第147話「少女の名前」
「で、この子は一体何者なんだ?」
あれからオレ達は水晶から出てきた少女を安全な場所まで運んで目が覚めるまで待っていた。
まあ、その間に事あるごとにリリィがオレに突っかかってきたが……。
「アンタ、本当にその子と知り合いじゃないんでしょうねー?」
というか現在も進行中です。
「だから、知らないってば……。こんな遺跡の奥で眠ってる少女とどうやって知り合いになれと……?」
「じゃあ、なんでさっきはその子……き、……したのよ……」
ゴニョゴニョと頬を赤らめながら、大事な部分を濁すリリィ。
いや、あの、それはこっちが知りたいのですが。
「オレだって訳がわからないよ……。もしかしたら、この子が何かと勘違いしたとか……」
そうだ。オレを誰かと勘違いした可能性はあるんじゃないのか?
と、思ったが名前までしっかり呼んでいたし、その可能性は低いか。と改めてもう一度、目の前で眠っている少女の顔を見る。
最初に見た時も思ったが、少女の寝顔はとても可憐で美しかった。
例えるならまさに天使のような寝顔。
褐色の肌に銀色の髪が良く似合い、まさに月の光のようであった。
って、よく見るとこの人、どことなく……ツルギさんに似ている?
顔つきはそれほどでもないのだが、いやしかし、どこか面影があるような気もするし……最初の印象というか、全体的雰囲気もなんだか似ている気がする。
それに唐突にオレにキスした部分も似てるな……とか、そんなことを思っていると。
「……んっ……んんっ」
「! キョウ様! 目が覚めたようですわ」
フィティスの声に引かれ、そちらを見ると、眠っていた少女が起き上がり、ぼんやりとまぶたを開いていた。
「……ここ、は……?」
「気がついたのかい?」
目覚めた少女に思わずそう声をかけた瞬間。
「! ぶ、無礼者!」
まるで猫のようにビクリと反応し、すぐさまオレ達から離れる少女。
「え、えっと……」
咄嗟の反応にオレだけでなくリリィ達も思わず驚いた顔をするが、少女はそんなオレ達の反応なんぞ、まるで気にすることなく立ち上がり宣言する。
「この私を誰だと心得る! お前たち如きが馴れ馴れしく近づいていい存在ではないぞ! ええい、図が高い!」
う、うわー! これまたすごい傲岸不遜な少女だー!
見た目はすごく儚げで可憐なだけに、その口から出るセリフにはギャップを感じずにはいられない。
それはリリィ達も同じようであり、どう反応していいか分からずポカーンと口を開けていた。
「いいか、よく聞け! そして震えるがいい! 我が名は――」
とそこで大きく胸を張り、ドヤ顔でオレ達を指差し、自らの名を口にしようとするが待てども待てども、その名が出ることはなく、しばしの沈黙の後、気まずそうに少女が背を向ける。
「……我が名は……我が名は…………なんだっけ」
「へ?」
少女の思わぬ一言にオレ達全員肩からずり落ちる。
「あ、あれ……おかしいな……私の名前、本当になんだったっけ……?」
うーん、うーんと悩みだす少女。
ひょっとして、この子、記憶がないのか?
