第140話「王家の家族達」

「くそ! 離せ! 離せーッ!! この私を誰だと思っている! この国の王位継承者だぞ!! 父上! 私がいなくなれば誰が王位を継ぐというのですか?! そこの穢れたガキに王位継承の資格なぞあるものかーッ!!」


 マサウダは最後まで見苦しい罵倒を吐き捨てながら兵士達に取り押さえられ、会場から連れ去られていく。

 その様を国王は哀れにも似た視線で見送っていた。


「……足の怪我は痛むか、シンよ」


「あ、だ、大丈夫、です……」


 マサウダがいなくなったのを見計らい、国王は改めてシンに近寄り足の怪我を見る。

 シンは慌てた様子で無事だと告げるが、国王の表情は心配なまま、観客席にいるオレ達の方へと視線を移す。

 それを見たオレ達はすぐさま、会場の方へ降りていく。


「ドラゲちゃん!」


「あいよーっす」


 オレの呼びかけに応じ、即座に後ろをついてきたドラゲちゃんが、シンの傍まで行って触手を一本抜き取り、それを手渡す。

 手渡されたシンは一瞬、たじろぐものの、すぐさまオレや国王様の進言に従い、それを口にする。

 その後、驚いた表情と共に「美味しい……」と一言を漏らす。


「これで大丈夫であろう。このマンドラゲなる魔物の触手に宿った治療薬の効果は儂が実証済みじゃ」


 その国王様からの太鼓判にドラゲちゃんは「いやー、それほどでもー」と照れる様子であった。

 当初、ドラゲちゃんを栽培したのはシンの病気を治すためであったが、それが今やこのように王様の病や誰かの怪我を治したりと、大きな活躍を果たしてくれて、彼女の生みの親でもあるオレも誇らしい気持ちであった。


「キョウと言ったな。お主には改めて礼を言いたい」


 その一言と共に国王がオレの方へ振り向き、頭を下げる姿が見えた。

 それにはオレを含めリリィ達も驚いた様子であったが、オレは慌てて頭を下げる国王へ声をかける。


「いえ、オレはそこまで大したことなんてしてませんよ……!」


「いや、お主は十分な働きをしてくれた。儂の病を治してくれたばかりか、数年前にいなくなった本当のシンを見つけ出し、アリーシャを解放してくれたのじゃ。この者達の父として、この国の王として礼を述べたい。感謝する」


 そう言って頭を下げる国王は、しかし威厳に満ち溢れており、国を治める王としての器がそこには見えた。

 そんな風にオレが思っていると、こちらを見ていたシンの表情が変わり、そこに笑顔を浮かべ、ある人物の名を呼ぶ。


「――アリーシャ姉さん!」


 シンのその声に引きずられるように、シンが見つめていた先、オレ達の背後へと視線を移すとそこには兵士に支えられながらこちらに近づくアリーシャの姿があった。


「シン……王戦は大丈夫だった……? マサウダ兄様は……それに父上……ご病気が、回復されたのですね……」


 様々な感情入り混じりながら、アリーシャは目の前に立つシンの無事を確認し、その隣にいる国王の姿を見て、安堵の溜息をつく。

 まだ体にはマンティコアの毒が残っているにも関わらず、弟の身と王戦の結果が心配になったのだろう。

 全く無茶をすると、オレは心の中で彼女の身を心配する。

 そして、それは国王も同じだったようで、アリーシャを支えるように手を伸ばす。


「アリーシャよ。あまり動き回るでない。お主も体を痛めたと聞く、しばらくゆっくりと養生するがよい」


「父上……」


 そんな父からの慈しみ深い言葉に、アリーシャは嬉しそうな笑みを浮かべるが、すぐさまその顔を曇らせる。


「……ですが、私は父上に謝らなければなりません。これまでシンとして身分を偽ってきたこと。王である父上を騙していたこと……どうか、お許し下さい」


 そう言って頭を下げるアリーシャであったが、そんな彼女に対する王の態度は最初と変わらず優しく穏やかなものであった。


「……お主の母じゃが。多くの者は儂が気まぐれであれを正妻に迎えたと言う」


 国王のその語りにアリーシャだけでなく、オレ達も思わず聞き入る。


「じゃが、儂はあれを愛していた。マサウダは貴族の血統こそが全てだと言うが、彼女には貴族も平民も関係ないという優しさを持っていた。だからこそ、儂はあれを愛した」


 そう言って国王は目の前に立つアリーシャを再び見つめる。


「お主の事情はわかっておるつもりじゃ。そんなお主を誰が責めるというか」


「父上……」


 父からの許しを得て、涙を浮かべるアリーシャだが、彼女はその涙を拭きながら呟き。


「……ですが、こうして弟であるシンが戻ってきた以上、王位継承権はシンの方にあります。私は王の血筋を受けていない一般の子ですから。王家からは離れた場所で暮らさせて頂きます」


