第138話「王戦開幕」

「決闘場は……ここか!」


 オレとリリィ達は急ぎ、シンとマサウダの王戦の舞台となっている王宮の広間へと向かう。

 広間にたどり着くと、そこは中央に白いタイルで敷き詰められたリングが存在し、それを取り囲むように観客席が広がり、そこにはこの国の貴族らしい人物が幾人も座っていた。


「来たか、キョウ」


 名前を呼ばれ、そちらを振り向くと観客席の一つに座るロスタムさんの姿があった。


「ロスタムさん、シンはどうなりました?」


「まあ、なんとか間に合ったと言っていいだろう。もとより身体能力はズバ抜けている。が、それで勝てるかどうかはあいつに授けた策次第だ」


「策……」


 ロスタムさんのその言葉にオレは静かに頷く。

 確かに、一朝一夕で何かが大きく変わることなどない。

 だが、訓練と評し策を授ければ、そこに逆転の可能性もありえる。

 オレは、ロスタムさんが言うその策とやらを信じ、彼の隣に座る。

 少なくと、ここに至っては、もうオレ達にできることはない。

 あとはただ眼下で始まる王戦の様子を見守るしかできない。


 そうして、オレ達が見守る中、この場に大きなベルの音が鳴り響き、それと同時に眼下の舞台に二人の人物が上がる姿が見えた。


 一方は、このアラビアル王宮の正統なる血筋を受け継ぐ第一王子マサウダ。

 そして、もう一方は平民出身の妃から生まれという、ただそれだけの理由で暗殺されかけ、これまで行方不明となっていたこの国の真の第二位王子シンであった。

 両者の姿が舞台に上がると同時に、観客席からどよめく声が聞こえてくる。


「あれは……シン王子か?」


「確か王戦はアリーシャ様が行うはずでは……?」


「いや、もともとアリーシャ様は弟シンの姿をしていたわけであり、その姿で登場したというわけでは……?」


「私の聞いた話では昨夜アリーシャ様が怪我をしたらしいが、それに関係しているのではないのか……?」


 どうやら観客席の多くは舞台に上がったシンの姿を見て、それがアリーシャか否かで困惑しているようだ。

 一方のシンの目の前に立つ男マサウダには一切の動揺が見られなかった。


「あの平民の小娘が来るはずが、なぜ貴様がここにいるの?」


 問いかけるマサウダに対し、シンはこれまでのような弱気な態度を一切見せず、強い意志の宿った瞳で宣言する。


「これは僕の戦いです。僕がこの王国に残るための王戦。それを姉上に代わってもらうなど臆病者のすること。この王戦は僕自身で勝負をします」


 それは観客席にもハッキリと聞こえるほどの声で、それを聞き、今この王戦に挑んでいるのが本物の第二王子シンであると分かり、会場は再びどよめき出す。


 が、対峙するマサウダはまるで予定通りとばかりに涼しい顔をし、静かに手を上げて、観客たちのざわめきを静止させる。


「よかろう。ではこれより、貴様との王戦を開始する。我ら双方、王家の血筋に則り、勝ったほうが己の主張を通すことに異論はないな?」


「……ありません」


 マサウダのその宣言に静かに頷くシン。

 やがて、二人の宣告後、ひとりの魔術師が舞台の上に現れる。


「ではこれより、古より伝わりし正統なる儀式『王戦』によってどちらが真に正しき者であるか、その真偽を図ります」


 魔術師がそう告げると同時に、シンとマサウダの両者にそれぞれ剣が配られる。


「この王戦における互いの武器は剣。双方共、自らの武器の確認を行い、しかる後に王戦の開始と致します」


「こちらマサウダ、問題なしだ」


「……シン。問題ありません」


 両者共に自分の武器に何かが仕込まれていないか確認を行うが、二人共問題ないと宣言する。

 が、それを見ていたオレはなぜだか不安が拭いきれなかった。

 確かに自らの武器を確認できるのなら、シンの側の武器に仕込みは施せないだろう。

 だが、もしもマサウダの側になにか仕掛けが施してあったのなら――そんなオレの不安をよそに眼下ではついに王戦開始の合図が鳴り響く。


「では、これより、両者承諾の元、王戦の開始を行う! 双方に健闘あれ! 女神の加護あれ! 己が正義を貫くために勝利を掴め!」


 魔術師の宣告が終わると同時に、先に仕掛けたのはマサウダであった。

 マサウダは一気に間合いを詰めると同時に手に持った剣をまるでレイピアのようにシンめがけ無数の突きを行う!


