第152話「街への散策」


「改めてこの街を見ると、実にいろいろなものがあるんだな。興味深い」


 あれからルーナと共に街を歩いているオレとロックであったが、ルーナは事あるごとに街の様々なものに興味を抱いていた。

 うん、やはりもっと早くに彼女に対し色々と案内するべきだったな。


「お、あそこは先日行った食堂屋ではないか」


「ああ、ミナちゃんの食堂屋だな。ちょうど昼飯時だし、ちょっと食べていくか?」


「いいのか!?」


 そう誘うとルーナは目を輝かせて食いついてきた。

 うん、よほどミナちゃんの料理が気に入ったようだ。

 そのまま彼女の食堂屋に入り、いつものメニューを頼む。なお、その際、先日と同じようにルーナが「私の物にならないか?」と口説いてきたのでミナちゃんは苦笑を浮かべて対応していた。


 そうして、食事が済んだ後、街を歩いていると彼女はふと街の片隅にある露店の前で足を止める。


「キョウ。これはなんだ?」


 そう言って彼女が指さしたのは魔物の体内から採れる宝石を加工して作ったペンダントやイヤリング、指輪などであった。


「ああ、女性用のアクセサリーだな。興味あるなら買ってあげようか?」


「いいのか?」


 オレからのそのセリフに再び目を輝かせるルーナ。

 やがて店の前でしばし悩んだ後、「これだ!」と彼女は緑に輝く宝石が埋め込まれた首飾りを選ぶ。


「おお。お嬢さん、お目が高いですね。それは恋愛運を上げる宝石と言われているのですよ」


 店主からのその言葉を聞いて、思わず気まずくなるオレであったが、当のルーナは「恋愛運? なんだそれは?」と言っていたので気にせず、首飾りを買ってあげることにした。


「ふむ。なかなかいい色の宝石だな。気に入ったぞ」


 そう言ってルーナは首飾りを気に入ったのか、胸にかけてそれを満足そうに手で触る。

 そこには先ほど、チョコエントの前で見せた不安な表情は消えており、オレはそれだけでも彼女を街に連れ出して良かったと安堵した。

 彼女もこうした散策を気に入ったのか、気持ちの良い良い笑顔を浮かべていた。


「街の散策は気に入ったか?」


「ああ。なんだかこうしていると以前にもどこかで誰かと連れ添って歩いたような記憶が蘇る」


「え、それって記憶が戻ってるってこと?」


 オレからの問いかけに対し、しかしルーナは首を横に振る。


「いや、なんとなくそんな気がしただけだ。こうした街の散策ならば似たような事も以前にあっただろう」


 まあ、確かにそれもそうか。

 ルーナの記憶を蘇らせる手がかりになればと思っていただけに少し残念だ。

 しかし、そんなオレの様子を見ながらルーナはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「案外、以前にもお前のような奴と街を歩いていたのかもしれないな」


「オレと?」


 そんなルーナのセリフに真面目に対応するものの、彼女は「冗談だ」と笑う。

 うーむ。一体どこまで本気なのか分からないなー。


 そんな風に街を歩いているとオレ達はジョンフレストランの前に出る。

 あー、懐かしい。ここはオレが異世界に来て初めて訪れたレストランであり、そのまま蹴り出された場所だ。

 食堂コンテストの時も、ここのオーナーがフィティスを雇って対決したなー。

 そんな思い出を噛み締めていると店先から、いつか見たこのレストランのオーナー・ジョンフさんが顔を出した。


「む、君は……確かキョウ君だったか」


「あ、ど、どうも」


 向こうから声をかけられるのは初めてだったためになにげに緊張してしまう。

 そんなこちらの様子を知ってか知らずか、ジョンフさんは何やら気まずそうに咳払いをしつつ、世間話をしてきた。


「う、うむ。久しぶりだね。それよりもどうかね? 君の例のあれ、色々と順調なのかね?」


「例のあれ?」


 例のあれってなんですか? と思わずオウム返しに聞くと、ジョンフさんは何やら落ち着かない様子で答える。


「そ、その、あれだ。魔物栽培だよ。君といったら、それに決まっているだろう」


 ああ、それもそうですね。

 とりあえず「順調ですよ」と答えた。ついで、ついさっき出来上がったチョコの成る魔物と、野菜を作れる魔物について軽く説明すると突然ジョンフさんの目の色が変わり、こちらに食いついてきた。


「な、なんだと!? チョコ!? あのチョコを実らせる魔物がいるのか!?」


「は、はい」


 急にジョンフさんの顔がドアップで迫ったので思わず一歩下がった。


「なんと……チョコといえばあの賢人勇者や、天才勇者が試行錯誤の末に生み出したお菓子と聞く。この街にもいくつかあるが、それらは高級お菓子として私のようなレストランや貴族階級の者しか日常的には口にできない代物。まさか、それを木の実のように生み出す魔物を君は栽培したというのか! しかも、その野菜とやらも何やら魔物とは異なり癖の強さがなく非常に食べやすい食材と聞く。き、キョウ君。その、よければで、いいのだが、そ、その食材、今後私のところにも分けてくれないか! も、勿論、お金は払う! 相場の倍は払おう!」


「は、はあ。別にいいですよ。倍とか言わず普通の値段で取引しますけど」


 オレがそう答えるとジョンフさんは「イエス!」という掛け声と共にガッツポーズを取った。

 この人、こんなキャラだったっけ?


「ち、ちなみになのだが……その、よければ今後はうちも定期的に取引をしてくれると嬉しい。き、君のところの魔物の品質は実に良質で私も前々から契約したいとは思っていたのだが、その……」


 そう言って何やら言いにくそうに口ごもるジョンフさん。

 なるほど。確かにジョンフさんとは最初の出会いや、その後のコンテストでの因縁から、今更契約してくれとはなかなか言い出しにくい。

 もしかしたら、彼は前からこうしたチャンスを待っていたのかもしれない。

 それを思うとオレは思わず苦笑を浮かべて、ジョンフさんに対して手を差し出す。


「ええ、いいですよ。今後ともジョンフさんのところにもうちの魔物を提供しますよ」


「!! ほ、本当ですか! あ、ありがとう! ありがとう! キョウ君!!」


 オレが差し出した手をジョンフさんは嬉しそうに握り返し、全身で喜びを表現する。

 うむ。こうして取引先が増えるのはオレとして嬉しい限りだ。

 なによりもこれでこの街の著名な食堂屋の食材はオレのところの魔物になったんじゃないのか?

 そう思いながら何度もお礼を言うジョンフさんはふとオレの隣にいるルーナに視線を移す。


「ところで、そちらの女性はキョウさんの彼女さんで?」


「ぶーッ!!」


 思わず吹き出した。

 オレは必死に「違いますよ!」と否定した。

 リリィや、フィティスがいなくて助かった。

 なお、当のルーナはなんのことか分かっていない様子であったが、ジョンフさんから別れた直後、


「なあ、彼女とはなんだ?」


 と、実に答えにくい質問をしてきた。


「あー、まあ、大事な女性……みたいな感じか?」


 曖昧にそう答えるとルーナは「そうか」と頷く。


「では、私にとってお前は彼女という存在だな。私はお前を大事な所有物だと認識しているぞ」


「ぶーッ!!」


 ルーナの宣言に再び吹き出すオレ。

 なお、当のルーナはそんなオレを不思議そうに見ていた。

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