第139話「王宮の真相」

 そう、これは紛れもない決着であった。


「……ふ、ざけるな……!」


 シンの拳を受け、なおも立ち上がり自らの負けを認めようとしないマサウダ。

 その彼に対し、再び拳を構えようとするシンだが、その瞬間、両者の決闘に決着をつけるべく、ある人物の声がその場に響き渡る。


「それまでじゃ、双方とも武器を下ろすが良い」


 威厳ある声。

 これまで会場中に響き渡った声の中で最も自信に満ち溢れたその声に、会場中の全てが視線を向ける。

 そこには二人が争う舞台へとゆっくり近づくひとりの老人の姿があった。

 周囲には騎士数名が厳重な守りとして付いており、その老人の衣装も周りとは一線を画していた。

 なによりも目に映るのは、頭にかぶった冠。

 それは王国の頂点を現す印でもあった。


「ち、父上……!」


「控えよ、マサウダ。よもやこの国の王である儂の言葉が聞けぬわけではあるまい」


 そう。このアラビアル王国の国王がこの場に姿を現したのである。


「し、しかし、なぜ父上が……確か病で動けなかったはずでは……!」


 ありえないその人物の登場に最も困惑していたのはマサウダであった。

 マサウダからしてみれば、王の登場など全く予想外であったのだろう。

 それはこの場に集まった全員が同じ反応であったが、唯一、オレとオレの周囲にいた仲間達だけは別であった。

 なぜなら、王様がこの場に現れた理由にはオレ達が深く関わっていたからだ。


「それは、あちらにいる客人のおかげだ」


 そう言って王が指し示す先にいるのはオレ達であった。

 より正確に言うなら、オレが栽培したマンドラゲのドラゲちゃん。この子の協力があってこそだ。


「彼らからあらゆる万病に効く食材をもらった。それを食すうちに病の進行は治まり、このとおり歩き回るほどに回復した」


 そう、少し前からオレが王宮へ向かっていたのは、王様の病を治すためであったのだ。

 初めにシンと共に王宮へと向かい、そこに存在する門番を説得した後、オレはこの国の王と初めて会う。

 その時の王様は文字通りの寝たきりの状態であり、病により衰弱していたのが目に見えてわかった。

 オレはすぐさまかかりつけの医者に頼み、シンの説得もあって、ドラゲちゃんの触手を王様に食べてもらった。

 その後、王様の病はみるみる回復し、先ほどもこの王戦が始まる前にドラゲちゃんの触手の差し入れし、このように歩き回るほどに回復してくれたのだ。


「マサウダ。王たる儂に断りなく王戦を行い、あまつさえこのような醜態。王族として恥ずべき行為だ。よって、この王戦は今すぐ中止とする」


「なっ!」


 突然の王からの中止勧告に戸惑う様子のマサウダ。

 しかし、すぐさまそれに食ってかかるように反論を行う。


「い、いくら父上とはいえ、王族同士の神聖なる儀式に口出しするのは出すぎではありませんか? この者との戦いは私の私怨。ならば、いくら王とは言え、口出しするのは――」


「……私怨と言ったな。確かにその通りだな……」


 マサウダのその発言を引き継ぐように現れたのはザッハークさんであった。

 彼の登場と共に会場中の視線がそちらへ向かうが、現れたザッハークさんは傍らに誰かを引き連れていた。

 そして、その人物を見た瞬間、マサウダの顔色が変わった。


「き、貴様……!」


「……どうやら覚えていたようだな。数年前にお前が行った事件に関わった人物だ……」


 そう言ってザッハークさんは傍らに引き連れた男をマサウダの前に放り投げるように解放する。

 しかし、マサウダはすぐさま平静な態度を取り戻し、目の前に転がる男をまるで初めて見る人物のように見下す。


「なんのことかサッパリだな。その男が何を言ったかは知らんが、私はそんな奴など初めて見る。これ以上、くだらん言いがかりを――」


「……そもそも、疑問だったのはなぜお前がそれほどシンの抹殺にこだわったかだ……」


 言い逃れを行うマサウダに対し、ザッハークさんは唐突に自らの疑問を口にする。


「……当時の王妃の護衛を買収し、暗殺を行うにしてもリスクが高い。にも関わらずお前がそれをしたということは、せざる負えないほどの理由があったから。そう、例えば“自らの王位継承に関わる”ほどの何かが潜んでいた、とか……」


「?!」


 ザッハークさんの言葉にマサウダは再び顔色を変える。

 それはまるで開けてはならないパンドラの箱をおびえるような表情であった。


「……以前、ロスタムからの情報でお前の女癖の悪さは聞いていた。王族である以上、そうした趣味の悪さは誰しもあるものだろうが、お前の場合、“肉親の女”にまで手を出すほどの悪癖があったようだな……」