「ふっ!」


 それはオレの予想を遥かに上回る速度であり、一瞬にして十数近くの突きを行い、シンはそれを持ち前の動体視力と反射神経で避けるが、全てを避けることは敵わず、手に持った剣でいくつかの剣の突きを防御し、体への接触をゼロに抑えた。


「あっぶねぇ……ってか、あいつ意外と強いんだな……」


 てっきり、ああいう王族は口先だけの輩が大概だと思っていたのだが、オレの予想を裏切りマサウダの実力は確かなものであった。


「王族と言えども、戦える力は必要なもの。特に昨今、勇者制度によって力ある者が台頭している世の中だ。王族連中にも自ら己を鍛え上げ、実力を示すものが出てきても珍しくはない」


 確かに。そうした意味ではシンというかアリーシャもそうだったし、ロスタムさんとかもそうか。

 と、オレがそんなことを考えている内にマサウダの攻撃は止むことなくシンに向かい、いつの間にか舞台の端まで追い込まれ、もはや逃げ場がない状態に陥っていた。


「……ッ!」


「これまで剣を扱ってきていない者がよくここまで耐え忍んだものだ。剣の扱いに関しては、見るに耐えぬ無様なものだが、それを補ってあまりある動体視力と反射神経は賞賛しておこう。だが、それも終わりだ!」


 マサウダがそう宣言すると同時に再び高速の突きがシンに向かい、それを剣で受け止めよとするも、それを弾かれる。

 相手の武器がなくなったのを確認するとマサウダは勝利の笑みを浮かべ、手に持つ剣を掲げる。


「終わりだ! 穢らわしい子が!」


 そう言って剣を振り下ろした瞬間、目の前でうずくまっていたシンの姿が掻き消える。


「なに……!?」


 明らかに狼狽した様子でうろたえるマサウダ。

 だが、それはオレ達もそうであり、一体どこにと探すよりも早く、オレの隣にいたロスタムさんが呟く。


「後ろだ」


 そのロスタムさんの宣言通り、マサウダの背後に回っていたシンが背中越しに思いっきり蹴りをぶちかます姿が見えた。


「が……ッ!?」


 一瞬何をされたのかまるで分からない様子のマサウダ。

 だが、それはこの会場に集まった観客貴族の全員がそうであった。


「はあぁッ!!」


 そんな呆気に取られた会場の空気を無視するように一気に距離を詰めたシンが両手の拳を握り、その拳打を容赦なくマサウダの体、腕、顔へと浴びせかける。


「がっ! ぐっ! がっ!」


 思わぬシンからの反撃。いや、ありえないその攻撃手段にマサウダは慌てるように後ろに下がる。


「ま、待て……! 待て、貴様……!!」


 拳を顔面にまともに受けたことで、折れた鼻を手で庇いながら、マサウダはありえないとばかりに必死に抗議をしだす。


「貴様ぁ! これが王戦だと分かっているのかぁ! この王戦は剣での真剣勝負だと言ったはずだ! それがなぜ、貴様は拳を使っているッ!!」


 それはまさにルール外からの攻撃。場外乱闘にも等しい非常識な振る舞いに対する正当な抗議であり、暴言であった。

 マサウダのその発言には周囲に集まった王侯貴族達も同意している様子で、そのほとんどが「た、確かに……」「あんな野蛮な戦い方では王戦と呼ぶには……」「これではまるで乱闘ではないか……」と口走っていた。


 しかし、そんなマサウダからの抗議に対し、当のシンはまるで気にした様子もなく、ハッキリと告げる。


「何の問題があるのです?」


「な、なに……?」


「拳を使ってはいけない。などと王戦のルールはないはずです」


 さも当たり前にシンはそう断言し、しかし、それを聞いたマサウダが怒りに身を任せたまま、手に持つ剣を激しく振るう姿が見えた。


「ふざけるな! そのような当然のことをわざわざルールに記載するものか! 王戦とは互いの意思をかけた神聖なる勝負! それをこのようなルール無用の見世物のようなものにするなど、その時点で王戦失格だ!」


