第153話「白の訪問者」

「ルーナおねえちゃん~! 今日はかたぐるまして~!」


「またか? やれやれ、仕方がないな」


 あれから数日。

 ルーナとロックの仲が良くなり、気づくとああして庭先でよく遊んでいる姿が見られた。

 またルーナは街での散策が気に入ったのか、時折オレに街に連れて行ってくれとせがむようになった。

 その際もロックを伴い歩くものだから、何やら仲の良い家族のように見られる。


「ルーナさん。すっかりここに馴染んだようで良かったですわね、キョウ様」


「ああ、そうだな」


 隣でルーナとロックの様子を見ていたフィティスがそう呟きオレも頷く。

 ルーナの記憶は未だ戻っていないが、それでも出会った当初よりオレ達に心を開くようになってくれたので何よりだ。


 ちなみにオレが行っている栽培についても色々と進展があった。

 チョコを実らせる魔物や、野菜を実らせる魔物の栽培に成功し、それを皮切りに色々と新種の魔物を生み出したりもした。


「きゅるるるるぅ」


 そんなことを思っていると、クジラ型の魔物がオレの方に近づき、顔を寄せてきた。


「おっと、お前か。ははっ、そんな顔を舐めてくるなよ。くすぐったいだろう」


「きゅるきゅるるるぅ」


 こいつはクジラ型の魔物から採れた宝石を陸に植え、そこから生えた樹の卵から生まれた陸上型のクジラ魔物だ。

 そう。オレの魔物栽培のスキルが成長したおかげか、今では水棲の魔物を陸地で栽培することが可能となった。

 その際、生まれた魔物は陸地に適応した姿となる。これもある意味、新種の魔物栽培になるかもしれない。

 なお、このクジラのすごいところはそんな陸地で生息しているだけではなかった。


「おーい、キョウ君ー」


「あっ、ジョンフさんじゃないですか。お久しぶりです」


 そんなことを思っていると向こうからジョンフさんが何人かの部下を従えてこちらにやってくるのが見えた。

 なお、その部下達はどれも両肩に大きな樽を抱えている。


「今日もそちらのワインクジラは元気そうだな」


「ええ、おかげさまで」


 ワインクジラと言うのは、先ほどオレが説明していたクジラの正式名称だ。

 大きさは小型のクジラのため五メートルほどである。

 ちなみに、なぜこんな名前なのかと言うと――


「それでは早速いつものワインをもらっても構わないかな?」


「ええ、大丈夫だと思いますよ。どうだ、出せそうか?」


「きゅる! きゅるるるるるるぅ!」


 オレが声をかけると隣にいたワインクジラが元気よく返事し、背中の穴から、たくさんの水を噴出する。

 いや、正確にはこれは水ではない。色は紫色に輝いており、匂いも葡萄のような香ばしい匂いがする。

 なによりも噴出されるその水を舐めるとワインの味がするのだ。


「おお、今日もたくさんですな。よし、お前達! 樽に入れられる分のワインを確保だ!」


「いえっさー!」


 ジョンフさんの指示で樽の蓋を開けてその中にワインを貯めていく部下達。

 そう、このワインクジラは名前の通り、潮ではなくワインを噴出するクジラなのだ。

 しかも、そのワインがかなりの代物で、そのまま飲んでもよし、調味料の一種として料理にしようしてもよいというものであった。

 このクジラを栽培したのはつい最近で、ワインを噴出する魔物がいたら面白いかなーと思って、それが出来そうなクジラを使って栽培した結果生まれたものだ。

 その時、ジョンフさんがたまたまオレの家に来ており、ワインを噴出するクジラを見て、その味を確かめた後、たちまち魅了されたらしく、今ではこうして定期的にワインを貰いに来ている。


「いやー、今日も素晴らしい味のワインだ。こちらはワインの代金だ。それから後で食材の方も別の部下に取りにこさせるので、その際もよろしく頼むよ」


「ええ、こちらこそ、これからもよろしく」


 そう言って笑顔を浮かべるジョンフさんと握手をするオレ。

 今ではすっかりジョンフさんと打ち解け合い、常連の取引先となっていた。


「ふわぁ~、ぱぱ~、るーなおねえちゃん~、せかいがぐるぐるまわるよ~」


 ちなみにワインクジラがワインを噴出した後、その周りにロックがいた場合、決まってロックは酔っ払って倒れてしまう。

 まあ、ロックはまだ子供なので少量のワインでも口にしてしまえば酔ってしまうか。

 そう思いながらオレは倒れたままのロックを家に運ぼうとするが、それを遮るようにルーナがロックを背中におぶる。


「……任せろ。こいつとは今日、遊ぶと約束していた。面倒は最後までみるさ」


 そう言ってルーナは酔いつぶれて眠るロックを抱えたまま、家へと戻る。

 なんだかんだでルーナもロックの事を気に入っているようだ。

 そんな光景を見ながらオレは微笑ましい気持ちになり、それは隣にいたフィティスも同じようであった。


「さてと、それじゃあ、今日はまた新しい魔物でも栽培するか」


「まあ、キョウ様! チョコエント、野菜エント、ワインクジラと続いて、次は何を栽培するのですか?」


「そうだなー。背中から苺を実らせるイチゴドラゴンとか、ゴーレムとかも今なら栽培出来そうな気もするから、お菓子製のゴーレムとかも面白そうかも」


「まあ、素敵ですわ! さすがですわ! キョウ様!」


 久しぶりにこいつの「さすがですわ」を聞いた気がする。

 そんな事を思って早速、栽培に手をかけようとしたその瞬間――


「やあ、キョウさん。お久しぶりです」


 凛として美しい声色が響いた。

 見ると、いつからそこにいたのか、オレとフィティスの目の前に全身を白いローブで身に纏った謎の人物がいた。

 いや、この白いローブと先ほどの声色から、この人は七大勇者の一人ツルギさんであるとすぐにわかった。


「えーと、ツルギさんですか?」


「はい、その通りです。お久しぶりです」


 オレの問いかけに対し、フードの下から柔和な笑みを浮かべてツルギさんが答えた。

 やっぱり、そうか。久しぶりだな。最後にあったのは確か帝王様の城でだっただろうか?

 思わぬ再会に喜ぶオレであったが、ツルギさんは以前とはどこか異なる雰囲気を携えながらオレに問いかける。


「キョウさんにお尋ねしたいのですが、こちらに砂漠の遺跡で拾ったという少女はいますか?」


「ルーナのことですか?」


 ツルギさんの問いかけにオレはすぐさま答える。


「ルーナ……。なるほど、やはりその名前でしたか」


 オレが答えるとツルギさんはどこか神妙な声色で呟く。

 そのフードの下には、一言では言い表せない複雑な感情が潜んでいるように思えた。


「あの、ツルギさんでしたわよね。ルーナさんに何か御用なのでしょうか?」


 そんなオレが戸惑っている間に隣にいたフィティスが問いかける。

 するとツルギさんは、すぐさま笑みを浮かべて答えた。


「はい。そうなのです」


 だが、続く彼女のセリフを聞いた瞬間、オレもフィティスもその思考が一瞬停止した。


「こちらにいるルーナさんを殺しに来ました」

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