 ザッハークさんがその言葉を口にした瞬間、会場中がどよめくのが聞こえた。

 同時に、彼の話を隣で聞いていた国王の表情が、険しく変貌していくのが見えた。


「……この男が証言したことはただ一つ、当時この国の妃のもとへ貴様が夜這いへ向かったという、ただそれだけだ……」


 その一言に会場中が信じられないと言った様子で騒ぎ出す。

 当のマサウダもその騒ぎに押されるように狼狽した様子で必死に抗議を行う。


「ふ、ふざけるな! 夜這いだと?! 私が王の妻を寝取ったと証拠でもあるのか?! そんな男の流言一つでよくもそのような……!」


「……証拠ならば、そこに存在しているだろう……」


 そう言ってザッハークは静かにマサウダの隣に立つシンを指差す。


「……お前とシン、妙に似ているな。それは兄弟だからか、それとも――親子だからか……?」


「――ッ?!」


 その一言が決め手となった。

 会場中は一気にざわめきと混乱に陥る。

 それを聞いた貴族連中の多くが「あれは国王様の子ではなかったのか?!」「もしそれが事実なら、これは大変な事だぞ?!」「王の妻を寝取るだけでも重罪だが、これではマサウダ様の継承にも問題……!」と口々に慌てていた。


「……お前がシンを殺そうとした理由。それはその子が王の子ではなく、お前の子であったから。もしも、その子がお前の子であると証明されれば、お前の人生は破滅。王の妻を無断で寝盗り、あまつさえ子まで孕ませたとあっては王位継承権の剥奪だけでは済むまい……」


 ザッハークのその説明にマサウダは青い表情のまま固まるしかなかった。

 そして、それらの事実を聞いていた国王は深い溜息と共に、その心中を吐露する。


「……マサウダ……。お主は昔から自分勝手な行動が多かったが、よもやこのような浅はかで愚かな真似をするとは……」


 それは目の前の息子に対し、心底失望した親の表情であった。

 それを見てマサウダは再び抗議を行う。


「な、なにを言うのです、父上! それらはすべてその者のデタラメ! 流言に惑わされてはいけません!」


「ならば、お主とシンの血縁を調べてみるか? こちらのザッハーク殿の帝国には、親子の証明を厳密に行える技術が存在すると聞く」


 その言葉を聞き、再びマサウダは息を呑み、黙り込む。

 が、次の瞬間、はじかれたように本性を現し、罵倒を口にする。


「あのような下賤な女が王の正室になるなど、ありえてはならぬことだ……! 己の身分を知らぬ女など妾で十分、いや、使い捨ての娼婦のような扱いで十分! だから私があの女に己の身分を教えるために、そのように扱っただけ! それが、よもや、この私の一生の汚点になるとは……!!」


 それはまさにマサウダの中に存在した他者を見下した本性の吐露であった。

 身分制度が絶対のマサウダにとって、シンの母親を陵辱したのは侮辱を込めてだったのだろう。

 だが、それによってシンというマサウダにとっての致命的な証拠が生まれることとなる。

 これは皮肉以外の何者でもないだろう。

 それをどこかで知ったマサウダが、シンの母親暗殺を企てた。

 だが、その本当の目的は母親の方ではなく、息子のシンの方であった。

 恐らくはマサウダは最初から、アリーシャがシンの代わりをしていたのにも気づいていたのだ。

 目的であるシンを始末できたために、その振りをしていたアリーシャをこれまで放置していた。

 だが、事情が変わったのは数日前。

 殺したと思っていた本物の弟シンが生きていた。

 だからこそ、マサウダは王戦を要求し、弟のシンを引っ張り出そうとしたのだ。

 昨日、アリーシャが倒れてから王戦の開始を告げたのも偶然ではない。

 アリーシャ負傷の事実を聞いて、その代わりとしてシンが登場することを予想して王戦を開始したんだ。

 今度は自らの手でシンを抹殺するために。


 この王戦に仕組まれた裏の事情。

 そして、数年前の事件。

 そこに潜んでいたマサウダという男の歪んだ真実を知り、オレは改めて王宮に渦巻く陰謀の恐ろしさを知るのだった。


「……呆れたな」


 しかし、そんなマサウダに対する王の一言は冷静であった。

 その瞳には、もはや怒りを通り越し、罪人に向ける哀れみしかなかった。


「マサウダよ。お主は自分がなんの失敗を犯したかわかるか?」


「……ッ! そのガキの暗殺の失敗だ! 役立たず共め! あの時の連中がきっちりと片をつけていれば、このようなことも起きなかったものを……!」


「違うな」


 国王はそんなマサウダの失敗を否定する。


「お主の失敗は暗殺の件でも、まして儂の正妻を寝とったことでもない」


 そう言って国王は、マサウダの隣に立つシンを慈愛溢れる視線で見つめる。


「――己が子を愛そうとしなかったことよ」


 国王のその一言は真理を突いていた。

 マサウダは王族や貴族、王位継承者としての身分以上に人として犯してはいけない一線を犯していた。

 たとえ、あいつの言うとおりシンが奴の犯罪の証拠そのものだったとしても、それは奴の子に変わりはないはず。

 なのに、奴はシンを己の子とは一切認めず、自分の地位を脅かす存在としてしか認識していなかった。

 その罪は、王の妃を寝取った事や、暗殺以上に重い。

 マサウダは最後までそのことに気づかず、王の命令によって兵士達に取り押さえられるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る