「……ルー……ナ……?」
やがてボソリと、その一言を呟く。
ルーナ? それが名前だろうか? と思っていると。
「ルーナ……ルーナ……うん、多分、ルーナ……? かな……? う、ん……?」
となんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。
う、うーん、どうにもハッキリとは分からないが、おそらく少女の名前はルーナ(?)と言うらしい。
本人も、それ以上は思い出せなかったのか終いには「……もういいや、ルーナで」と納得していた。いいのか、それで。
「とにかく、このルーナ様に気安く触れようなど言語道断だ! 今後、私に近寄る際には畏怖と畏敬の念を持って接しよ」
は、はあ? そうは言いますが、先ほどあなたの方からオレにしたことはお忘れなんでしょうか? と思い、思わず聞いてしまう。
「あの、先ほどの件は覚えていないので……?」
「先ほどの件?」
オレからの質問にルーナはなんのことやらと疑問を向けている。
うん、どうやら何も覚えていないようだ。となると本当にさっきのあの行動はなんだったんだ……と思っていると今度はリリィが質問を行う。
「ねえ、アンタに聞きたいことがあるんだけど、なんでアンタこんな場所で眠ってたの?」
確かにそれはオレ達も気になることであった。
なぜ、ここにいるのか。なぜ、水晶の中で眠っていたのか。
が、ルーナから返ってきた答えはやはりというべきものだった。
「……わからぬ」
本人もどこか焦るように呟く。
「記憶がぼんやりとして何も思い出せぬ。先ほど自分の名前を思い出そうとした時もそうであった。なぜ私がこの場にいるのか。ここがどこなのか。お前たちが誰なのかもさっぱりわからぬ」
ルーナのその言葉を聞き、オレ達はそれぞれ顔を見合わせた後、納得するように頷く。
やはり、ルーナは記憶喪失のようだ。
かろうじて思い出せたのが自分の名前のみ。
そして、自分がなぜここにいるのかも分かっていない様子だ。
「……どうするの? あの子」
リリィがボソリと相談する。
正直、記憶がない子をこのままここに放っておくというのはしたくはない。
それにあのルーナって子にはいくつか気になる点がある。
先ほどオレの名前を呟いた事。なぜ、この遺跡にいたのか。そして――
「……ん?」
気づくとルーナの足元にロックがいた。
ロックはルーナをじっと見上げると、やがてその足にバッと抱きつく。
「な、なんだ?!」
「ろ、ロック?!」
咄嗟の行動に混乱するルーナ。
それはオレ達も同じであり、急いでロックを引き剥がすものの、ロックはなぜか興味津々と言った様子でルーナを見つめていた。
「ロック、いきなり人に抱きついたらダメだろう……」
「ごめんなさい、ぱぱ……でも」
一応ロックにそう注意をするが。
「なんだかなつかしい匂いがして……」
「懐かしい?」
「うん……。なつかしい……でも、どこかむねがざわざわして不安になるような……ふしぎな気持ち」
そんなどこか歯切れの悪い感想を呟き、ロックはルーナをじっと見つめていた。
やはり、どうやらオレやロックがこの遺跡に導かれたのは彼女に会うためだったのかもしれない。
少なくともロックはルーナに対して、何かを感じている。
そして、それはルーナの方も少なからず同じようであり、先程からロックと同様にこの子をじっと見つめ返していた。
「……なあ、もしよかったらでいいんだけど、行くところがなかったらオレ達と一緒に来ないか?」
「なに?」
「ちょ、キョウ! アンタ、本気で言ってるの?!」
オレからの誘いに対しルーナだけでなく、リリィ達も驚いた様子だ。
「ああ、どうやら彼女、記憶喪失らしいし、行く場所もないならオレ達で保護したほうがいいんじゃないかなって」
それに彼女が近くにいれば、オレやロックが彼女に惹かれた理由が分かるかも知れないと、それは心の中で呟く。
そんなオレの心の内を察したのかどうなのか、リリィがいつもの「やれやれ」といった苦笑いを浮かべる。
「まっ、アンタがそういうのならいいんじゃないの」
「私もキョウ様がそうおっしゃるのでしたら、反対はありません」
「オレも兄ちゃんの意見には反対はねぇぜ」
それぞれの許可を得て、オレは改めてルーナに問いかける。
「というわけで、どうかな? 行く場所がないならオレ達のところに来ないか? ここよりは楽しいと思うけど」
そう言って差し伸ばすオレの手をルーナはジッと見つめ、やがてそっぽを向きながら答える。
「……まっ、私も他に行く場所もないしな。お前らがどうしてもと言うのなら、ついていかないこともないぞ」
どこまでも上から目線だなーと思いつつも、ひとまず一緒に来てくれることにホッとする。
この子との出会いが吉兆となるか凶兆となるかは、まだ分からない。
それでも何故だかこの子のことを放っておけないと、その時のオレは感じていたのだ。
「それはそうと……私の足元のこれを引き剥がしてくれ」
「あっ」
見るといつの間にかロックが再びルーナの足元にしがみついていた。
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