「で、あれば、あなたが負けを認めればよろしい。マサウダ卿」


 マサウダのその声に反応したのはオレの隣にいたロスタムさんであった。


「彼の言うとおり、ルールに記載されていない以上それは反則ではありますまい。そもそもこの王戦に厳密なルールなどはない。相手が死ぬか、負けを認めるかまで続けるのが唯一のルール。であれば体裁など二の次、拳を使おうが噛み付こうが、それこそ“毒を使おうが”、なんでもありでしょう」


 ロスタムさんのその発言に、マサウダはまるで何を見抜かれたかのように冷や汗を流す姿が見えた。


「確かにこの王戦。扱う武器は剣と言われていますが、剣がなくなれば拳を使ってはいけないなども言われてはいない。それほどルールを厳守したいのなら、次からはもっと厳選にルールを記載してから王戦を始めるのですな、マサウダ卿」


「貴様……ッ!」


 ロスタムさんのその発言は言ってしまえば、ほぼ屁理屈に近いが、それでも彼の言うとおり、これが反則になるとは誰にも断言できなかった。

 それは、周りの貴族達が難しい顔をしながらも、頷いているのがその証であり、またそうした観客席からの野次に意識を取られているのも、マサウダ本人の注意力散漫にほかならない。


「はぁッ!!」


 再びマサウダの意識が他へ向かったのを見逃すことなく、シンの拳がマサウダの顔面に入り、たまらず彼はそのまま地面に転がる。


「が、ああぁッ! ガキ、がぁ……!! この、忌まわしいクソガキが……ッ!!」


 口の中に溜まった血反吐を吐き捨てながら、今までの貴族然とした姿が偽りであったかのように、蔑称を口にしながらマサウダはシンへの憎しみを隠すことなく向ける。

 再び向かってくるシンに対し、マサウダは突きによるカウンターを行うが、もはや剣での戦いにこだわる必要がなくなったシンはその場で方向転換。

 マサウダの死角へ移動すると同時に獣のように身をかがめ、そのまま豹を思わせる動きで、マサウダの体へと飛びつく。


「ぐあッ……!!」


 マサウダの体に容赦ない体当たりをかまし、そのまま彼を地面に倒すと同時にその喉元に靴を押し当てる。


「これまでです。兄様、負けをお認めください」


 傍目にも明らかな勝負あり。

 それは観客達も同じ感想であり、戦い方はともかく、シンの動きは並外れたものがあり、これが通常の大会や試合ならばその時点でシンの勝ちが宣言されていただろう。

 だが、しかし、これはどちらが正しいかを決める王戦。

 試合とは異なり、この勝負が決着するにはどちらかが負けを認めるか、死ぬか、それしかありえなかった。


「……ざ、けるなっ!!」


 自らの喉元を踏みつけるシンの足めがけ、剣を振り回すマサウダ。

 その切っ先がシンの足を傷つけ、その痛みに僅かに顔を歪めるシン。


「は、はは……! 先にルール無用を持ち込んだのは貴様の方だ、小僧! 言っておくが、私は貴様の降伏など承諾するつもりはない! このまま貴様の心臓を貫いて、それで終わりだあああああッ!!」


 僅かな傷に反し顔を歪めるシンに、まるで勝利を確信したようなマサウダの笑い声が響く。

 あいつ、やはり剣になにか毒を塗っていやがったか!

 思わず抗議をしようと立ち上がるオレに対し、しかし隣に座っていたロスタムさんがそれを静止させる。


「案ずるな、問題はない。キョウ」


 ロスタムさんのその言葉に従い、オレは眼下での決着に目を向ける。

 そこでは今まさに止めの一撃とばかりに剣を振り下ろすマサウダの姿があったが、それを前にうずくまっていたシンの体が突然これまでにない速度で接近する。


「!? 馬鹿な! マンティコアの毒だぞ! たとえかすっても強烈なめまいが起こるはず! それがなぜ!?」


 焦り戸惑うマサウダに対し、シンは冷静なまま返す。


「……僕がこれまで一体何の魔物に育てられてきたか知らなかったようですね。マンティコアの毒には少しばかり耐性があるんです。こんな剣に塗った毒程度じゃ、足止めにもなりません」


 そう呟き、次の瞬間、シンの拳がマサウダの顎を砕き、そのまま空中に飛んだマサウダが地面へと転がり落ちる。


「毒で僕を殺したいのなら、直接マンティコアを呼び寄せるんですね」


 その一言と共に、ここに王戦は決着を迎えた。

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