第141話「裏に潜む者」
「キョウ。今回のこと、本当にありがとう」
「僕からも、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。オレは自分のしたいことをやっただけだから」
王戦が終わった後、シンとアリーシャはすぐさまオレに対し、そう礼を述べる。
王の宣告によってシンとアリーシャは誰にはばかることなく、この国の王族として正式に王宮に住まうこととなった。
当初オレはこの国の食糧問題を解決するべく、魔物の栽培を行っていたが、気づくとアリーシャの秘密に触れ、更にはマンティコアにさらわれたことをきっかけにシンの生存とそれに伴う王宮の問題に深く関わることとなった。
だが、これらの問題を解決したのはオレではなく、シンとアリーシャ達自身である。
オレはその手助けをしたに過ぎず、国王の病気を治したのもドラゲちゃんという仲間がいたからこそだ。
「それでもキョウがいたから、私達姉弟はこうしてまた会えて一緒に暮らせるようになったんだ。だから、その……本当にありがとう、キョウ」
アリーシャは頬を赤く染め、素直にお礼を口にする。
その様に少し前までは、男の振りのためか、ちょっと生意気だった姿が嘘のようであり、今では時折見せる少女の仕草に思わず微笑ましくなってしまう。
「それはそうと、食糧問題のほうはどうだ? 一応荒地で育てた連中も滞りなく育ったはずだが」
「うん、その件もキョウのおかげでだいぶ助かったよ。今ではあの地一帯に見たこともない魔物が多く収穫できるようになって、しかも、そのほとんどが街中で大人気。特にジャック・オー・スイカとか今ではこの国の名産物になりつつあるよ」
「そっか、そりゃよかった」
アリーシャからのその答えにオレは思わずホッとするように息を吐く。
当初の目的でもある食糧問題も密かに解決しつつあるようでなによりだ。
とはいえ、現在の魔物栽培の環境が完全に安定するまではオレも、もうしばらくここに残るつもりではあった。
「では、我らはそろそろ自国へ戻るとするか」
そう呟いたのはロスタムさんとザッハークさんであり、彼ら二人はすでに出立の準備を済ませていた。
「ロスタムさん、ザッハークさん、わざわざ帝国からの協力ありがとうございました」
オレは旅立つ二人に対し、頭を下げて礼を言う。
今回の王戦において、この二人の活躍はある意味でオレ以上であった。
彼らがまとめた情報と、そこからの推測なければ、マサウダを追い込むことはできなかったのだから。
「気にするな、栽培勇者。言っただろう、お前に応援を求められれば我らはどこへなりとも駆けつけると」
そして、それは今後とも変わらないと言った勢いでロスタムさんはオレの肩に手を置く。
うーむ。こうして見るとやっぱこの人ら、すごく頼もしいなー。
と、オレがそんなことを思っていると、ザッハークさんは何やら難しい顔で悩んでいるようであった。
「どうかしたんですか、ザッハークさん?」
「……いや、今回の件で少し気になったことがあってな……」
「気になったこと?」
「……今回の王戦に至るまでの流れ、もっと言えばそちらのシンが生存していたという事実の発覚からだ……」
急にザッハークさんに名前を呼ばれてキョトンとするシンであったが、それはオレも同じ感想であった。
一体どういう意味であろうか?
「……キョウ。君という魔物栽培士がこの国に来てシンを育てていたマンティコアがそれをさらった。そこからのシンの発見、さらには救出に王戦への参加。その諸々がまるで仕組まれたように上手く運ばれた気がしてな……」
……確かにザッハークさんの言うそれは一理あるが、考えすぎではないだろうか?
