第158話「フェリドの記憶②」
SSランク魔物の討伐。
それは女神がこの世界に定めた『大勇者』となる資格である。
SSランク魔物を討伐した者には無条件で大勇者としての称号が与えられる。
それは国がいくらその者の成果を認めようとせずとも、女神による授与なので関係なく大勇者として選ばれる。
仮にその者が勇者ではないとしても、勇者というランクを飛び越えて一気に『大勇者』へと至れる。
それはフェリドに標された最後の道であった。
そして、この国には古くから人々の間に伝えられた一匹のSSランク魔物がいた。
それは奇しくもフェリドが住んでいた故郷に存在するという幻の魔物。
霧の立ち込める森の奥。巨大な湖の中に眠る太古の魔物。
その名をバハムート。
水神として崇められるほどの存在であり、過去何人もの冒険者や勇者がこのバハムートを探し求め、そして討伐しようとした。
だが、多くのものはバハムートに会うことなく徒労に終わり、あるものはバハムートとあいまみえたが、その巨大な力に破れ逃げ帰ったとされる。
一説にはバハムートは森に訪れた人間をどこかで観察し、その者が自分と戦うに相応しい者だった際、姿を見せるという。
幼い頃にミーメに聞かされたその伝承を思い出したフェリドはミーメに「自分がそのSSランク魔物を倒す」と誓った。
それは少年のような無垢な誓いであり、なによりも誰かに認められたいと必死な子供の叫び声でもあった。
そんなフェリドの誓いをミーメは僅かに寂しそうに見つめながら頷き、バハムートに会うための手段を伝えた。
ミーメの助言の通り、故郷の森へと帰り、その奥にあるという湖を探すフェリド。
だんだんと霧が立ち込め始めたその時、目の前が拓け、そこに湖の中から姿を現す龍がいた。
かつて、フェリドが対峙してきたどんな魔物よりも巨大で神秘的で、そして美しい魔物。
自らの目の前に現れた人間を敵と認めたのかバハムートの咆哮が響き渡り、フェリドは剣を抜く。
その最初の戦いはフェリドの圧倒的敗北であった。
しかし、ボロボロになったフェリドに対し、なぜかバハムートはトドメを刺すことなく湖の中に消えた。
翌日、再び挑んだフェリドであったが、かすり傷すら負わせることもできなかった。
だが、その日から毎日と言っていいほどの彼の限界への挑戦が始まった。
たった一人、剣だけを掴み、前人未到のSSランク魔物へと挑む男。
一ヶ月を過ぎた頃、彼の剣はバハムートのウロコを切り裂いた。
半年を過ぎた頃、彼はバハムートの動きについてこれるようになった。
一年を過ぎた頃、彼は一昼夜バハムートと戦い続けられるようになった。
そうして、二年――三年――。
気の遠くなる戦い、激戦、傷跡、挫折、進化を繰り返し、彼は至った。
これまでの無数の努力が実を結び、SSランク・バハムートとの戦いを経て、彼は創生スキルを自らの手で獲得した。
それこそが、これまでの彼の半生を現す“進化”の体現。
『英雄特権』と呼ばれる創生スキルであった。
そして、創生スキルを得たことでフェリドは遂に長かったバハムートとの戦いに決着を付けた。
彼の手にした剣はこれまでギリギリのところで追い詰められなかったバハムートの体を貫き、その先にある心臓を引き裂いた。
天を揺るがす咆哮と共に倒れるバハムート。
だが、不思議とフェリドの中にはその魔物を倒した達成感や高揚感はなかった。
むしろ、倒した際のえも言えぬ虚無感、虚脱感、寂しさだけがあった。
それもそのはず。フェリドにとってバハムートとは憎むべき敵ではなかった。
この魔物は“自分を進化させるために戦い続けてくれた”のだ。
それは最初に戦った時から感じていた事。
この魔物は決してフェリドを殺すことなく、その底力を引き出すように毎日戦いを受けてくれていた。
まるでそれがこの魔物の役割のように。この時を待っていたかのように。
だが、その魔物の正体と知った時、フェリドは自身の罪深さを知ることとなる。
倒れたバハムートの姿が光り輝いた時、そこに倒れていたのは彼を育て導き、愛し続けてくれたミーメの姿であった。
村の人々から魔女とされ蔑まれていた女性。
それはある意味で当たっていた。
彼女の正体はSSランク魔物であり、その正体は魔王と同格の存在であったのだから。
フェリドは血まみれのまま倒れたミーメに「なぜ?」と問いかけた。
それはなぜ自分を拾い育てたのか。なぜここへ案内したのか。なぜ戦い続けたのか。
それらの疑問をミーメは一言で答えた。
「あなたが世界の進化に必要な人だったから」
ミーメは語った。この世界の事。勇者システムや大勇者。それに伴う人々の進化によって、この世界そのものが進化するということ。
そして、その進化を促すために自分というSSランク魔物がいるということを。
フェリドを拾ったのも、彼に資質を感じたからだという。
ゆえにフェリドに対し勇者の道を示したのも、全てはこの世界の進化のため。
自分の犠牲も無駄ではなかった。
フェリドは創生スキルを得て、大勇者へと至った。
これ以上の結果がどこにあろう?
だが、フェリドの腕の中に包まれている時、ミーメはSSランクではなく、彼と過ごした一人の女性として最後の言葉を呟いた。
「……けれど、出来ることなら、もう少し、あなたと一緒にいたかった……」
それは世界に貢献するべきSSランクにはあってはならない。個に対する強い感情。
だが、最後の瞬間、バハムートはミーメとしての人生を呟き、生を終えた。
こうして、フェリドはSSランク魔物を討伐し、創生スキルを得て、大勇者となる。
だが、彼に訪れた本当の不幸。本当の虚しさはこのあとにこそ起こったのである――。
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