、フィティスさんの性格上、ルーナさんを殺すとなれば止めに入ります。そうなれば、もっとひどい怪我を負わせる可能性もあります。ですのでそうなる前に気絶させていただきました」


 あくまでもこちらを気遣うように説明するツルギさんであったが、むしろオレにはその冷静さが気に入らなかった。


「……よく分からないですけど、ここにいるルーナを傷つけるような真似は許すわけには行きません」


 オレのそんな怒りに反応したかのようにオレの周囲にいたワインクジラや、ヒュドラ、それにジャックまでも駆けつけツルギさんと距離を取る。


「困りましたね。出来れば貴方達とは戦いたくないのですが……」


 そう言ってツルギさんが右手を掲げ、思わず身構えるオレ達であったが、その瞬間、彼女の背後より太陽を背にツルギさんへと剣を振り下ろす影が現れた。


「やああああああああああぁッ!!」


 掛け声と共に剣を振り下ろした者の正体はリリィであった。

 ツルギさんは僅かに顔を上空に動かしたかと思うと、即座にそこにいたはずのツルギさんの姿が掻き消える。


「なッ!?」


 虚空を切り裂いたリリィの背後より、再びツルギさんの姿が現れる。


「やれやれ。リリィさんまで来ましたか」


 背後より聞こえたツルギさんの声に反応するように即座にこちらへと合流したリリィは、目の前のツルギさんに向け剣を構えた。


「リリィ! 相変わらずナイスタイミングだな!」


 オレの声に対し、リリィはいつもの笑顔を浮かべて振り向く。


「まあね、ちょっと嫌な予感がしたんで寄ってみたのよ。そしたら案の定よ。まあ、詳しい状況は分からないけれど、そいつがフィティスを吹き飛ばすところは見たから、それだけでも剣を向ける理由としては十分よ」


 そう言って再びツルギさんに向き直るリリィ。一方のツルギさんはどこか複雑な感情を、そのローブの下に秘めていた。 


「……出来ることならあなたとは戦いたくないのですが、仕方ありません。僕にもどうしてもやらなければいけない事情がありますので」


 そう宣言すると同時にツルギさんを腕を振るうとオレの隣にいたワインクジラとヒュドラはフィティスの時と同様、後ろに吹き飛び、そのまま目を回したように気絶をした。


「ヒュドラ!? ワインクジラ!?」


 一体何が? ツルギさんの手から衝撃波のようなものが出て二匹を吹き飛ばしたのか?

 そんな事をオレが思っている間に残ったリリィとジャックが同時に動いた。


「ツルギ嬢! 以前は協力してもらったが、兄ちゃんやここの仲間達に手を出すというならオレも容赦しないぜ!」


 そう言ってジャックの両手には漆黒の炎が生み出される。


「イグニス・ファトゥス!」


 ジャックの手から放たれた漆黒の炎はそのままツルギさんへと向かう。

 一方のリリィはツルギさんの近くで彼女の動向を観察しつつ、いつでも剣を走らせる態勢を取っていた。

 先ほど、リリィの攻撃を回避する際に使ったツルギさんの能力。

 彼女は空間転移の持ち主であり、その能力によってリリィの攻撃を回避したのだ。

 以前は彼女の能力のおかげで帝王城へ乗り込めたが、こうなった以上、そんな彼女の能力に注意を払いながら戦うしかない。

 リリィはジャックの攻撃を空間転移で回避した先へ攻撃を行おうとしているようだが、しかし、ツルギさんはジャックからの攻撃を回避する素振りを見せなかった。


 受け止める気か? と思った瞬間、ツルギさんへと着弾するはずの炎が一瞬にして掻き消えた。


「なに!?」


 驚愕するジャックをよそに再びツルギさんが手を振るう、それと同時にジャックの手前の空間が僅かに歪曲したかと思うとそこから発生した波に吹き飛ばされるようにジャックが後ろへと飛んだ。


「ぐうッ!!」


 苦悶の声を上げるジャックであったが、ツルギさんが攻撃を放ったと同時にその真横からリリィの拳による一撃が放たれていた。


「今度は回避させる暇も与えないわよ!!」


 そう叫んだリリィの姿はいつか見たときのように獣耳と獣の尻尾が生えた半獣人の姿となっており、その速度も拳の威力も先ほどまでとは比較にならなかった。

 もはや音すらも置き去りにしたその攻撃に対し、攻撃直後の隙をつかれたツルギさんでは回避することは不可能。

 その予測通り、リリィの拳がツルギさんの顔面に入る――が


「え?」


 瞬間、リリィの拳とツルギさんの顔面の空間が歪曲し、リリィの拳がツルギさんの顔面を通り抜けた。

 それはまるで見えない何かを殴ったかのような光景。

 いや、もっと言えばリリィとツルギさん。二人の立っていた空間がまるで、それぞれ別々の空間だったかのような歪みを覚えた。


「空間を移動すると言ってもそれは僕が持つ能力の一つに過ぎません。本来の能力は時間と空間を支配する能力。ですので、こうしてあなたの攻撃を別の空間に置き換えることであなたからの攻撃を無力化することができます」