シンを救出し、すぐさまマサウダがそれに反応し王戦を宣告したこと、アリーシャが負傷してからの王戦の開始と、確かに情報が手早く回った印象はあったが、それでも偶然の範疇と言えばそうであろう。
とそのようにオレが思っていると誰にも聞こえない声でザッハークさんが何かを呟く。
「……それに、あのマンティコアも私の事を“ある人物”から私のことを聞いたと言っていた……」
「え? なんです、ザッハークさん?」
ザッハークさんの呟きが何やら気になり、聞き返すものの「……なんでもない」と返される。
「……やはり私の考えすぎだったかもしれん。どのみち、今回の件はこれで決着したのだ。ならば、それで良しと捉えねばな……」
「その通りだ。兄上は昔から物事を疑り深く見すぎだ。今回の件は全て、彼ら自身が切り拓いた結果だ。ならば、それを賞賛すべきであろう」
ロスタムさんのその言葉に対し、ザッハークさんは「……そうだな」と微笑むのだった。
「ではな、栽培勇者。それからアラビアルの姉弟達よ、末永く幸せに暮らすのだぞ」
そのロスタムさんの言葉に対し、アリーシャもシンも笑顔を浮かべ真っ直ぐに返す。
「「はい!」」
二人の返事を受け取り、ロスタムさんとザッハークさんもまた笑顔を浮かべて、姿を消すのであった。
◇ ◇ ◇
「おのれ……! 私をこのようなところに閉じ込めてタダで済むと思っているのか! おい、聞いているのか!」
そこは王宮の離れに存在する地下室。
そこには王族や貴族と言った上級階級の人間を隔離するための部屋が存在した。
だが、この場合の用途はただ一つ、貴族専用の牢獄であった。
そんな兵士による厳重な警備がなされている牢獄の部屋にひとりの男が姿を現す。
それは全身を黒いローブに包んだ魔術師であった。
「貴様は、魔術師!」
その男の姿を見るや、この部屋に監禁されていたマサウダが声を上げる。
同時に安堵したように尊大な態度を取り戻す。
「待ちわびたぞ。さあ、さっさと私をここから脱出させろ。無論、国外逃亡の用意もできているのだろう」
つい昨日まで自らの片腕として傍に置いていた魔術師に、そう命令するマサウダであったが、そんな彼に対する魔術師の態度は落ち着き払っていた。
「マサウダ様。まずはお礼を。あなた様のおかげでこの国にやってきた魔物栽培士の力量を確かめられました。やはり彼の力は本物。魔物を栽培する能力、それは既存の魔物を生み出すだけでなく、新たなる魔物すら創生可能とする。それはつまり、滅び去った魔物すら彼の力があれば栽培できるということ」
「……? 何を言っている」
魔術師の口から出た言葉にマサウダは眉を潜める。
が、そんなマサウダを無視するように魔術師はまるで吟遊詩人のように饒舌に語りだす。
「なによりも、彼の人を動かす力によって、シン王子とアリーシャ姫、あの二人は得難き成長を手にしました。彼らはあなたという障害がいたからこそ、それを乗り越えるべく尽力し、結果は二人の成長はこの国に良き変化をもたらした。あなたはある意味で世界の進化を促す一端を担えたのです。それに対する礼を言わせてください。いやしかし、やはり姉弟愛というのは素晴らしいものですね。家族への愛、それは僕が知る絆の中で最も美しい輝きだと賞賛できます」
「……だから貴様は何を言っている?!」
目の前で酔ったように語る魔術師に対し、マサウダは遂に限界とばかりにキレる。
が、そんな彼に対する魔術師の目は冷酷であり、それはかつてマサウダ自身が幾度も向けてきたように、用無しの駒を見限るような目であった。
「マサウダ様。僕は本日、あなた様の側近を辞めるべくその宣言のために参りました。まあ、ここは普通の牢獄に比べれば遥かにマシなようですし、仮に一生過ごすことになったとしても、それほど不自由はないでしょう。二度と日の目を見ることが出来ないことを除けば、ですが」
その魔術師のセリフにマサウダは顔が真っ青になるのを自覚し、その足元にすがりつくように飛び出す。
「ま、待て! なんでもなんでもやる! 望むものはなんでもやるから、私をここから出――」
「それは不可能でしょう。僕の欲しいものはあなたでは用意できません。なにより、僕の欲しいものは――あの魔物栽培士にしか栽培できないでしょうからね」
それだけを呟き魔術師は姿を消す。
後にはマサウダの絶叫にも似た懇願だけが、部屋に響き渡った。
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