 アリーシャのその言葉に、しかし、今や複雑な事情を帯びていた。

 彼女は知らないが、シンはマサウダとシンの母親の間に生まれた子供。

 国王の子ではないが、確かにその血は王族の者を受け継いでいる。

 この王国が代々王族の血によって継承がなされているのならば、アリーシャにその資格はない。

 第一王位継承者であったマサウダも、今や罪人として囚われた以上は残る候補はシンだけ。

 しかし、それも先の複雑な事情が絡むことにより王侯貴族達の間に、いくらかの不平不満が募るかも知れない。

 この先、どうするべきなのか、そんな心配をオレが浮かべた瞬間、弟のシンが小さく首を振って宣言する。


「……ううん、違うよ。僕なんかよりも、お姉ちゃんの方がよっぽど王様にふさわしいよ」


「シン……?」


 弟シンからの思わぬ声に反応するアリーシャであったが、シンは自分の言いたいことをそのまま口にする。


「これまで僕の代わりとして頑張ってたのは紛れもないお姉ちゃんだよ! それは全部お姉ちゃんの功績であって僕のじゃない! 血筋だけで僕が王位に就くというのなら、それはやっぱり間違ってる! 血筋よりもこの国にとって正しい貢献を為した人が王位に就くべきだよ!」


 それは自分のことよりも、姉がこれまでしてきた行為を無駄にして欲しくないという弟の切なる願いであった。

 血によってなんの努力もしていない自分が王位継承に就くのなら、それはマサウダと何も変わらない。

 シンは誰に学ぶことなく、そのことを自然と理解していた。

 だが、実際そうだ。

 血によって王位が継承されるよりも、それにふさわしい人物が王位に就くことこそが正しいあり方であるはず。

 だが、それを部外者であるオレが口にするわけにはいかない。

 そして、それを聞いていたアリーシャはただ驚きに口を開き、国王は何かを考えるように静かに思案していた。

 やがて、国王はオレ達の隣に立つザッハークさんへ声をかける。


「そちらのザッハーク殿は帝国の第一皇子でありましたな」


「……ああ……」


「あなたの国では貴族制度を取りやめ、新たに勇者制度なるものを発足したと聞きます。その際に、本来ならば第一皇子のあなたが皇帝となるはずが、自ら弟ロスタム卿に帝位を譲ったと聞きます。それはなにゆえですかな?」


 その問いにザッハークさんは隣に立つロスタムを見るが、その表情は優しく笑みを浮かべていた。


「……弟の方が優秀だからですよ。血の血統に従い、第一皇子が王に就くなどという決まりは、もはや過去のものです。これからは“誰が王位に就けばより良い王となるか”。それこそが重要でありましょう……。世界の進化も、そして国の繁栄も……」


 ザッハークさんのその言葉は真理をついていた。

 王の血統に生まれたというだけで王位に就く。

 それのみを繰り返して果たして本当に国の繁栄や、世界の進化が果たされるのだろうか。

 ザッハークさんと、ロスタムさんはそんな古くからある世界のしきたりを打ち破ったが、それによって得た成果も大きい。

 勇者制度も、それによる帝国の繁栄もほかでは類を見ないほど。

 その答えを聞くや否や、国王は笑みを浮かべ静かに頷く。


「そうですか。貴族制度を捨てて新しい制度による統治。確かに国の繁栄を思えば、血筋にこだわることのなんと愚かなことか……」


 そう国王は呟き、静かに自らの目の前に立つ二人の姉弟を見る。


「アリーシャよ、そなたのこれまでの活躍はこの国の誰もが知るところ。まだこの国には勇者の数は少ないが、天才勇者として、この国に尽くしてくれたお主の貢献は計り知れぬ」


 そう言って国王はアリーシャの頭を慈しみを持って撫でる。


「今はまだこの国の貴族制度は廃することは出来ぬ。それでも王家の血を持たぬ者が王位に就くことがあろうとも、それでこの国が繁栄するならば、儂はそれで良いと思っておる。そうした小さな変革から国の在り方を変えるのもまたひとつの道であろう」


「お父様……!」


 それはこれまでアリーシャのやってきたことが認められた瞬間でもあった。

 彼女はこれまで王位はマサウダが継ぐ者と分かっており、自分のやっていることはあくまでシンの身代わりとして出来るだけをやっていた。

 そこにアリーシャとしての成果はなく、功績もない。

 だが、国王はアリーシャのそれらの活躍が無駄ではないと認め、彼女を自らの子として受け入れていた。

 そして、それはシンに対しても同じであった。


「無論、シンよ。お主が姉よりも王位にふさわしい活躍を行えば、儂は喜んで王位を譲ろう。いずれにしても、もうお主達姉弟二人が離れ離れとなることはない。この国で堂々と暮らすが良い。これは王である儂の決定だ」


「父上……はい……!」


 それは父からの慈しみを持った言葉であり、シンは嬉しさに涙を流していた。

 王戦より始まった王位継承問題と、アリーシャとシンの居場所の行方。

 それはひとつの形となり、二人の道を確かなものとして照らしてくれた。

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