 さらりと飛んでもない事を言うツルギさん。

 そのまま再び手をかざすと、リリィの前方にあった空間が歪曲し、そこから発生した波のようなものにリリィが吹き飛ぶ。


「きゃあああああああッ!!」


「リリィ!」


 慌てて吹き飛ばされたリリィへと近づくオレ。

 幸い気は失っていないようであったが、リリィは冷や汗を流しながら、その顔は自らの劣勢を認めているようであった。


「降参してください。貴方では僕に勝つことは出来ません」


 ハッキリと宣言するツルギさんであったが、彼女の言うことは事実であった。

 リリィは接近戦に特化した勇者である。

 元々彼女の正体がSSランクの魔物であることにも起因しているが、半獣人化した際のパワーとスピードはまさにSSランクのそれである。

 が、逆に言えばリリィの能力はそうした単純な戦闘能力だけと言える。

 今回のツルギさんのように、そもそもこちらの攻撃が届かない。打撃による衝撃を空間ごと、どこかに飛ばすような相手では文字通り手も足も出ないのだ。

 さすがに今回ばかりは相性が悪すぎる。


 オレが考えていることをリリィも気がついているようであり、悔しそうに奥歯を噛み締め、なんとか打開策を探ろうとする。

 その瞬間、家の扉が開き、見知った人物の姿が現れる。


「一体何事だ? 先程から物音が聞こえるようだが」


「ルーナ!!」


 オレは思わず扉から出てきたルーナに声を掛ける。

 それに反応するようにツルギさんがルーナへと振り向く。


「? なんだ、お前は?」


 白いローブを着たツルギさんに向け、ルーナは疑問の表情を向ける。

 が、一方のツルギさんはこれまで以上に真剣な様子でルーナを見ていた。


「……ああ。やはり、その姿なんですね。貴方は……」


「?」


 そう呟いたツルギさんのセリフは懐かしさや、悲しさ、そしてわずかな憎しみを込めているように聞こえた。

 だが、次の瞬間ツルギさんは右手をかざし、それをルーナへと向ける。


「今の貴方とおしゃべりしても仕方がありません。なによりも貴方を殺せるこの機会。逃すわけには行きません」


「なに? どういう――」


 ルーナが問いかけるより早くツルギさんの右手に魔力が宿る。

 それはこれまでのオレ達を気絶で吹き飛ばしたようなものではなく、明らかに目の前の相手を殺すための力を集約させていた。

 オレとリリィは急ぎ、ルーナを庇おうと駆け出すが、そんなオレ達を嘲笑うようにツルギさんの声が響く。


「無駄ですよ。例え庇ったとしても無意味です。僕の能力は空間を操ること。ルーナさんの心臓の前にある空間を穿てば、それだけで彼女の命も終わりです」


 そう呟いたツルギさんの声はこれまで以上に冷酷であり、彼女の本気を伝えさせるものであった。

 まずい! なんとしても止めないと! そう思いながらも、オレ達がルーナに近づくよりも早くツルギさんの右手に込められた魔力がルーナへと放たれた。


 万事休すか。そう諦めた瞬間――ルーナの心臓の前で歪曲しようとした空間が何者かに両断され、まるで水しぶきのようにツルギさんの放った空間能力が霧散した。


「まさか!?」


 思わぬ事態に初めて焦りの声を出すツルギさん。

 一方、ルーナの前には一人の男が立っていた。


「久しぶりだね、キョウ君」


「あなたは……!」


 そこにいたのは黒いコートに身を翻した黒髪の青年。

 いつか行き倒れていたその人をリリィが介抱し、オレ達と知り合いとなり、あの帝王の城で戦った七大勇者の一人。


「フェリド」


 リリィが呟くとフェリドさんはいつか見せた時のような柔和な笑みをこちらに向けた。


「実は君に用があって来たのだが、それどころではないようだな」


 そう言ってフェリドさんは右手に持つ剣をツルギさんへと構えた。


「君達には借りがある。及ばずながら、ここは手を貸そう」

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